「今の海外は日本人でも割と簡単にPCR検査を受けられる」という件については、先日の記事で詳しくお伝えした。ただし、それはあくまでも “一般的な検査結果を受け取る場合”の話であって、 “外国から日本へ帰国する場合” だと全く状況が違ってくることをご存知だろうか。
現在多くの国へ入国するにあたり、新型コロナウイルス検査に「陰性」であることの証明を提出する必要がある。その際、なぜか日本だけが他国に類を見ない “政府指定フォーマット” での証明書作成を求めているのだ。
この所定フォーマットとやら、簡単そうに見えて実は非常にやっかい。外国人にしてみれば「全く理解できないクレイジーなシロモノ」らしいのである……。
・アナログ大好きニッポン
指定のフォーマットでの検査証明書を提出できない場合、外務省のホームページによると「検疫法に基づき、日本への上陸が認められません。出発国において搭乗前に検査証明書を所持していない場合には、航空機への搭乗を拒否されます」とのこと。
かくいうフォーマットとは一体どういう内容なのかというと、名前・生年月日・検査日時といった必須項目の他、特に変わった点は見当たらない。要するに日本政府指定フォーマットというのは “なんてことない検査用紙のテンプレート” なのである。
必要事項が全て記入され、なおかつ検査機関の署名・捺印のある “紙の” 証明書であれば、別のフォーマットでも一応はOKらしい。が……「何か間違いがあっては大変だから所定のフォーマットを用いたほうが安全」という、いかにも日本っぽい暗黙のルールが存在しているのだ。
現に私は日本へ向けて出国する際、空港カウンターの方に「よく分かんないけど日本へ行くには “2種類の検査証明書” が必要だから、ここで見せてくれないと出国させられないよ」と言われた。「世界中どこでも通用する一般的な陰性証明書(搭乗するのに必要)」と「日本でしか使えない証明書」のことだ。
現在世界基準の陰性証明書はQRコード付きが主流だが、日本指定フォーマットには付いていない。 “紙に印刷して署名・捺印” なんだから当然だ。日本はなぜこのような、時代にそぐわない様式を必須条件としているのか? 考えるほど意味不明なので考えてはいけないのだ。
・エジプトでPCR
さて私はエジプトから日本行きの便に乗る。「エジプトでPCR検査」と考えると少し不安な気持ちになるが、こればっかりは仕方ない。
今回私が訪れた『Al Mokhtabar Moamena Kamel Lab』は在エジプト日本大使館のホームページに “日本指定フォーマットに対応する検査機関” として紹介されていたラボだ。問い合わせたところ事前予約は不可。
なお大使館ホームページには「現場の窓口担当者が異なることを述べる可能性もありますが、各自で担当者にご説明ください」という不安な注意書きも添えられている。大丈夫なのだろうか……。
またホームページでは、日本指定フォーマットに対応してもらえなかった場合の対策として「コード番号47184だと伝える」こと、それでもダメな場合は「ミスター・タレク氏を呼び出すこと」を推奨している。できればタレク氏の世話にはならずに済ませたいところだ。
薄暗〜いビルの階段をのぼり……
重〜いガラス製のドアを開けると……
おっ! 案外ちゃんとした感じのラボである。PCR検査の価格を聞くと、なぜか事前情報より安い900EGP(約6465円)を提示された。ラッキーラッキー! あとはあらかじめ印刷しておいた日本指定フォーマットを見せ「結果をこれに記入してほしい」とお願いしてみる。
・想像の50倍モメる
しばし怪訝そうな顔で用紙を眺める受付のお姉さん。すると……なんと「これにサインすることはできないわ」と言われてしまった!!! マズイ。これは大変マズイ状況である。慌てて「日本へ帰るには絶対に必要だ」と説明するも、ここにいる誰も日本指定フォーマットの存在を知らないらしい。
日本政府よ、これが現実である。皆さんがよく分からないルールを決めたために、こうして多くの日本人が異国で絶体絶命のピンチに陥っているのだ。これは罰か? この状況で海外にいる我々は罪を犯したのか? これで満足でしょうか? ……という気持ちになる。
仕方がないので「コード番号47184だ」と伝えると、しばし待つよう言われる。なおラボの人たちはメチャクチャ親切であり、「何とかしてあげたいのはヤマヤマだけど……」といった雰囲気だ。ただコピーしただけの怪しい用紙に署名と捺印を迫っているのだから、そりゃ当然である。
30分ほど待ったあと、受付の女性が何か用紙を手に近づいてきた。それはこのラボで発行される陰性証明書の見本。彼女は用紙を私に見せながら「いい? これにはQRコードも、検査日時も、スタンプも、必要なものが全て記入してあるの。あなたはこれできっと日本へ帰れるわ……分かるわね?」と、小学生に教えるように優しく説明してくれるのだ。
でも違う……そうじゃあないんだ……! ここで発行される陰性証明書が、日本指定フォーマットの100倍チャンとしたものであることはよ〜く分かっている。でも……それでも我々には、このショボい指定フォーマットが必要なんだっ……!
