「東京五輪」不参加の北に期待する事

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誰も敢えて言わないし、「あの国はもともと存在していない」とばかりに無視されている、といった感じすら受ける。第32回東京夏季五輪・パラリンピックには205カ国・地域と難民選手団が参加し、1万人を超える選手たちが33競技に熱気ある試合を展開させているが、あの国の選手たちは参加していない。北朝鮮だ。

▲北朝鮮・朝鮮労働党創建75周年の祝賀会で演壇に立つ金正恩党総書記(朝鮮中央通信公式サイトから)

23日の国立競技場での開会式を観戦した。行進する参加国の選手たちの姿、そのユニフォームはカラフルで目を楽しませてくれた。「世界にこんな多くの国があったのか」と改めてビックリ。初めて聞く国の代表団もあった。彼らはオリンピックというスポーツの祭典に参加するために集まってきた選手、関係者だ。

北朝鮮が五輪大会に参加しないのは、核開発関連の国連制裁を受けたからではない。国連加盟国全てからは国家としてまだ承認されていないコソボも代表団を派遣しているし、国連が創設した難民選手団も参加している。それなのに日本の隣に位置する北朝鮮は代表団を派遣していないのだ。それも自らボイコットしたのだ。

北朝鮮体育省は4月6日、公式サイトで東京五輪大会不参加を表明した。その理由は「北朝鮮オリンピック委員会は先月25日の総会で、悪性ウイルス感染症(新型コロナウイルス感染症)による世界的な保健の危機状況から選手を保護するため、委員の提議により第32回オリンピック競技大会に参加しないことを決定した」(韓国聨合ニュース)という。

北の五輪不参加の理由をそのまま鵜呑みにする人は少ないだろう。国民の人権を蹂躙してきた北朝鮮当局がここにきて突然、「選手を新型コロナ感染から守るために五輪大会の不参加を決めた」というのは信じられない。国民を犠牲にしても国家の威信を高めるためなら何でも実行する国だ。北の為政者が突然、国民の人権、福祉を強調したとしても土台無理があるわけだ。

当方はこのコラム欄で、「五輪大会不参加の理由ははっきりとしている。第32回東京五輪大会に参加してもメダルを取れるチャンスは限りなくゼロに近いからだ。五輪大会を含む国際スポーツ大会で、北朝鮮の選手がメダルを取り、国家の威信を世界に発信できないならば、選手団を派遣する意味がないのだ。スポーツと政治をリンクさせてきた北朝鮮にとっては当然の決定だ。『オリンピックは参加に意義がある』といった贅沢な世界は北には当てはまらない」と書いたうえで、「北の五輪不参加表明にはもっと深刻な事情が考えられる。北では五輪参加資格を有する『民族代表スポーツ選手』の場合、選手は特別扱いされ、国民が食糧不足で飢餓状況にあっても国家から食糧は優遇されてきた。その優遇が出来なくなってきたのだ。これが大きな理由だ」と指摘した(「北朝鮮の東京五輪不参加の『事情』」2021年4月7日参考)。

興味深い点は、東京五輪開幕直後の7月25日、北朝鮮は対外宣伝メディアを通じて、「日本が東京五輪を帝国主義の復活の好機と考えている」と、日本批判を展開させていることだ。曰く、「日本は東京五輪を機に歴史歪曲と領土強奪策動に一層拍車をかけている。各国のスポーツ選手が集まり、世界中から注目される五輪を軍国主義復活に向けて利用している」(聯合ニュース)と非難しているのだ。東京五輪開催と日本の軍国主義の復活をリンクして日本を批判する国は世界を見渡しても北朝鮮しかいないだろう。全くのピンぼけ丸出しの論理だ。五輪参加できない国の恨みが込められていると感じるほどだ。

どの国からも北の五輪不参加を残念がる声が聞かれないことに、北側はプライドを傷つけられているはずだ。当方は北が東京五輪大会に参加しないことを残念に思ってきた。五輪大会というスポーツの祭典に北の若者たちの姿が見られないことはやはり寂しい。同時に、世界から孤立化している北朝鮮が国際社会への再統合の姿勢を見せることが出来るチャンスでもあっただけに、金正恩総書記の今回の「五輪不参加」決定には失望している。

北朝鮮には国民が3食を堪能できる食糧が基本的に欠如している。「新型コロナウイルスの感染者はいない」という北側の公式発表は信じられない。ひょっとしたら多くの国民が感染しているのではないか。肝心のコロナワクチンは手に入らない。中国共産党政権が同国のシノバック製ワクチンを提供しようとしても、北側は、「中国製のワクチンは信頼できない。米国製ワクチンがほしい」と主張しているのだ。しかし、米製薬大手ファイザー社などのmRNAワクチンには零下70度で保存できる冷凍保存設備(コールドチェン)が必要だが、北にはそれがない。そうだ、北には全てが「ない、ない」状況なのだ。そんな国がメダルを獲得するためにスポーツ選手を派遣できる余裕があるだろうか。

冷たく言えば、3代世襲独裁国家の悲惨な状況は独裁者の自業自得と言えるから、誰を恨んだとしても意味がない。北の国民だけが恨みをぶつけることができる。しかし、北が現状の困窮から脱出するチャンスがまったくないか、といえばそうではない。人は変わることが出来るように、国も変わることが出来るのだ。

130kgの巨漢だった金正恩氏が短期間で10kgあまりの減量に成功したというニュースが平壌から流れてきている。過去の重みから少しづつ解放されてきた金正恩氏に「人民第一主義」を実践していただきたい。「真夏の夢」物語に終わらせてはならない。独裁者も変わることができることを金正恩氏は世界に証明すべきだ。10kgの減量だけではまだまだ不十分だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年7月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年7月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。