東京にはいろんな奥があるようだ。奥渋谷、奥浅草、奥池袋、奥神楽坂、奥銀座など。「奥」とはいったいどこのことなのか。インスタグラムの投稿から調べてみた。
奥が増殖している
奥渋谷とは、東京の渋谷と代々木八幡のあいだの通称だ。渋谷駅前の喧騒からはちょっと距離をおいた落ち着いた場所にカフェなどが点在している。
そして今、「奥」は渋谷以外にも増えている。奥浅草、奥池袋、奥神楽坂、奥銀座など。すでに定着しているものもあれば、ほぼ誰も言ってないものもある。
「奥」とはいったいどこのことなのだろうか。これらの奥を見ることで、共通点が分かったりしないだろうか。
奥渋谷はどこにあるのか
「奥渋谷」とは具体的にどの範囲のことなのかを知りたい。そのために、インスタグラムの投稿を調べることにした。
「#奥渋谷」のハッシュタグとともに店舗名が書かれた投稿を検索し、店舗の位置を一つ一つ調べてマッピングするのだ。結果はこうなった。
赤い丸のそれぞれが「#奥渋谷」に紐づいたお店の位置だ。だいたい特定のエリアに、縦長に集中しているのが分かる。
この特徴的な分布は具体的にどこを表しているのだろうか。そして奥ではない、ふつうの「渋谷」との位置関係はどうなっているのか。
まずは分布から見てみよう。
これは青と緑で描いた道との関係が分かりやすい。宇田川という川の跡(暗渠)だ。
同じ一本の暗渠だが、緑で書いた部分はふつうの車道で、青で書いた部分は整備された遊歩道になっている。「#奥渋谷」の分布は、遊歩道に切り替わった青い線のところから急に増えているのが分かる。
奥渋谷という言葉は2015年ごろから広まったようだ(Googleトレンド)。暗渠沿いに店舗がいったん出来はじめると、遊歩道の視覚的なイメージと奥渋谷という言葉が結びつき、店舗側としても客としてもそこが奥渋谷だと認識しやすかったのかもしれない。
奥渋谷はどのように奥なのか
ふつうの渋谷と奥渋谷の位置関係はどうだろうか。奥渋谷はどのように「奥」なのか。
そのために、ぼくの運営する「どこまでこの街?」というサイトから、みんなの思う「渋谷」の範囲を抽出して「奥渋谷」と重ねてみた。
青で囲った1つ1つの範囲は、だれか1人が思う渋谷の範囲になっている。色が濃い所ほど多くの人が渋谷だと思う場所で、つまり渋谷のイメージ上の中心と言えるだろう。
赤い丸の奥渋谷は、中心から遠い場所に位置して「渋谷」の範囲の外にあることが分かる。南や西にも「奥渋谷」がわずかに分布しているが、北に比べるとほぼない。中心が渋谷駅だとすれば、南や西も奥には違いないが。
奥飛騨、奥多摩。すでにある奥について。
都内の他の「奥」について調べるまえに、まずは既存の奥について整理してみることにしたい。地名として古くから受け入れられている奥はたくさんある。
・奥飛騨
・奥多摩
・奥入瀬
・奥久慈
・奥日光
・奥秩父
ようするに山奥だ。街から見てより山の奥のほうにある。これを「外へ向かう奥」と呼ぶことにしよう。
一方、都市の奥については『見えがくれする都市』という本にこういう話がある。ざっくりいうと、日本の街や建物の内部には周囲から到達しがたい「奥」がいくつも存在するという考え方だ。これを「内へ向かう奥」と呼ぶことにしよう。
いまのところ、とりあえず呼んでみただけだ。
奥浅草
奥浅草は2018年ごろから広まり始めた言葉のようだ。同じようにインスタグラムで「#奥浅草」を調べてみた。
浅草寺の北、結構遠いところまで奥浅草ということになっている。観測したなかで浅草寺からもっとも遠いお店は吉原大門のそばだった。(なお、客ではなく店舗だけが奥◯◯を名乗っているという状況はつねに起こりうる。これは後ほど考える。)
地図を1段階拡大したほうがわかりやすいが、みんなの思う浅草は浅草寺のすぐ北の通り(言問通り)までで一回区切りがあり、奥浅草はその以北に主に分布している。「奥」を分ける境は浅草寺の敷地だ。
