言葉曖昧の誤謬

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言葉曖昧の誤謬

Verbal ambiguity / Semantical ambiguity

前提となる言説に使われている曖昧な言葉を誤解釈して異なる結論を導く

情報操作と詭弁論点の誤謬論点曖昧言葉曖昧の誤謬

<説明>

論証とは前提から結論を導くプロセスですが、前提となる言説に使われている言葉が曖昧な場合には、その言葉に真実と異なる解釈を行うことで、異なる結論を導いてしまうことがあります。これを言葉曖昧の誤謬と言います。

論証を行うにあたっては、曖昧な言葉を前提となる言説に使わないことが望ましいと言えますが、辞書を見れば明らかなように、言葉は基本的に多義であるため、曖昧さを完全に排除することはほぼ不可能です。

詭弁を使うマニピュレーターは、この言葉の曖昧さにつけこんで、意図的に前提となる言説を誤解釈することで自分にとって好都合な結論を導きます。

誤謬の形式

前提の言説Spに使われている曖昧な言葉Wの意味はmfなので、結論の言説Scfが導かれる。

※ここで、曖昧な言葉Wの意味するところはmfではなくmtであり、前提の言説Spから導かれる真の結論の言説はSctである。

<例>

A:消防署の方から来ました。消火器を点検させていただきます。
B:ご苦労様。
A:あれ。この消火器には問題ありますね。新しいのと交換します。
B:おいくらですか?
A:今、サービス期間なので設置料込みで10万円に割引しておきます。
B:・・・

これは、消防署の職員ではない人物が、「消防署の方から来ました」という曖昧な言葉を使うことで、あたかも自分が消防署の職員であるかのように誤解釈させて相手に高額商品を売りつける訪問販売の詐欺の手口です。たとえ消防署の職員でなくても、消防署の方向から来れば、「消防署の方から来ました」という言説は真であり、このミスリードを悪用して巧妙に脱法的な訪問販売を展開しているのです。そもそも消防署は、消火器の販売・点検を行っていないので、もしも消火器の購入を勧められても、すぐに購入せずに消防署に連絡しましょう。

<事例>

<事例1>参・決算委員会2019/06/10

蓮舫議員(立民):麻生大臣は「年金が赤字だという表現は不適切だ」というが、国民はそれで納得するか。今回の報告書で国民が怒っているのは「年金は百年安心」が嘘だったこと。「自分で2000万円貯めろとはどういうことだ」と国民は憤っている。報告書によれば、高齢夫婦の無職世帯の平均的な姿では毎月の赤字額は5.5万。20年で1300万円、30年で2000万円にのぼる。「足らざる部分のためにもっと働け」「節約しろ」「貯めろ」と、公助から自助にいつ転換したのか。

「百年安心」とは、5年ごとに財政検証をして100年後に1年分の積立金が残っているかどうかをチェックするという年金制度の仕組みであり、蓮舫議員が解釈しているような、国が100年後まで家計支出に対する現在の給付水準を保障する仕組みではありません。

そもそも民主党に所属していた蓮舫議員は、自民党から民主党への政権交代の直前に開かれた参・厚生労働委員会(2009/06/16)で「もはや百年安心、維持可能性について私は大きな問題があると思っております」と発言しています。つまり、蓮舫議員は「百年安心」という制度に問題があることを認識していながら、自ら閣僚を務めた民主党政権時に何も改善することなく放置したのです。

日本政府が、国民をミスリードする可能性がある「百年安心」という曖昧な言葉を制度の名称として使用していることは問題ですが、それを意図的に誤解釈して批判するのは、国民に対する確信的な欺瞞に他なりません。

<事例2a>丸川珠代・五輪担当大臣 記者会見 2021/06/29

そもそもワクチン接種を前提としないでも安全な大会が運営できるよう準備を進めてきた中で、より安全安心な状況を作っていくという趣旨からワクチンの確保、また接種体制の整備を東京都と委員会に調整をしてまいりました。

そして、これまで確保したワクチンについては、まず選手に近い関係者からうっていくということを一つの考え方として進めてまいりまして、実際にボランティアの方、運営関係者の方へのご案内も選手に近いところから順番にご案内していると伺っております。

