バニラアイスで戻したら勝利じゃね? と思ったのがきっかけ
そもそも、戻す側として使ってみたかったのは豆腐ではなくバニラアイスだった。
ヨーグルトで戻すとドライマンゴーをはじめドライフルーツはヨーグルトの水分をぐんぐん吸ってその実にみずみずしさを取り戻す。同時にヨーグルトにもフルーツのおいしさが移り、様相は完全なるwinwinとなる。
ヨーグルトでいけるなら、同じようにカップで売られた白い食べ物として存在するバニラアイスもいけるのではないかと、そう思ったのだ。
えへへ。
急に照れてすみません。というのも、思いついたものの「あ、だめだ」とすぐに気づいたのだ。
ドライフルーツを戻すには一晩寝かせる必要がある。
ヨーグルトは冷蔵庫で寝かせることができるが、アイスクリームは冷凍庫でないと溶けてしまう。
しかし冷凍庫で寝かせては、ドライフルーツが吸うべき水分を吸えない(凍ってるから)。
イタリアのスイーツに「カッサータ」というものがある。
これはチーズのクリームにドライフルーツやナッツをまぜた冷凍のお菓子だけれど、混ぜられたドライフルーツはほぼドライなままだ。
だったら豆腐っきゃねえ!
そこで、アイスがだめなら豆腐を使えばいいじゃないと、気持ちを立手直したのだった。
カップで売られる白い食べ物としてのヨーグルトがあり、バニラアイスがあった。我々の手に残されたカップの白い食べ物は、そう、豆腐しかない。
豆腐には黒蜜がけで食べるデザート向けの商品も存在する。一般的な豆腐であっても味は淡白だし、それに冷蔵で保存できて水分が多い。完璧である。
小分けのカップの充填豆腐を買ってきた。いわゆる「これで勝つる」である。
「それって美味しいんですかね」
完璧かよ。あとは豆腐でドライマンゴーを戻すだけだ。
成功は分かっているので「試す」というよりも「確かめる」作業である。行く末の幸福を確信し、王の気分であった。晩はビールを飲んで無いひげをなぜた。
しかしここで、まさかの待ったがかかったのだ。
私は当サイト、デイリーポータルZの編集部に所属しながら記事も書く編集兼ライターなのだが、編集部のミーティングでこのアイディアを実行に移すと宣言するにあたり、疑問が呈されたのだ。
呈したのは同僚で同じく編集兼ライターの石川である。石川とは普段から甘いもの好き同士として仲良くしている。
「豆腐でドライフルーツを戻して……それって、美味しいんですかねえ」
とっさに
「おいしかないだろうね」
と返していた。
絶対に美味しい、そうほくそえんでいたにもかかわらず「おいしかないだろうね」と口をついて出てしまった、これはプライドからだろう。
例え方が意地悪だが、事業計画を友人に伝えたところ「それって儲かんの?」と返されカチンときて「儲かんないだろうね」とこたえた、みたいなことだと捉えてもらえると分かりやすいと思う。
石川は続ける。
「杏仁豆腐がいいんじゃないですか」
対抗意識が湧いた私だ。内心は(フーン)と思った。杏仁豆腐ねえ。
まあ、やっておきますか。石川くんの顔を立てて。
「おお、いいね、杏仁豆腐」
それから渋々、杏仁豆腐を買いに行った。見てろよと思った。俺の豆腐が火を吹くのをさ、見てろよ。
20時間後 ~同僚の言うことは聞くものである~
杏仁豆腐を買って、帰ったその手で戻される対象であるドライマンゴーと、それからレーズンも沈めていった。
戻す側は豆腐と杏仁豆腐、そしてせっかく用意したカップのラクトアイス(俺たちの「バニラティエ」です)にもダメ元で参加させよう。
先にも書いたが、今回用意したアイスは乳固形分や乳脂肪分の少ない廉価な「ラクトアイス」。
ハーゲンダッツやレディーボーデンに代表される「アイスクリーム」、乳固形分も乳脂肪分もちゃんと高いものは不思議と固く凍る気がするが、ラクトアイスは冷凍状態ですでに柔らかいものも多い。もしかしたらもしかするかもしれない。
