ウクライナの中国傾斜に要注意

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ヨーロッパの穀物生産国ウクライナは中国の習近平国家主席が提唱したインフラ構想「一帯一路」イニシアチブ(BRI)に参加する一方、台湾を中国本土の領土の一部と承認、中国少数民族ウイグル人への人権弾圧の非難声明を撤回するなど、急速に中国に接近してきた。それに対し、欧州連合(EU)はウクライナの中国傾斜に対しこれまで注意を払わずにきた。以下、オンラインニュース「EUオブザーバー」のニコラス・テンツァ記者の記事(10月23日付)を参考に、ウクライナと中国両国の接近を報告する。

キエフで開催された第23回EU・ウクライナ首脳会談ウクライナからゼレンシキー大統領(中央)、EUからミシェル欧州理事会議長(左)とフォンデアライエン欧州委員長が出席(2021年10月12日、ウクライナ政府報道プラットフォームから)

EU・ウクライナ首脳会談が今月12日、ウクライナの首都キエフで開催されたが、ロシアとドイツ間の天然ガスパイプライン計画「ノルド・ストリーム2」への欧州側の譲歩に対し、ウクライナ側から不満と懸念の声が聞かれた。ゼレンスキー大統領は、「エネルギー安全保障は、ウクライナの独立と国家主権の前提条件である」と明言し、ロシアへの警戒と共に同プロジェクトを容認した欧州に対し不満を表明している。

EU・ウクライナ首脳会談後の共同声明には、「ロシアがガスをウクライナに対する武器として利用する権利を持たないこと、EUが改めて2024年以降もウクライナを通じたガス輸送を保証することを支持すること、いかなる新しいガスパイプラインもEUの第3エネルギーパッケージ法の要件を満たさなければならないこと」(大統領府広報室ジョウクヴァ副長官)が明記されている。

ロシアのプーチン大統領は21日、ロシア産天然ガスをバルト海を経由してドイツに直送する「ノルド・ストリーム2」の操業をドイツが承認次第、同パイプラインを通じて欧州への天然ガス供給を開始できると述べている。

ちなみに、「ノルド・ストリーム2」の運営会社は18日、2本あるパイプラインの1本目について、操業開始に向けテクニカルガスを充填したと発表した。プーチン氏によれば、2本目のラインについても稼働準備が順調に進んでいるという。

「ノルド・ストリーム2」プロジェクトは。2005年、ドイツのシュレーダー首相(当時)とロシアのプーチン大統領がロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ計画で合意した。脱石炭、脱原発を決定したメルケル政権にとって、安価なロシア産天然ガスの確保は国民経済に欠かせない。ロシアにとっても、ウクライナなどを経由せず直接ドイツに天然ガスを運ぶ「ノルド・ストリーム」計画は経済的であり、欧州への政治、経済的影響を維持する上でもプラスだ。すなわち、ドイツとロシア両国にとって、「ノルド・ストリーム2」はぜひとも実現したいプロジェクトだったわけだ。それに対し、ロシア・ウクライナ経由で欧州に送ってきた天然ガス輸送ルートの経済的価値が落ちることになり、ウクライナでは不満の声が絶えなかった(「『ノルド・ストリーム2』完成できるか」2020年8月6日参考)。

ゼレンスキー大統領は22日、フランス通信(AFP)とのインタビューで、「ロシアは欧州に対し意図的に天然ガス危機を生み出し、エネルギー供給を脅迫に用いている」と指摘、「EU加盟国はロシアの脅迫に対抗するためにウクライナと協力すべきだ。ウクライナには、欧州パートナー国に提案できるものがある。現在のウクライナのガス採掘能力は、現在の状況を正常化するためだけでなく、将来に起こり得る類似の(ガス)価格変動から欧州を守るためにも十分だ」と強調している。

ウクライナがロシアから様々な圧力を受ける一方、欧州諸国から無視される状況に苛立っている時、中国はウクライナに接近してきたわけだ。両国は昨年、「一帯一路」共同建設の協力計画に署名、パートナーシップを強化。ウクライナは中国新疆ウイグル自治区に対する中国政府の犯罪を非難する声明を撤回する一方、台湾に対する中国側の主権を認めるなど、中国に歩み寄ってきている。

「ウクライナは中国の融資を受け入れることにより、国際通貨基金(IMF)などの国際金融機関との関係を損なう一方で、中国の債務トラップ外交(借金漬け外交)の餌食となる危険性が出てきている。北京の意図は明らかだ。欧州に近接する大国ウクライナをBRIの主要ノードにし、中国はウクライナのインフラ資産(湾岸)へのアクセス、ウクライナの食糧輸出や技術など、自国の経済を動かすために必要な資源へのアクセスを確保したいのだ」(EUオブザーバー紙)。

中国は14億人の国民を養うという課題に直面する世界最大の食料輸入国だ。食料安全保障は外交政策の目標となっている。中国は耕作可能な土地は世界の1割しか占めていないが、人口では世界の2割を占めている。国が養わなければならない国民の数が収穫できる耕作地の2倍以上だ。その結果、中国は必然的に日本と同様、食糧輸入国とならざるを得ない。中国経済は2014年以来、毎年1億トン以上の穀物を輸入してきた。穀物生産国ウクライナは、国内の土地不足を補うために外国の農業生産物を使用するという中国政府の計画にとって恰好の国となる(「中国の『食糧安全保障』政策に警戒を」2021年5月12日参考)。

「中国の輸出入銀行(Exim Bank)は2012年、ウクライナの国営穀物食品会社(GPZKU)に15億ドルの融資を行い、これと引き換えに、ウクライナの事業体は中国企業への穀物輸出を委託することに合意している。今年のウクライナと中国の協力協定は、ウクライナの大麦、トウモロコシ、小麦、ソルガム(コーリャン)を中国へ輸出することになっている。その結果、EU市場では主食作物が高価格となり、入手できなくなるといった影響が出てくる」(EUオブザーバー)。

テンツァー記者は欧州の民主的価値観の最前線にあるウクライナに対する中国の接近に注意する必要があること、ウクライナ国内の民主的勢力への支援の強化が重要だと指摘している。

ハンガリーはEU、北大西洋条約機構(NATO)加盟国だが、オルバン政権はロシア・中国に傾斜してきている。ウクライナを“第2のハンガリー”としないために欧州はウクライナの政治、経済情勢に対して関心を注ぐべきだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。