ボランティアの中にもですね、65歳以上の方がいらっしゃったり、地域で職域で接種される方もいらっしゃいますので、そうしたことを勘案しながらできるだけ早い段階で、接種していただきたいと思っております。

1回目の接種でまず一次的な免疫をつけていただくということ、さらにパラリンピックに参加される方もいらっしゃいますので、そうしたどの時期に活動されるかというところを見ていただきながら、組織委員会にしっかりと頑張っていただきたいと思っております。東京都のご協力にも感謝しております。

<事例2b>蓮舫議員 twitter 2021/06/29

『本ワクチンの接種で十分な免疫ができるのは、2回目の接種を受けてから7日程度経って以降とされています。現時点では感染予防効果は十分には明らかになっていません』
厚労省のファイザーワクチンの説明です。
丸川大臣は何をもって「免疫」と言われてるのでしょうか。

<事例2c>東京新聞 2021/07/02

記事「厚労省も使わない…丸川五輪担当相の「一次的な免疫」発言に批判殺到 2回目接種は必要ないの?」

丸川珠代五輪担当相が6月29日の記者会見で、東京五輪のボランティアに対する新型コロナウイルスのワクチン接種について「1回目の接種で、まず一次的な免疫をつけていただく」と発言した。2回目を打たなくてもある程度は大丈夫とも聞こえてしまう言い方だ。それ以前に「一次的免疫」とは何なのか。

(中略)

同じ発音のため、一部メディアでは「一時的な免疫」と報じられ、内閣官房があわてて「『一時的』ではなく『一次的』です」と報道各社に説明する一幕もあった。「一時的」にせよ「一次的」にせよ、そもそもそんな免疫はあるのか。

東京新聞をはじめとするメディアは、丸川珠代大臣の「1回目の接種で、まず一次的な免疫をつけていただく」という発言を前提にして「2回目を打たなくてもある程度大丈夫」という結論を新たに導いた上で、丸川大臣の発言はある程度大丈夫ならば2回目の接種は必要ない」という結論を示唆するとして、丸川大臣を非難しました。

ここで、丸川大臣の言説は「1回目の接種をすれば一次的な免疫がつく」という仮言命題であり、リスクを一定程度低減可能であり、ワクチンの【二次投与 second dose】による【十分な免疫獲得 full immunization】の一次的段階である、ワクチンの【一次投与 first dose】による【部分免疫獲得 partial immunization】を推奨するものです。ファイザー製ワクチンの部分免疫獲得の効果はα株に80%、δ株に33%の有効性があることがその時点で経験的に知られており、ボランティアにまずは1回目の接種(一次投与)を勧めるということは極めて合理的なリスク対応です。実際に感染爆発期の英国では、2回目の接種よりも、できる限り多くの国民に1回目の接種を行うことを優先しました。

一方、東京新聞をはじめとするメディアは、丸川大臣の「1回目の接種をすれば一次的な免疫がつく」という仮言命題を「ある程度は大丈夫」なる曖昧な言葉を使って言い換えています。ここで「ある程度大丈夫」を「部分免疫を獲得できる」と解釈するのであれば、言い換えは妥当と言えます。しかしながら、ある程度大丈夫」を「ある程度安心できる」と解釈するのであれば、それは誤解釈であり、発言の歪曲に他なりません。

東京新聞をはじめとするメディアは、丸川大臣の発言はある程度大丈夫ならば2回目の接種は必要ない」という結論を示唆すると批判していますが、それはある程度大丈夫」を「ある程度安心できる」と誤解釈し、「ある程度安心できるならば2回目の接種は必要ない」と勝手に結論を導いたのです。

なお、蓮舫議員およびメディアは「一次的な免疫」という言葉に噛みつきましたが、【部分免疫 partial immunity(一次投与から14日以上経過した時の免疫)は専門家が頻繁に使っている専門用語であり、これを大臣が「一次的な免疫」と国民に説明することには何の問題もありません。むしろ、蓮舫議員やメディアがこの表現から部分免疫を想起できないことの方が大きな問題です。