「Interop Tokyo 2023」基調講演の1つとして6月15日に行われた、「The Interplanetary Internet – 宇宙へ広がるインターネット市場 -」の様子をレポートする。同イベントは、2023年6月14日~16日に幕張メッセにて開催された。1994年の初開催以来、今年で30周年となる。
今回は会場の一部のスペースで特別企画「Internet × Space Summit」が開催されており、宇宙とインターネットの関わりというテーマにフォーカスが当てられていた。本講演「The Interplanetary Internet – 宇宙へ広がるインターネット市場 -」も、そうした流れに沿ったものである。
TCP/IPを作ったヴィントン・サーフ氏の肝いりでIPNSIGが誕生
「Interplanetary」とは、「惑星間の」という意味の単語であり、講演のタイトルを直訳すると「惑星間インターネット」となる。この基調講演のスピーカーはIPNSIGのチェアパーソンである金子洋介氏で、モデレーターがInterop Tokyo実行委員長の村井純氏である。
IPNSIGとは「Interplanetary Networking Special Interest Group」の略で、インターネットのオープンな開発を進める非営利組織であるInternet Societyの中に1998年に作られたグループである。
村井氏はまず、IPNSIGの活動は、TCP/IPプロトコルスタックを作ったヴィントン・サーフ氏と一緒に立ち上げたものであり、本来ならサーフ氏にこの場に来てもらいたかったが、都合があわなかったと語った。
サーフ氏は、1967年~1972年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で、インターネットの起源となるARPANETホストプロトコルの研究開発に従事し、その後スタンフォード大学でインターネットの通信技術となるTCP/IPプロトコルスタックを設計。村井氏とは旧知の仲でもある。
金子氏は、もともとJAXAで宇宙通信の仕事に20年ほど携わっていたが、今の宇宙通信は、地球と衛星を線でつなぐ、ポイント・ツー・ポイントの組織だと感じており、これから人類が宇宙に出て行くことを考えると、それでは不十分だと感じていたという。そうした中、サーフ氏と出会い、IPNSIGに入会した。
その2カ月後にボードメンバーの選挙があり、「ダメ元で」(金子氏談)立候補したところ、思いがけず当選。サーフ氏も金子氏の課題意識に共感し、チェアパーソンをやってくれないかと依頼されたという。
講演の冒頭で、サーフ氏からのビデオメッセージが公開された。氏はその中で、惑星間の距離ではTCP/IPは役に立たず、代わりのプロトコルを作る必要があることと、地球以外の場所で資産を所有できるのかということを早急に決める必要があると語った。
村井氏は、このビデオメッセージについて、「ヴィントン(サーフ氏)がIPNSIGを作ったときから強く主張していたのは、インターネットのアナロジーで、ビジネス・コマーシャルな人たちがどういう風に貢献していくかということだ」と解説し、サーフ氏から送られたというスライドを提示した。
そのスライドの左には、1983年6月1日に、TCP/IPによってARPANET、SATNET、PRNETが相互接続されインターネットがスタートしたときの接続図が、右にはインターネットの誕生に多大な貢献を果たしたサーフ氏とスティーブ・クロッカー氏、ジョン・ポステル氏の3人が、ARPANETの誕生25周年記念の際に撮影した写真が載っていた。
村井氏は、この3氏が写った写真の後ろに「ASIS、NORTH AMERICA、EUROPE」と書いてあることに注目してほしいとして、次のように語った。「これは、地球全体をつなぐインターネットであり、世界でTCP/IPを使いましょうということを意味している。地球全体がインターネットでつながるよね、ということ。それが今度は、それぞれの宇宙組織、JAXAもそうだけど、そういう専門家が、月面開発とかエネルギーを作るとか、さらに遠くに行くとか、さらには人間が移住するとか。そこまで考えたときにインターネットで培ってきた地球上の知見が、どうやってこの太陽系に貢献できるかという話です。今日はそういう議論をしようと思っています」。
