木下斉さん。内閣官房地域活性化伝道師の顔を持ち、日本全国あらゆる地域の事業に携わる地方事業開発のプロフェショナルです。地方創生にありがちな“打ち上げ花火的な取り組み”には目もくれず、しっかり自走し稼ぐ事業の開発を生業とされています。
一方で、『まちづくり幻想』(SB新書)、『地元がヤバい…と思ったら読む、凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)などの自著、SNSやWebメディア、さらに各種イベントでも、地域課題の本質をズバズバと指摘。地域社会で重要視される「忖度」という概念を持たない、人呼んで“地方創生界の狂犬”の異名も。
今回はそんな木下さんに日野編集長が直撃。地域の課題、特に九州をはじめとしたローカルの中小企業の採用面での問題点について、ズバリお伺いしました。
PROFILE木下斉
きのした・ひとし/1982年東京生まれ。1998年早稲田大学高等学院入学、在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長就任。2005年早稲田大学卒業後、一橋大学大学院商学研究科修士課程へ進学、在学中から地域政策系の調査研究業務に従事。2008年より熊本城東マネジメント株式会社を皮切りに、全国各地でまち会社へ投資、設立支援を開始。2009年、一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事就任。主な著書に「まちづくり幻想」(SB新書)、「地元がヤバい…と思ったら読む、凡人のための地域再生入門」(ダイヤモンド社)、「福岡市が地方最強の都市になった理由」(PHP研究所)など。
人口増えた、減った…なんてどうでもいい
日野 「2014年から推し進められてきた『地方創生』ですが、木下さんはこの7年間の政策、経緯をどう評価されていますでしょうか」
木下 「正直、初期アプローチとしては失敗していますよね。ただメリットに目を向けると、『地方創生』という幟が立てられたことで、大企業にしても世間の意識としても、地方に対して何らかのコミットメントをしていこうという空気感が醸成されたのかなとは思います。
一方で、一極集中を是正して、東京から地方に人を送ろう、地方の人口増を目指そうという当初の目標を2019年に政府が断念したこと、そこが『本質ではないな』と多くの人が気づくようになったこともよかったと思いますね。そもそも、そんなことは不可能ですしね」
日野 「おっしゃる通り、東京への人口一極集中の流れは変わっていないですし、単純な成果で言うと、うまくいってないじゃないか、地方創生は失敗だったんだ、となるかもしれません。
ただ各地方で、まちの人たちに変わろうとする意識が芽生え、それに伴い “種火”のような動きが生まれるきっかけを作ったとも思っています。ここ数年、仕事でいろいろな地域に足を運んでいますけど『あぁ、ここでも、何かが生まれ始めているな』という感覚を持つことが多々あるんです。
地域が本質的に変化するには10年、20年は必要になってくる中で2015年くらいからの“地方創生”の動きで、種火を作ることに成功した事業や地域は、ここからの5年、10年で何かを生んでくれるんじゃないかとも思います」
木下 「明らかに『じゃあ、次にどうするのか』という段階に来ていますよね。社会全体の働き方の変化もあり、いろいろなことがクロスオーバーしていくタイミングで、地方としてのやり方、方法論みたいなところが模索されているのかなと。
地域に人口を増やすことが目的ではなく、もっと広い視野に立って地域成長を考えることが求められるようになっている、とも言えます。もっとも、いまだに人口が増えた、減ったで一喜一憂している自治体もあるし、それを地元メディアが嬉々として報じていたりする。そこはまったく本質じゃないんですけどね。そこに気づけていないのは、正直ヤバいと思います」
日野 「出だしから、吠えていただきありがとうございます(笑)」
地域には“受け皿”がない
木下 「でもこれから地域は、いかに今住んでいる人たちの所得を増やすか、地元資本の企業の業績を上向きにするかを本気で取り組むべきだと思っています。現時点でも、人口をいかに増やそうかと『意味のないゲーム』に奔走している地域より、今いる人がちゃんと働き、稼ぐんだという意識になれている地域の方が、成果を出していますからね。
企業にしても、そう。地方であっても事業規模が小さくても、際立って面白いことやっている企業は、インターンを募集するとすごい人が来るんです。たとえば九州でいうと、Qualitiesでも取材をしているシークルーズなんかがそうです。やっぱり今の学生の“感度”にあう事業をしているところ、それを明確にするような情報発信をし、募集をかけているところには、前向きな人材が集まってきている」
日野 「地方の中小企業に、東京の学生インターンが来るって、すごい変化ですよね」
木下 「そう思います。それってつまり東京にいる学生が、ローカル企業を『検索対象』にしているということですからね。昔なら地方にある面白いことやっている中小企業のことなんて、東京の学生は調べなかったし、知ろうともしなかったわけですから」
日野 「一方、東京の学生や、東京の大企業などで働いている人材が興味を惹くような会社が、ローカルにたくさんあるのかというと、現状はそうでもないのかもしれません。Uターン、Iターンをして地方で働きたい、もしくは何らかの形でローカルと関わりを持ちたいという人は増えているけれども、ローカル企業側の受け入れ体制が整っているかというと、いろいろな意味で、そこの準備不足は否めないのかなと」
木下 「そうですね。実際に東京からの検索に引っかかるようなローカル企業は情報発信も上手ですし、新しい採用方針についての研修なんかにも、社長自らが出席して学び、採用方法そのものを見直していたりするんですね。