同様にレーズンも埋め、そうしてひと昼とひと晩、20時間が経った。結果は冒頭に書いたとおり、杏仁豆腐の大勝利であった。
同僚の言うことは聞くものである。
以下、試した3品のレビューをしていきます。
味×味だが喧嘩しない ドライフルーツ杏仁豆腐
杏仁豆腐の甘い水分を吸ってもどったレーズンは、じゅわっとジューシーでふしぎとラムレーズンみがあった。
杏仁豆腐もレーズンも確固たる独自の味わいを持つ食べ物だが、両者が交わり不思議と喧嘩しない。
ちゃんと一体となって、かけあわせる意味を感じるデザートになっている。
マンゴーなどはなんと戻ることにより甘酸っぱくなった。
ドライマンゴーの状態では奥の方に隠れている酸っぱさが杏仁豆腐の甘さで戻ることによりきっちり立ってきたのだ。
柔らかくぷるっとした食感によりフルーティーさも増している。
石川に対し「いや(笑)、私は豆腐で行こうと思って。それが企画の軸ですから(笑)」とか生意気言わないでよかった! まじでセーフのセーフ、大セーフ祭りである。
味を消す ドライフルーツ豆腐
では本命であったはずの豆腐はどうだったのか。
名誉にかけて言うが、まずいことが起きたわけではけっしてない。当然おいしく全部食べられたし、なにも無駄にはなっていない。
ただ、とくべつ良いことは起きなかったと、それだけだ。
豆腐にドライフルーツを埋めて一晩立ちました、それだけのことである。
なんとなく思いついて昨日庭の木の根本に埋めた1万円を今朝掘り返して財布に戻したようなものだ。一切問題ない。何も、起こらなかったのだ。
状況だけお知らせすると、ドライフルーツたちはきれいに戻った。レーズンもマンゴーも、20時間の時を経てしっかり水分を吸収しジューシーさを取り戻した。
しかし特にマンゴーは果実の味が薄くなったように感じた。豆腐に味が移ったのかといえばそんなこともなく豆腐は豆腐なんである。
ジューシーさと引き換えに味が宇宙に消えたのだ。プラマイゼロだが謎は残った。
ひとつ分かったのは、豆腐は淡白だと言いながら、味は結構ちゃんとあるのよね、ということだ。豆腐は頑として豆腐のままだった。
私はなにかこれまで、豆腐を空気のようなものと思っていたところがある。そこはしっかり反省した。
見た目は最高 ドライフルーツアイス
最後にダメ元でチャレンジしたアイス。閉じた蓋をぺろっとめくって、おわっ! と期待がみなぎった。様相はほかの2つにくらべてもかなり良い。美味しそうだ。
が、食べるとやはりレーズンもマンゴーも戻りきってはいなかった。
もちろん、一晩アイスに混ざって寝かされただけあって、融合は感じる。
今取り出したアイスに今取り出したドライフルーツをまぶして食べるよりは互いに仲間意識が芽生えているのは間違いない。
ドライフルーツというのはわざわざ干すのであって、干してこその美味しさがある食べ物である。その、干したときの良さの味がした。
アイデンティティを侵害されない、彼ら本来の味のままだったのだ。
わざわざやるならば、完全に杏仁豆腐の一人勝ちであったと、そういう結果だった。
人の言うこと聞いてよかった!
おや? と思ったら考えを言ってくれる同僚はだいじ
(ア)カップに入った白い食べ物でドライフルーツを戻すなら、ヨーグルト、それから杏仁豆腐
(イ)忌憚ない意見を聞かせてくれるクレバーな同僚をどうか大切に
(ウ)貴重な提案は取り入れてより良い結果を目指さんとする素直な心も大切に
本記事で作者が言いたかったこと、それはア~ウそのすべてである。おいしいものが食べられて本当によかった。
本格的な冬が近づいてきました。どうか体に気をつけて、みなさまご自愛ください。