地球低軌道が経済活動の場となり、次は月がビジネスフィールドとなる
宇宙における通信ネットワークの現状について、金子氏が説明した。「宇宙は本当に今、経済活動圏の進展が進んでいる。高度2000kmぐらいまでの地球低軌道では、現在、国際宇宙ステーションの運用が行われているが、将来的には商業の宇宙ステーションが登場したり、大きく時代が変わってきている。昔は、プロの宇宙飛行士しか、宇宙に行けなかったが、今は民間の人がどんどん宇宙に行く時代になり、地球低軌道が本当に経済活動の場へと、どんどん変わろうとしている」。
そして、その次の舞台となるのが月であり、その大きな原動力となっているのが、米国の「アルテミス計画」(Artemis program)である。アルテミス計画は2025年、有人月面着陸を成し遂げ、着陸後は、月面で持続的な活動を行うというものだ。
1969年に人類初の月面着陸を達成した「アポロ計画」(Apollo program)との違いについて、金子氏は次のように説明した。「1960年から70年代にかけて、アポロ計画があったが、アポロ計画は地球から月に行ってサンプルを採取したら、すぐに地球に帰ってくるというミッションだった。アルテミス計画は、単に月に行くわけではなくて、月面に滞在していろいろ活動をすることがポイントだ。また、アポロ計画は時代的な背景もあり、アメリカ1国で月に行ったが、アルテミス計画では、国際パートナーを組んでいることが特徴であり、日本も参加している。さらに、産業界ともしっかり連携することが特徴だ」。
日本は2019年にアルテミス計画への参画を決定し、着々と開発を進めている。日本が開発を担当するのは、月の周りを回る「ゲートウェイ」と呼ばれる有人宇宙ステーションのコンポーネントの一部と、物資補給機の「HTV-X」である。
アルテミス計画では、ゲートウェイが中継地点となって、そこから月面に宇宙飛行士が降りていくことになっており、ゲートウェイは非常に重要である。また、月面に設置されるインフラのデータ通信の中継局としての役割も担う。さらに、与圧ローバーにより水を探すために月極域探査を行うことも重要なミッションだが、与圧ローバーの開発にもJAXAが関わっている。
宇宙での通信に耐えるプロトコル「DTN」を開発
現在のインターネットで使われているTCP/IPは、大きな伝達遅延や切断が多発する惑星間通信では利用できない。そうした通信に耐えられるプロトコルとして開発が進められているのが、「DTN」(Delay and Dissruption Tolerant Networking Protocol)である。
DTNは、光速が(宇宙での実用を考えると)遅すぎるという問題と、月などの天体で電波が遮蔽されてしまうという問題に対応できるプロトコルとして誕生し、IETFとCCSDSにて標準化が行われている。
金子氏は、Interplanetary Internetには、地球のインターネットとは別の課題もあると語った。「もともと地上で使うのがインターネットで、IPアドレスもそういう設計になっていると思いますが、宇宙向けのIPアドレス、グローバルIPアドレスっていうのは、誰がどの空間から配分をするのか。それと、もしIPを本当に使うのであれば、いわゆる自律システムのようなものが出現してくるのではないか、ノードがものすごく増えてたら番号だけで管理するの難しいので、DNSのようなものが必要になってくるとか、そういったところのディスカッションがまだまだ必要だと思う」。
地上で発展した技術が宇宙通信インフラとサービスを作る
金子氏は最後に、今日の講演の要点を3つのメッセージにまとめた。「1つ目は、宇宙においても通信インフラが鍵である。2つ目は、インターネットからの学びは多いということ。そして3つ目が、地上で発展した技術が宇宙通信インフラとサービスを作るということで、これが一番重要な点である」。
そして村井氏が講演を次のように締めくくった。「月と地球では1日の長さも違う。そういうところがとても面白いポイントなんですね。私たちは地球の常識で技術を作ってきて、1日が24時間ということでタイムゾーンを決めた。しかし、月ではその常識に囚われない新しい技術が求められる。アルテミス計画では2025年に月に着陸するわけで、時間はあまりないが、逆に言えば今からが面白い。多くの方に興味を持っていただけたことにお礼を申し上げる」。