働き方が多様化する時代。働き方改革によるフレックスタイム制の導入、コロナ禍によるリモートワークの導入など、より自由な働き方を実現しようとする動きが活発化している。一方で、時代と逆行するように出勤時間を厳格に定めている企業もある。たとえば、総合モーターメーカーのニデック(旧日本電産)は、「役員は社員よりも早く出社すべき」という永守重信会長の意向により、役員は朝6時台の出社が義務付けられていた。また過去には「ユニクロ」「GU」を擁するファーストリテイリングが就業時間を朝7時~16時にしたり、総合商社の伊藤忠商事が朝方勤務として朝5時台の勤務形態を設定したりと、早朝出勤に取り組んだケースもある。
こうした社員の労働時間まで厳格に設定するといった、社員の行動を逐一管理するマイクロマネジメント的な経営方針は、その是非についてたびたび話題になっている。働き方の多様化が進むなかで、このような企業はまだ存在しているのだろうか。そこで今回は、就活や人事に詳しい株式会社人材研究所代表の曽和利光氏に話を聞いた。
早朝出勤自体は少ないが、実はメリットも多い?
早朝出勤の義務付けといった勤務形態の決定は、その企業の上層部が行っているのだろうが、社員側のメリットもあるという。
「コロナ禍で入社した新入社員のなかには、リモートワークに嫌気が差して出社を望む声も多かったようです。そこで早朝出勤にすることで朝の満員電車に苦しむこともなくなり、結果的にストレスが減った人もいるでしょう。また、いつもより1~2時間早く出社することにより、業務に集中することができ、生産性が上がることで残業も減るという効果もあるようです。早朝出勤導入によって、今まで過ごしていた無駄な時間を見つめ直し、より効率化できるようになる可能性は充分あるのではないでしょうか」(曽和氏)
そうしたメリットがある一方、人それぞれに適した働き方は異なるため、朝が弱いのに早朝出勤を強制されることで生産性が落ちるというケースもあるかもしれない。個々人の判断で早朝出勤のスタイルを選べるようにするのではなく、上層部の鶴の一声で義務化されることの弊害はないのか。
「働き方の多様化が進んでいる昨今ですので、早朝出勤を強いるような企業の数自体は少ないですね。けれど一部の大手やIT企業のなかでは、リモートワークの反動により主に3つの理由で試験的に導入するところもあります。
1つ目は離職防止のため。リモートワーク導入で各々が自宅で働く環境になると、対面で顔を合わせる機会が激減し、仲間意識や組織のコミットメントが希薄化します。いわば会社と社員をつなぎとめる関係性が薄くなり、条件のいい他社に転職してしまうリスクが高くなるのです。
2つ目は育成のコスト削減のため。新入社員の場合、やはり右も左もわからない状態なので、オンラインよりも対面のほうがOJTしやすいですし、質問もしやすくなるので新入社員側の不安も減ります。また早めの時間に出社することにより、その分早く帰ることができる、というモチベーションアップの一環にもなるでしょう。
3つ目は組織的知識創造の形骸化を防ぐため。従来の日本企業では、ブレインストーミング、ディスカッションを重ねて、社員一人ひとりが持つ知識、思考を張りめぐらせながら商品やサービスをつくっていく企業風土が主流で、企業のなかで商品やサービスに関する暗黙知の共有が出来上がっていたんです。しかし、エンジニアのように個人クリエイティブに重点が置かれる仕事はともかく、集団作業の場合、オンラインのコミュニケーションだとどうしても限界が来ますよね。ですから早朝出勤という形式で働く時間、空間を固定して一度原点回帰し、暗黙知の共有化を図ろうとしているのではないでしょうか」(同)
マイクロマネジメント型でも成功するところはある
働き方が多様化している時代でも、企業の体質や風土によっては早朝出勤に取り組む意義は、大いにあるといえる。だが冒頭で言及した通り、見方を変えれば、社員の働き方に対する過干渉とも捉えかねられない。曽和氏によれば、働き方改革やコロナ禍による影響であからさまなマイクロマネジメント型の企業はどんどん減っているという。
「そもそもマイクロマネジメントとは、リアルタイムで部下の仕事ぶりを監視し、進捗状況を管理するマネジメント方式です。これは同じ空間で仕事をし合っていたから機能していた方式で、従来の日本企業らしいマネジメントでした。ですが、リモートワークが始まると対面で話しかけられなくなり、メールや電話で進捗状況を聞くことになる機会が多くなります。これでは生産性が大きく低下し、うまく部下を管理できなくなってしまいますよね。
そこで現在では、KPI(重要業績評価指標)を設定し、オンライン上でリアルタイムに進捗状況を表示させることで業務を遂行させる方式が徐々に増えてきています。あらかじめミーティングなどで業務目標を取り決めたうえで仕事に取り掛かるので、常に上司が部下を見張る必要もなくなり、マイクロマネジメント的な考え方は鳴りを潜めつつあるといえますね」(同)
しかし、企業によっては、マイクロマネジメント型のほうが合理的かつ効率的な経営ができるという。
「企業のマネジメント志向の類型についてみてみましょう。経営学者のグライナーが唱えた企業のマネジメントの類型は大きく5つに分かれています。1つ目は経営者の仕事ぶりを社員に見せて仕事のやり方を覚えさせるやり方。2つ目は1~10までをすべてマニュアル化するやり方。3つ目はゴールを与えて達成度合いによってインセンティブを与えるやり方。4つ目は社員が立てたスケジュールに対し、社員の状況、技量に合わせて調整するやり方。5つ目は会社の理念、価値観を共有し、最終的なゴールを目指すやり方。諸説はあるものの、マイクロマネジメントは、2番目のやり方を徹底することにより成立するマネジメント手法です。
グライナーは企業の成長段階によって、マネジメントのやり方は変わると唱えましたが、実は条件を満たせば2番目のやり方でも機能するんです。それはズバリ天才的、カリスマ的な人物が経営者として組織運営をしている場合。特別な才能を持った経営者のアイデアや経営思想があれば、その考えのもと、社員が最適化した仕事をこなせば企業は回るようになると言われています。たとえば、ファーストリテイリングは会長兼社長の柳井正氏の指導のもと、大きな業績を残していますよね。もちろんこれは特例中の特例の話なので、すべての企業が2番目のやり方で成功するとはいえず、模倣して失敗してしまう企業もあったのではないでしょうか」(同)
企業全体としては、3番目のやり方にシフトするのが望ましいという。
「社会全体として、個人の創造性を最大限発揮することが市場での勝ち負けを決めるといわれる時代ですので、労働時間から働き方まで社員に裁量を持たせるやり方がベストではないでしょうか。そうなるとやはり上司がいちいち部下を管理するやり方では無理が生じますので、グライナーの提唱する3番目のやり方で個人に自由と責任を与え、仕事に臨ませるべきだと思います。そう考えると、早朝出勤は一律して強制ではなく、あくまで選択肢として個人に委ねるのが望ましいでしょう」(同)
(取材・文=A4studio、協力=曽和利光/人材研究所代表)