木灰を浸けた水で打つ伝統の沖縄そば、木灰そばを作ってみました。
昔の沖縄そばは、麺を作るのに「かんすい(中華麺独特のコシと色を与えるアルカリ性の食品添加物)」ではなく、木の灰を水に溶かした上澄み液を使ったそうだ。その名も「木灰(もっかい)そば」。
木の灰なんてワラビのアク抜きくらいにしか使ったことないが、まさか麺作りに使えるとは。実際に試してみたところ、これぞ沖縄そばに最適と思える麺ができたのだ。
※かんすいの詳しい説明は、『ラーメンの麺に入っている「かんすい」ってなに? 』、『ラーメンの「かんすい」を使い分ける実験』をお読みください。
石垣島で出逢った木灰そば
話は2015年まで遡る。
沖縄の石垣島でおこなった『日本最南端の麺文化「八重山そば」』の取材を通じて、昔の八重山そば(沖縄そばの兄弟みたいな存在)は、かんすいではなくガジュマル(木の種類)などの灰を浸けた水で麺を打っていたという話を複数の方から伺った。
灰に含まれる炭酸カリウム等のアルカリ成分が水に溶けだすことで、かんすいの役割をするのだろう。
その古式製法の麺が今も食べられる店はないかと検索してみると、島内に見つかったので訪れてみた。
木灰で打ったという麺は、少し太めでいわゆる中華麺ほど黄色くはなく、うどんに近い見た目。ブルンとした弾力のある歯ごたえが独特だ。
おそらく木灰は食品添加物であるかんすい(成分は炭酸ナトリウムや炭酸カリウムなど)ほど、小麦粉のグルテンに影響する効果が強くないのだろう。この主張しすぎない麺が、透明感のあるあっさりとした豚骨と鰹節のスープとよく合っている。
とかいって、さすがに味の記憶もさっぱりなので、写真を見ながら憶測で書いているのだが。
この麺を木の灰から自作して、昔ながらの沖縄そばを作ってやるぞと心に誓ったのだが、ガジュマルの灰ってどこで手に入るんだ。
石垣島を歩いているとガジュマルの木はたくさん見かけるが、勝手に燃やしていい訳がない。帰宅後、苗木を取り寄せて育てようかとも思ったが、埼玉では大きく育たないだろう。どうにか育っても何年掛かるんだ。
木灰そばは、もう一回(もっかいだけに)沖縄にいったときの課題にしようと、心の奥にしまい込んでいたのだが、先日とある野菜直売所で、灰が売られていて急に思い出したのである。
見つけたのは関東近郊なのでガジュマルでもモクマオーでもないだろうが、灰にそこまで違いがあるとも思えない。我が家には釜戸も薪ストーブもないので、灰を手に入れられる機会は皆無。少々の火遊びくらいでは、こんんなに上質な灰は作れない。
これぞ千載一遇のチャンスだとオーバーに受け止め、沖縄行きの予行練習として、この灰で木灰そばに挑戦してみよう。
木灰のpHを調べてみよう
さっそく灰で打ち水(粉を捏ねる水のことで中華麺用だとかんすいを溶かしたもの、うどんだと塩水)を作る。濃度の正解がよくわからないのだが、小麦粉1キロ分の打ち水として、水400㏄に灰50gとした。根拠はない。
成分が水に溶けだすにはある程度時間が掛かるだろうと考え、一晩置いてから濾すと、芋煮会で着ていた服みたいな匂いがうっすらした。懐かしい焚火の匂いだ。
試しにちょっと舐めてみると、これがまあ渋苦い。舌が溶けるような感じでヒリヒリする。確かにアルカリ性の水溶液なのだろう。舐めてはいけない。
これで麺を打つ前に、具体的にどれくらいアルカリ性なのかを、リトマス試験紙で確認してみたい。リトマス試験紙なんて30年ぶりくらいに使うかも。
ところでリトマスってなんだろうと調べたら、リトマスゴケという地衣類の色素で驚いた。発明者の名前かと思ったら、まさかコケの名前だったのか。
私が普段かんすいとして使用している炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重曹(炭酸水素ナトリウム)を水40㏄(一食分を製麺するのに使う量)に1g溶かしたものと木灰を浸けた水を、ネットで適当に買ったpH試験紙(リトマスも含めて何種類かの色素が使われているであろう試験紙)で測ってみた結果がこちらだ。
中性である水はpH7くらい、重曹は8.5くらいだろうか。そして残り3つはpH9.0までしか測れない試験紙では測定しきれないほどのアルカリ性を示してきた。
重曹を軽々超えてくるとは、やるじゃないか木灰。そりゃ舐めると舌が痛いはずだ。ちなみに茹でるとアルカリ成分はほとんどお湯に溶けだすので、麺を食べても舌は痺れない。
