仏vs米豪の潜水艦騒動:原潜保有国は全て核兵器保有国

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米英豪3国は16日、軍事関連の自動化や人工知能、量子技術などの共有を目的とする「AUKUS」の結成を公表した。豪州はその機にフランスからの潜水艦導入契約を破棄し、米国から原潜を導入する旨を表明した。これにフランスは激怒して米豪両国の大使を召還、AUKUSお披露目の祝賀会をキャンセルする事態となった。環球時報社説で18日、「新たな3国同盟はアングロサクソンの祖先を強調する」と評した。

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この出来事について外交評論家の宮家邦彦氏が産経新聞のコラム「宮家邦彦のWorld Watch」で触れている。宮家氏はコロナ禍初期に同欄で、明代以前から水陸交通の要衝だった武漢を「かつて陸の孤島だった武漢は今や経済活動のハブとなっている」と書いて筆者を訝らせたが、本件の論も筆者のとは少し異なるので、本稿では同コラムを枕にこの騒動を見てみたい。

宮家氏の論を要約すれば、これを「豪州核武装論」とする地方紙社説は誤りで、産経抄がこれは「通常兵器を積む攻撃型原潜保有」であり、「長期間の潜航が可能な原潜」は「中国海軍に対する強力な抑止力となる」としたのが「軍事を知る正確な指摘」とする。また、別の地方紙は「対中国包囲網強化を急ぐバイデン米政権の焦りものぞく」と書くが「米国は焦ってなどいない」とのことだ。

が、豪州の「潜水艦能力向上が米国のインド太平洋戦略にとって喫緊の優先課題」とも書いているので、「焦っていない」が「急いではいる」のか。コラムは「米英豪は過去に一緒に戦った同盟国である。当時の相手は日本だったが、今回の懸念は中国だ。されば、日本の次期首相も戦略的判断を下す責任がある。かつて米英豪と対峙した誤りを繰り返してはならない」と、日本が3国を敵に回すことを戒めて結ばれている。

豪州の潜水艦導入では日本も苦い思いをした。外務省サイトには、「豪州の将来潜水艦の共同開発・生産に伴う構成品や技術情報の豪州移転」を「防衛装備移転三原則」とその「運用指針」に従って国家安全保障会議で審議した結果、「海外移転を認め得る案件に該当することを確認」したとする15年11月26日の発表が今も載っている。

斯くて日仏独が争うことになった「潜水艦商戦」について、16年4月29日のロイターは「潜水艦“ごうりゅう”は幻に終わった」とフランスの勝利を伝えている。「ごうりゅう」とは「豪州」と「そうりゅう」をかけた洒落。記事は「豪潜水艦に武器システムを供給する米国企業が、仏との協業を敬遠しているとの噂があること」が最大の懸案だったが、DCNSと米ロッキード・マーティンとの協議で解決したとある。

また記事は各国案とも弱点があったとし、独ティッセン社の2000トンの既存艦を2倍にする案は技術的リスクが大きく、静粛性に優れる「そうりゅう」はリチウムイオン電池による航続距離が疑問視され、仏DCNS社の5000トンの原子力潜水艦の動力をディーゼルに変更する案も誰も手掛けたことがなかったが、現地の事情に通じた人材を獲得、弱点を地道に克服して勝負をひっくり返したと述べる。

豪州の計画が原子力でない通常動力型だったと知れるが、今般、それがひっくり返って、豪州は「米国の技術を使用して豪国内で建造する少なくとも8隻の原子力潜水艦を取得する」ことになった。だが前述の様にDCNS案が、原潜の動力をわざわざディーゼルに変更したものなら、元の原子力動力に戻せば良いのになぜフランスと摩擦を起こしてまで豪州が米国に乗り換えるのか、との疑問が湧く。

