あー、やっぱりそうだよね…。
現在、世界各地で気候変動対策に不可欠とされる直接空気回収(DAC)施設が稼働していますが、現時点で回収可能なCO2の量は、年間で4万トン。世界の年間CO2排出量に対して、これはたったの30秒分にすぎません。
今回、そういった事情も踏まえて、やっぱりDACは宣伝されているよりも大気中のCO2を減らせそうにないという、なんとなくわかっていた厳しい現実を突きつける研究結果が発表され、そのなかでDACが直面している工学的な問題を指摘しています。
DACの現状
パリ協定が掲げる、今世紀末までの気温上昇を産業革命前比で2度未満に抑え、できる限り1.5度未満を目指すという国際的な目標を達成するために必要不可欠な技術とされるのが、大気中から直接CO2を除去する直接空気回収(DAC=Direct Air Capture)です。
世界のCO2排出量がネットゼロ(排出量と回収・貯蓄量がプラマイゼロ)に達する予定の2050年までに、世界平均気温は一時的に2度の壁を超える(このままだと今世紀末までに3度以上上昇)と予想されています。
そう、今世紀末の2度未満も1.5度未満も、いったん超えてから回収・貯留技術をフル回転させてCO2濃度を下げることで2100年までに気温を下げる「オーバーシュート」が前提になっています。
つまり、今はまだ1年かけて30秒分しかCO2を回収・貯留できない、十分確立されたとは言えない技術に依存して気温を下げるのが、パリ協定の大前提になっているんです。
DACが成功しない3つの理由
マサチューセッツ工科大学の研究チームがOne Earthに発表した論文では、DACがあまりにも楽観的な仮定に依存していると指摘されています。
そして、3つの工学的な課題をその理由として挙げ、それが高すぎるコストにつながっていると論じています。
理由1: スケールアップ
大気中のCO2濃度は、現在420ppmちょっと。およそ0.04%です。つまり、大気からギガトン(1ギガトンは10億トン)レベルのCO2を直接回収するには、とんでもなく大規模なDAC施設が必要になります。
1トンのCO2を回収するためには、180万立方メートルの空気がDAC装置を通過する必要があります。そして、年間100万トンのCO2を捕捉するためには、高さ3階建て、長さ(幅)が5km近いDAC装置を建設する必要があるといいます。
研究チームは、現在の年間5~40GtのCO2が除去されるという予測を満たすだけのDAC施設を展開するのは「非常に不確実」と結論づけています。
理由2: 必要なエネルギー量が膨大すぎる
空気中の濃度が低いCO2を回収するには、まずDAC装置内に空気を通す必要があり、それだけでも大量のエネルギーが必要なのだそう。
それに加えて、回収したCO2を貯留するために輸送、圧縮・変換するエネルギーまで含めると、CO2を1トン回収するために少なくとも毎時1.2メガワットの電力が必要なのだとか。
もしもこのプロセスに石炭火力発電を使おうものなら、CO2を1トン回収して貯留するために1.2トンのCO2を排出することになります。天然ガス火力なら、石炭火力のおよそ半分のCO2排出量なので、CO21トンあたり0.5~0.6トンのCO2排出量になる計算。化石燃料は使っちゃいけないでしょ。
もしかすると、DACでCO2を回収・貯留するために化石燃料を使っても、排出するCO2をすべて回収・貯留すればいいじゃん、とか言い出しそう?
年間100億トンのCO2を回収する場合、1万2000テラワットの電力が必要になるそうなのですが、これ、現在の世界全体における発電量の40%以上に相当するとのこと。
もしもDACを再エネでまかなうとしたら、世界規模で再エネ導入に影響が出そうです。研究チームは、DAC用の再エネ大規模導入に懸念を表明しています。
理由3: 立地
DAC施設をどこに建設するかも問題のひとつ。空気はどこにでもあるんだから、どこでもいいじゃんというわけにはいかないそうです。
まず、周辺に大量の低炭素エネルギーを生産する発電施設が必要です。同様に、空気から回収したCO2を貯留するための施設、または貯留施設までCO2を輸送するパイプラインも必要。もしもCO2貯留インフラが整備されていない場合は、新規で建設しなければいけません。
発電施設や貯留施設、パイプラインの新規建設となると、連邦や州、郡や市などの許認可や、環境正義問題などをクリアして周辺地域の市民に受け入れてもらう必要もあります。
そして、DAC施設が効率的に稼働する穏やかな気候と、DAC装置同士が十分な間隔をとれるだけの広大な敷地も必要になるといいます。気候変動で極端な気象現象が増えるなかで、穏やかな気候の場所を選ぶのは難しい気がしますね。
高すぎるコスト
そして、ここまで挙げたDACの成功を妨げそうな3つの工学的な課題が、大規模な実用化への最大の難題を突きつけます。それは、コストです。
これだけの課題をクリアするには、1トンあたりのCO2回収コストが相当お高くなっちゃうみたいなんです。最近の研究では、DACによるCO2回収コストが1トンあたり100~200ドルに設定されていますが、今回の研究を行なったチームは、そんなに安くすむわけがないという結論に至っています。
既存の火力発電所や工業施設からの排出されるCO2は、濃度が大気よりもはるかに高いため、回収コストは1トンあたり50~150ドル。逆に、CO2濃度がハンパなく低いDACは、巨大な施設を新設する場合、建設費や人件費、材料費、許認可費用などを考慮に入れると、1トンあたり5,000ドルを超える可能性もあるのだとか。
次はDACに必要な電力コストです。先述のように、DACはCO2を1トン回収するのに少なくとも毎時1.2メガワットの電力が必要になります。仮に1kWhあたりの単価が10セントとすると、1トンのCO2を回収するために必要な電気代は120ドルになります。研究チームは、この低すぎる価格設定には「疑問がある」と指摘しています。
また、DACの試算の多くが貯留にかかるコストを無視または低く見積もりがちだそうで、研究チームは現在の1トンあたり100~200ドルという設定は非現実的で、コストを抑えるとパフォーマンスが予想を下回る結果につながると述べています。
結論
研究チームは論文のなかで、DACを「非常に魅力的なコンセプト」としています。DACは排出量削減が難しいとされる航空業界や鉄鋼業などの炭素集約型産業、農業といった経済的に重要な分野によるCO2排出の影響を最小限に抑えることが期待されています。
でも、ネットゼロを維持するためのDACではないんですよね。大気中のCO2濃度を産業革命前に近づけて、気温を下げるためのDACなんです。そのためには、回収できるCO2の量を短期間で大幅に増やす必要があります。
そして、世界全体で数十~数百億トンのCO2クレジットを手頃な価格で提供するのは難しいといいます。稼働している世界最大のDAC施設のクレジットは、市場価格で1トンあたり1,500ドルと非常に高くなっています。研究チームは、将来的にエネルギー効率が改善する可能性はあると認めつつも、大幅なコスト削減の見通しが明確ではないと指摘しています。
それでも、DACはネットゼロ目標達成のために必要になる可能性があるため、技術開発の継続を推奨してはいますが、結論として「気候変動という大きなリスクを考えれば、DACが人類を救うヒーローになると期待するのは無謀です」と警告しています。
まず、各業界が排出量を全力で削減するのは必須条件として、既存のDAC技術の開発を進めてコストを可能な限り下げながら導入規模を拡大しつつ、だれかがもっと効率も良くて低コストなDAC技術を発明してくれるのを待つしかないのでしょうか。回収しなきゃいけないCO2がどんどん増えていきますね…。
Source: Massachusetts Institute of Technology
Reference: Herzog 2024 / One Earth, IFLScience