木灰の水溶液がpH9以上だと確認したところで次の作業に進んでもいいのだが、せっかくなのでpH14まで測れる試験紙を買いなおして再確認。人生は寄り道の連続だ。
わざわざ買いなおしたリトマス試験紙だが、pH10以上は色の違いが素人にはわからなかった。木灰は緑に近く、ナトリウムとカリウムは赤寄りっぽいので、木灰は若干アルカリ性が弱いかな。
水と灰の割合を替えた実験もしてみたところ、水40㏄に対して灰3g以上は同じ結果のようだ。
この結果を理科の先生をしているライターの加藤まさゆきさんに確認してもらったところ、デジタルなテスターで数値を測定してくれた。
重曹がpH8.3、炭酸カリウムが12.0、炭酸ナトリウムが11.6、そして木灰は10.1とのこと。試験紙で読み取った値とだいたい同じ。重曹よりは強いけど、炭酸カリウムや炭酸ナトリウムといったかんすいの代表選手よりはちょっと弱いのが木灰のようだ。
もちろん食べ物の話なので、pHの数値が味のすべてを示す訳ではないのだが(あくまで指標の一つ)、木灰の効果が製麺をする前からなんとなくわかってきた。
麺を打ち比べてみる
このように楽しい理科実験を経て、ようやく製麺作業に入ろう。
それぞれの水溶液35gに塩2gを溶かした打ち水を用意して、強力粉100gとよく混ぜる。沖縄そばの麺には塩が入るらしいのだ。
塩水を混ぜたものは小麦粉の色そのままだが(うどんの生地ですね)、それ以外はグルテンに対するアルカリの働きで黄色くなっていることを確認。
麺にして茹でて食べてみたところ、炭酸カリウムはきっぱりと中華麺、炭酸ナトリウムはしっかりと中華麺、木灰は穏やかに中華麺、水はうどんという感じになった。
見た目でいえば、木灰は少し黒ずんでいる。
小麦粉のスペックに「灰分」という数値があるのだが、これは燃やした後に残る灰(外皮や胚芽部分に多く含まれるミネラル分)の量で、この値が多いほど、風味は強いが黒ずんだ小麦粉となる。
木灰そばは灰を溶かした水で打った麺なので、灰分が多い小麦粉で作った麺に似るのは道理なのだ。というか灰を溶かした水自体に色がついていたし。
あっさりスープが木灰そばと合うんですよ
こうして琉球王朝時代から伝わるという木灰の麺ができたので、スープと具を作って沖縄そばを仕上げていく。
詳しい作り方は『家庭料理としての沖縄そばを学びそして作る』を参照してください。
大切なのは麺とスープのバランスであることを再確認。何度か作りなおして、豚骨の風味と脂の量を押さえつつ、鰹節が香るあっさりした仕上がりのレシピが導き出された。それって石垣島で食べたやつだな。
味付けは小さじ半分の塩と、一つまみの化学調味料(なくてもいいけどあるとわかりやすくうまい)だけで十分。いろいろ入れたくなるが、薄めた海水くらいをイメージする。
穏やなスープが木灰で打った麺とすごく合う。沖縄で潮風を浴びながら食べたら10倍うまい味なのだろう。すごく穏やかな気分になれる一杯だ。今時のラーメンが好みの舌だと、かなり物足りないかもしれないが。
塩は純粋な塩化ナトリウムである精製塩よりも、様々な成分が混ざった自然塩の方が滑らかでおいしいというが、木灰の水溶液にも似たところがあるのかもしれない。いい意味で曖昧さがある麺なのである。
もちろん情報ありきで味を理解しようとしている訳であって、普通のかんすいを薄めに使って打った麺と木灰の麺を、事前の情報無しで食べ比べたら、私もなんとなく違うかなと思う 程度の差だとは思う。
そしてなんといっても市販のかんすいを使わずに、木の灰があればこの麺が作れるというのが楽しいじゃないか。これぞシンデレラストーリー。沖縄そばや八重山そばは家庭料理だった歴史もあるので、釜戸に溜まった灰を使って、手打ちで麺を作っていたのだろう。
いつか南国の海辺にあるキャンプ場で、流木を焚火して木灰を作り、汲んだ海水に浸けて打ち水にして、自作の木灰そばを食べるという目標を掲げて生きていこう。
今回は木灰そばということで、灰に含まれるカリウムなどをかんすいとして使ったが、天然のかんすいといえば、中国などの塩湖(鹹湖)でとれるナトリウム系も有名だ。よって天然かんすいを求めて中国に行きたい。
あるいは日本にもアルカリ性の温泉ならたくさんあるので、飲用可能な源泉を使った麺作りにチャレンジしようかな。 源泉かけ流し温麺でどうだ。