奥渋谷と少し違うのは、奥渋谷はみんなの思う渋谷の外に分布していたということだ。いっぽう奥浅草は、みんなの思う浅草の内側に十分含まれている。これはちょっと面白い。
奥浅草の分布の中心は、見番(芸者たちの事務所)のあるあたりのようだ。このへんはもっと以前から「観音裏」と呼ばれている。
裏というのも面白い言葉だ。裏原宿は渋谷川の暗渠で、奥渋谷は宇田川の暗渠だ。どちらも暗渠なのに、裏と奥。どう違うのかといったことを思う。
奥神楽坂
奥神楽坂。そんな言葉があるのかと驚く。2015年ごろから広まったようだ。
そしてその範囲を知ってもっと驚いた。神楽坂駅の周辺なのだ。奥じゃなくて神楽坂そのものじゃないか。
しかし、みんなの思う神楽坂の範囲を見て、自分が間違っていることに気づいた。言われてみれば確かに、神楽坂はなにより坂だ。飯田橋から上っていくあの坂こそが神楽坂じゃないかと。すると駅があるのは確かにその奥に違いない。
ただ、それにしても椿山荘のほうまで奥神楽坂というのはどうなのか。それは「奥江戸川橋」じゃないですか。
奥池袋
奥池袋という言葉に対する感想は「まじかよ」であった。聞いたことないんだけど。
しかしインスタグラムでの投稿数は確かに1000件以上あるのである。なるほど、じゃあそうなんだ。
ちなみに、#奥渋谷は7万件、#奥浅草は1.3万件、#奥神楽坂が8000件であった。奥池袋はまだまだぽっと出であるようだ。
調べてみると、奥池袋は地名的には「南池袋」 の辺りだった。
「じゃあ南池袋でいいじゃん」と思ってしまうが、やはり奥には南には出せない特別な響きがあるのは確かだ。奥が深いっていうし。
そう呼びたい、呼ばせたい気持ちも分かる。
その他の奥
その他の主要な街についても「#奥◯◯」で検索してみたが、ほぼ見つからなかった。
「#奥銀座」はかろうじて800件ほどあるのだが、
・#奥銀座と呼ぼう(350件)
・#奥銀座と呼ばないで(1件)
というハッシュタグの件数が現在の状況をまさに表しているようだった。そう呼びたい、呼ばれたくない、両方の気持ちがある。
奥はどこにあるのか
いままで見た限り、これらの奥はどれも街の中心から外れたところにある、外へ向かう奥という理解でよさそうだ。奥浅草は浅草の内部ではあるが、内にある到達しがたい奥ということとも違いそうだ。
しかし東西南北どっちでも奥というわけではない。それぞれ奥としての基準は別々である。
渋谷では、宇田川が基準になっている。川にそって上流が奥。地形的にも代々木方面のほうが高いはずなので、奥多摩の奥と(スケールは全然違うけど)少し似ている。
奥神楽坂も、地形的に登った先が奥だ。奥浅草の場合は、雷門を起点として浅草寺の向こうが奥ということだろう。ここらへんはまあ分かる。
問題は奥池袋だ。
なぜ奥なのか
「#奥池袋」の投稿は確かに1000件以上あるものの、その多数は店舗によるものである。
つまり、店側がこんなメニューあるから来てねといった内容に「#奥池袋」のタグをつけて投稿するものが多い一方、今日は奥池袋に来ました、という意味の客の投稿は少ない。池袋の中心から少し離れた場所を奥渋谷のように「奥」と呼ぶことでブランド化したい。そんな意味があるのではないか。
別の見方もある。以前「駅と駅の間のどの街とも言えない感」という記事を書いた。
みんなの思う「渋谷」 や「新宿」の範囲を、山手線の各駅について描くと、駅と駅のあいだにみんながどの街とも思っていないスキマがあるのだ。
渋谷じゃないし、かといって代々木八幡でもないというスキマをうまく「奥」が埋めてくれる。そんな役割もあったりしないだろうか。
まとめ
奥にはもともとよい意味がある。奥が深い、奥義などだ。到達しがたく、ちょっと神々しいイメージもある。そう呼びたい気持ちも分かる。
ただ要注意だ。奥多摩の場合、奥にあるのは険しい山々である。いっぽう都市の場合、(外へ向かう)奥にあるのは隣町である。ちゃんと街の名前があるのに奥○◯とは何ごとだと思う人もいるだろう。
などと書いてきたがとくに結論はない。以上、奥大塚からお送りしました。