私は最後の手段「ミスター・タレクに電話してくれ」を発動。そのまま再び1時間待機することになった。受付ではスタッフの方々が必死にどこかへ電話する様子が見える。「日本人なんかがこんなところへ来て本当に申し訳ない」と、私は心の中で土下座した。
・エジプトありがとう
タレク氏に電話が通じたかどうかは定かでないが、ともかく私は「OK、サインとハンコを押すわ」という約束を取り付けることに成功。
この時点で時刻は午前11時30分。「検査結果は今日の22時以降に出るから、陰性だったらハンコを押してあげるわね」と言われた。よかった……! 周囲の客たちも騒ぎを聞きつけ「よかったな、ジャパニーズ」と声をかけてくれる。エジプト、あったけぇ……!
かくして私はトップリと夜もふけた22時、再びラボへと向かった。本当は翌日でもよかったのだが、話をつけたスタッフたちが明日も出勤しているとは限らない。再び「サインできない」と言われては困るので、早めに行動を起こしたのだ。
夜のエジプトは暗くて不気味。私がこのとき怪しい男に声をかけられて怖い思いをしたのも、道に迷ったのも、野良犬に吠えられたのも……ぜ〜んぶ意味不明な指定フォーマットのせいである。日本政府は果たして、そのことを理解しておいでなのだろうか。
受付にいたのは昼間とは別の方だったが、話が伝わっていたらしく「はい、君が欲しかったヤツだよ」と笑って指定フォーマットと通常の陰性証明書を渡してくれた。エジプト、本当にありがとうな! 必ずまた来るよ!
・日本政府の裏メッセージ?
ただし、受付の方には「ハンコとサインはしたけど、内容はよく分かんないから自分で記入してくれよな!」と伝えられた。
そして……
驚くべきことに私は、自分で指定フォーマットに検査結果を記入したのである。 “陰性” の欄にチェックを入れて。もちろん何も後ろめたいところはないが、まるで不正をしている気分だ。
ちなみに帰国後の成田空港で指定フォーマットの内容をチェックされたものの、捺印にある医療機関が実在するかどうかなどの確認は一切なかった。こう言っちゃナンだが、事実だから言うけど、これ簡単に偽造できてしまうな……。
これほど意味不明なフォーマットを政府が「帰国の必須条件」としている件について考察するうち、私はひとつの仮説に行き着いた。それは「このめんどくさいミッションを遂行できないような奴に旅行してもらっちゃ困る」という裏メッセージが秘められている可能性である。
確かに現在、「語学力も知識もありませ〜ん」という日本人がむやみに海外旅行に出かけるのは危険だ。逆にしっかりと感染対策を行なった上で慎重に出かけるのであれば、ほぼ危険はないというところまできているのも事実。日本政府はそのあたりの選別をするべく、わざと意地悪なフォーマットを設定しているのではないだろうか? むしろ、それ意外の理由が見当たらないと言ってもいい。
……が、しか〜し! それによって外国の医療や航空の現場に多大な混乱が生じていることは、「いかがなものか」と言わざるをえない。やはり日本政府は今すぐ指定フォーマットを見直すべきだ。旅行者をふるいにかけたいのなら、何か別の方法を模索してみてほしいと思う。
他の日本人旅行者にも情報を募ったところ、国によっては「あっさり指定フォーマットに記入してくれた」というところもあるようだ。しかし今回の私のケースのように、一歩間違えれば門前払いを食らう可能性もある。
コロナ禍の海外旅行ではラスボス的ポジションにある日本指定フォーマット。渡航予定のある方はくれぐれも万全の準備で臨んでくれ。
(※ 本記事の情報は2021年12月2日現在のものです)
執筆:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.