モリソン豪首相は、この決定は「心変わりではなく、ニーズの変化」と述べた。ジョンソン英首相も今回の協定は「他の国に対抗するためのものではない」と断言、英仏間の「軍事的関係」は「極めて強固」だとし、バイデン大統領もこの非常に戦略的な分野で「フランスと緊密に協力していきたい」と述べ、パリに対し宥和姿勢を示した(ル・モンド紙)。

といはいえ「ニーズの変化」だけでは米国に乗り換えたことの説明になっていない。なぜなら「原潜」ならフランスも保有しているからだ。その「ニーズ」を筆者は、宮家氏が否定する「豪州核武装論」ではないかと考える。米英豪トップは一応「核兵器は搭載しないだろう」と述べているが、原潜保有国は須らく核兵器保有国でもある。

元自衛隊陸将補で岐阜女子大の矢野義昭名誉教授は日本が商戦に負けた直後の16年5月30日、豪州が「原子力潜水艦に発展する可能性を秘めたフランス製の潜水艦の導入に踏み切ったのは合理的な選択と言える」とし、「将来は原潜を保有し、それに核弾道ミサイルを搭載する可能性もないわけではない」と述べている。

興味深いのはそれに続く一説で、「英国は自国が開発した核弾頭を米国製の弾道ミサイルに載せ、それを自国製の原潜に搭載して運用」していて、「米国の核作戦計画の中に取り込まれて」いるので、発射されたときにどちらが発射したのか判らない。そのため「自動的に米英は相手国が起こした核戦争に巻き込まれる」というのだ。それだけ米英の同盟関係が強固であり、英国首相は「独自の指揮統制系統を持ち、自国の核戦力の引き金を引くことができる」そうだ。

そこで原潜と潜水艦発射核弾頭ミサイルについて、5月26日の朝日新聞は「世界の核戦力の主力は潜水艦になりつつあり、世界最多の核弾頭を持つロシアは潜水艦への搭載がICBMを上回り、仏英も核弾頭のほとんどが潜水艦用」だとし、米国も「新START」の上限の核弾頭の大半がSLBMに搭載されることにしている、と書いている。

「特別リポート:中国が高める核報復力、南シナ海に潜む戦略原潜」と題した19年5月3日のロイターの詳細な記事に拠ると、中国が「弾道ミサイルを搭載した潜水艦を展開させたと確認できる情報はまだ得られていない」そうで、米国防総省も「中国が核抑止力を大幅に強化したことは認めるが、中国の潜水艦が24時間体制で警戒監視を行っているとはみていない」とのことだ。

米英豪3国は「AUKUS」について発表した際、中国を名指ししなかった。が、「海警法」や「海上交通安全法」の改正施行などを含め、南シナ海や台湾海峡で緊張を高め続けている中国の様を見れば、モリソン首相のいう「ニーズの変化」がこうした中国への対処でないはずがない。

他方、マクロン仏大統領も、強硬なコロナ対策が大規模デモを誘発し、世論調査でもルペンの後塵を拝している上、来年4月に大統領選を控えたこの時期に、この種の契約で史上最大といわれる約500億豪ドル(約345億ユーロ、約4兆円。16年の契約発表時)を失うとなれば、最低でも大使を召還し、ル・ドリアン外相に「後ろから刺された」くらいは言わせ、EUも巻き込まないことには面目が立つまい。が、結局は賠償金を取って矛を収めるしかないだろう。

目下たけなわの自民党総裁選では、筆者にはマクロンと同じ匂いのする河野候補が、陸上イージスを突然屠っておきながら「敵基地攻撃能力は昭和の概念」と言い放って物議を醸している。憲法上も国際法上も「敵基地攻撃能力」が先制攻撃のためのものでなく、抑止のためであることは自明だ。そして国際慣習法も国連憲章第51条も、「必要性」と「均衡性」を満たす自衛権の行使を認めている。

原発の再稼働と新増設は勿論のこと、原潜や抑止のための核兵器の保有についても、せめて議論くらいはしておく必要があるだろう。それができるのはどの候補かは、名を挙げるまでもない。

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