心に響かない経済対策支出40兆円

アゴラ 言論プラットフォーム

岸田政権にとって当初の公約の一つである成長と分配を標榜する「新しい資本主義」に基づき、約40兆円に上る経済対策案を近々閣議決定します。その中には賛否両論で急に盛りあがった18歳以下への10万円相当の給付案も含まれています。日経にはこの政府プランについてずばり「乏しい成長投資」とあります。なぜ、40兆円も拠出するのに心に響かないのでしょうか?

自民党オフィシャルページより

子供たちが喜ぶ日は誕生日とクリスマス。理由は何か特別なものがもらえるからです。我々の時代にはおもちゃなりをもらうことは非日常の歓びという背景がありました。同様にサラリーマンが年2回もらうボーナスも賞与袋にいくらと記載されているのか、すでに知っている基本支給ベース額に自分の仕事の成果がどれだけ上乗せされたか、そっと袋を開け、覗き込むように金額を確認するものです。日本独特の盆暮れのつけ届けはあの人、この人からのギフトの包み紙を開ける楽しみもありました。これらすべて、我々の日常生活にとってプラスアルファとしてもらうものです。

コロナ禍の10万円支給、あるいは企業向けの各種支援金は確かに重要な意味はあったかもしれません。しかし、あれはプラスアルファなのでしょうか?名古屋の「モチ投げ」ではないでしょうか?つまり餅を撒く側の理論で餅をもらう人は誰でもいいという発想です。

個人向けの昨年の10万円支給について果たして本当に必要だった人はどれだけいたのか、その分析を政府はどこまで行ったのでしょうか?あるいはその10万円が貯蓄ではなく、消費に回った比率は何%だったのか十分な検証はしたのでしょうか?今回の10万円は子供向けです。なぜ、子供なのでしょうか?塾に通うお金をねん出するためでしょうか?子供に十分食べさせられなかったからでしょうか?どう見ても給付ありきでそれにもっとも心地よい理由をつけるという形ではなかったでしょうか?

私は政府がクリスマスギフトやモチ代を差し上げるという発想の第一歩が違うのだと思います。本当に困っている人は誰でなぜ困っているのか考えたうえで最も効果的な政策を考えるべきと思います。単にコロナで働きたくないという個人的信条の方もいるでしょう。ワクチンを打ちたくない、だから外にも出られなくて貧困になっているという人もいるかもしれません。その人たちにどうしたらワクチンを打ってもらえるか、きちんとした対話をする、世の中でどうやって安全に活躍できるかといった施策に資金を投じ、まずはコロナ差別をなくすこと、ここが最重要ではないかと思います。

企業業績を見れば多くの企業で7-9月決算は想定以上に良好な数字が並び、一部の会社がまだ苦戦しています。ただ、メディアでは好調な企業よりも苦戦した会社を大きく取り上げるため、我々には「あぁ、まだ大変なんだな」というイメージを植え付けてしまいます。

企業ベースでみれば回復の濃淡はありますが、着実に戻ってくるでしょう。しかし、企業側も大変革と大ナタを振るわねばいけません。例えば航空会社が大赤字になっていますが、彼らのビジネスモデルは日本人の海外旅行需要が今後も続くという前提なのです。しかし、私が何度も言っているように海外物価は恐ろしく跳ね上がっています。日本人が手軽に海外に行けない時代がやってきたのかもしれません。そういう危機感を航空会社が持っていなければ航空会社はいつまでも赤字になるのです。

日本では電気自動車が普及しないのはなぜか、駐車場に充電施設がないことが原因の一つなのは明らかです。私は近日中にバンクーバー市と駐車場とガソリンスタンドの業界の会合が再度あり、そこで駐車場へのEV設備導入に関する官民合同の議論と導入しない場合のペナルティについて討議します。つまり我々の業界では有無を言わさずにEVチャージャー導入が強要される前提です。これが海外に於ける成長するための苦しい階段なのです。しかし、たぶん、この苦しみこそが将来、リーダーのステージに登れる最低条件なのだということも私は30年のバンクーバービジネスライフで痛いほどわかっています。

痛みがない成長などないのです。ところが日本の40兆円はなんだかよくわからないけれど議員の選挙公約に基づき、役人が予算を使うことに意義を感じているプログラムです。3月になると急に道路工事が増えるのと同じです。この流れを見ていると日本の成長と分配は厳しそうだ、という気はします。一部の民間企業の主導によるブレイクスルー頼みの成長という心細さが残ります。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年11月18日の記事より転載させていただきました。