一方で、そうした現実から取り残されたような地方企業ですと、面接時に『骨を埋める気はあるのか』といったようなことを聞いてくるところもある。地元へのUターンならまだしも、そうじゃない人が、たまたま自分が輝ける職場、地域だなと思って、その会社での就職を希望していても、そんなハードルを用意していたら、やめようかなってなりますよ。
そもそもこのご時世、骨を埋める気で就職活動している学生なんていません。なんというか、そこの感度の悪さというか…。ローカルの中小企業で、採用に困っているところは、今の学生がどんな仕事をしたいのか、どんな価値観で生きているのか、についてもちゃんと知った上で、採用方針なり人材の活用方法について見つめ直す必要があると思います」
知らない会社のビジョンに共感なんてしない
日野 「新卒にしろ中途にしろ、優秀人材をもっと呼び込めるためにはどうしたらいいのか、というのはローカル企業にとっての共通の課題となっています。そしてローカル(経済)を強くするためには絶対に向き合わなければいけない課題でもある」
木下 「そのとおりですね」
日野 「ただ、その課題感はうっすら共有されていつつも、どうしたらいいのか、という部分になると明快な解決策を見いだせていません。たとえばQualitiesにはQualities Offerという九州へのUIターン人材を企業にマッチングする姉妹サイトがあるのですが、その取材で社長さんに『どんな人材が欲しいですか』と聞くと、『我が社のビジョンに共感してくれる人』という回答をよく聞きます。それはとても嘘がなく正直なお答えだと思うんですけど、その伝え方では職探しをしている人に響かないのではないかなと思うこともあります」
木下 「そうですね。言い方は少々、強くなりますけど、地方の知らない中小企業のビジョンに共感する人なんていないです。そもそも共感するほどのビジョンをお持ちなら、なにも言わなくてもたくさん来ていますからね。来ないということは、つまりそういうことです」
木下 「昔はこんなに苦労しなかったのにな、という社長もいますけど、結局選ぶ側から選ばれる側に変わっているわけですよね。そうした現状を正面から受け止めた上で、やり方を変えなきゃいけないというシンプルな話だと思うんです。変わらなきゃいけないのに、変えようともせず、創業者の考え方に共感できる人が欲しいとかって言っている会社には、優秀な人材は絶対来ません」
日野 「木下さんは書籍の中でも書かれていますけど、ローカル企業側が『いいやつがいない』というのは、結局自分たちにとって都合のいいやつを探そうとしているだけであると。言うことを聞くような、飼い慣らしやすそうな人間を選びたいのではないかと」
木下 「ええ。小さい企業であればあるほど、社長の採用権が強く、得てしてワンマン社長の考えている人事の幅はかなり狭い。自分が『城』を持っている感覚だからそうなるんでしょう。もし会社を変えたい、今までに採れなかった優秀人材を入れたいのであれば、社長自身が意識を変えないといけないのではないでしょうか」
日野 「逆に、会社や採用方針を変えることなく、また経営層の意識を変えることなく、優秀な人材を迎え入れることは難しい」
木下 「そういうことですよね。そんな都合のいい話はあり得ないです。僕もいろいろな地域で、様々な経営者と会話させていただく機会がありますけど、ローカルの中小企業の経営者は、もっと貪欲に地域内外に勉強しに行くべきだと思います。大学院に行くでも、なにかのビジネススクールに行くでもなんでもいいんですけど、自分自身を成長させる努力をした方がいい。
先程も、社長自らが採用方針の研修を受けにいき、それによって採用内容を変えて、成功した企業の話をしましたけど、トップが学ぼうとする姿勢を失えば、その企業は間違いなく成長しません」
日野 「学ぶことは本当に大切なことですよね。時代がこれだけ変わってきているだけに、僕も40代も半ばになってその重要性を改めて感じています。それと当時に、企業経営者は“パブリックマインド”とでも言うんでしょうか、地域社会に対して、企業がどうあるべきかについての思いも、今の時代に合わせて改めて考えることが必要になってきていると思うんです」
日野 「経営者一族の富を守るとか、資本をただ増やすということではなくて、会社というエコシステムに対して何を投じるかとか、地域の雇用を守ったり所得を増やすことを通して、地域経済への貢献の仕方にしっかり向き合うとかに変化が必要ですね。もちろん、みなさんそれぞれやられているとは思うのですが」
木下 「その努力が本当に足りているかどうか、自身で見つめ直してもいいかもしれません。会社が稼いだ金で、経営者がいい車に乗ったり、いいものを食べたり、いいホテルに泊まったり…その行為自体は否定しませんけど、そんなことをするくらいなら、自分自身を磨くためにコストをかけた方がいい。当たり前の話ですけど、勉強をしない経営者のところに、優秀な人材は来ませんよ」
日野 「一方で、よく聞くのは中途で優秀な人材が来たけど、社内でどうしても浮いてしまったり、現場でハレーションを起こしたりすることがあるケース。せっかくいい人材が仲間になったのに、それを受け入れられない会社のルールや雰囲気があったりするようなんですよね」
木下 「社長を含めて、『本当にこいつは本物なのか?』『どれだけの働きをするのか?』みたいな品定めをされている状況だと、本来のパフォーマンスなんて発揮できないでしょう。僕が知る限り、そうした受け入れ側に問題がある会社はどこもうまくいってません。人材活用ができている会社は、社長、役員レベルが現場まで下りてきて『場』をちゃんと作る。要は、ハレーションが起きないように、地ならしをするわけですね。
中途採用で入社した人材をしっかり活用できている会社は、このあたりがしっかりしている。そこをやっていれば、ハレーションも起こりづらいし、期待通りの活躍をしてくれる。そうなると、既存の社員、地元採用の社員にも好影響を及ぼすんです。こうやって仕事をすればいいのか、こうすることで自分も成長できるんだって気付ける。結果、社員全体のモチベーションがあがり、会社としての足腰が強くなると思うんですよね」