世界シェア100%、株価急騰…レーザーテック、唯一無二のファブライト経営の神髄


レーザーテックのHPより

 5月、半導体関連の検査装置メーカーであるレーザーテックの株価は約18%上昇した。同社の株価上昇率は、東証株価指数(TOPIX)の約4%を上回った。レーザーテックの成長期待の高さが確認された。要因の一つとして、世界最先端の半導体分野で「チャットGPT」など、高性能の人工知能(AI)に対応したチップ需要が増え始めた。今のところ、AI利用を支えるチップは、台湾積体電路製造(TSMC)が確立した最先端の製造ラインで生産されている。そのライン確立のために、レーザーテックの検査装置は不可欠だ。

 ただ、AI利用を支える半導体の供給は、まだ初期の段階にある。一方、現在スマホやパソコン向け半導体の需要は減少している。6月6日、TSMCは設備投資が計画レンジの下限に近付くとの見通しを示した。当面、世界の半導体市況は、全体として弱含む恐れがある。そうした事業環境の変化に対応しつつ、レーザーテックが研究開発体制を強化する展開を期待したい。それは、日本の半導体関連やIT関連企業の成長期待にも、かなりの影響を与えるだろう。

レーザーテックの強みと現在の業況

 レーザーテックは、極端紫外線(EUV)など最先端の光に関する技術を磨き、超精密な検査を可能にした。それによって、半導体ウエハー向け回路原版の欠陥を検査する装置(EUVマスクブランクス欠陥検査装置)の分野で世界100%のシェアを持つ。ニッチな市場で世界トップのシェアを獲得することによって、レーザーテックは成長した。

 また、レーザーテックのビジネスモデルはファブライトだ。自社では、どちらかといえば、最新技術の研究開発、それを用いた装置の設計・開発などに集中する。検査装置(製品)の製造は、外部に委託する。ファブライト経営は、設備投資、減価償却などのコスト負担を軽減するために有効だ。それによって、レーザーテックは光を用いた検査技術に磨きをかけ、先端分野の需要を取り込んだ。リーマンショック後、スマホの普及などを背景に、世界経済はデジタル化した。コロナ禍の発生によってデジタル化は、一時的に急加速した。世界全体でロジック半導体の微細化(回路の線幅を小さくし、より高性能なチップを開発すること)は勢いづいた。レーザーテックの検査技術への需要は増加し、業績も拡大した。

 ただ、2022年11月ごろから、レーザーテックの株価の上値は抑えられ気味になった。主要投資家は、業績拡大ペースの鈍化を懸念し始めた。要因の一つに、コロナ禍の発生によって一時的に需要が急速に増加したスマホやパソコン向けの半導体需要が減少し始めた。世界の半導体メーカーの収益は悪化した。特に、メモリ半導体の市況悪化は鮮明化した。2023年1~3月期、サムスン電子の半導体部門の営業損益は、14年ぶりの赤字に陥った。4月、サムスン電子は半導体の減産を発表した。それでも、DRAMなどの価格は下げ基調だ。ロジック半導体の需要も減少した。3月、4月と2カ月続けてTSMCの月次売上高は前年同月の実績を下回った。レーザーテックの検査装置に対する需要は減少し、受注が伸び悩むとの懸念は高まった。

AI対応チップ需要など成長期待の高まり

 そのなか、レーザーテックの成長期待を支える変化が起き始めた。その一つは、米半導体企業であるエヌビディアの成長期待が急速に高まり始めたことだ。5月24日、エヌビディアの2~4月期決算では、最終利益が市場予想を上回った。背景の一つとして、マイクロソフトがチャットGPTを用いた検索ビジネスなどを強化したことは大きかった。AI利用は急増している。エヌビディアが開発した最新チップ、H100の需要は一気に押し上げられ始めた。

 エヌビディアは、主にチップの設計、開発を行うファブレス企業だ。TSMCが最先端の製造ラインでH100の生産を受託している。TSMCが良品率の向上を実現するために、レーザーテックの最新検査技術への需要は高まる。そうした見方から、エヌビディアの決算後、レーザーテックの業績期待は高まり、株価上昇は勢いづいた。

 また、レーザーテックをはじめ、日本企業に対する海外投資家の見方も徐々に変化し始めた。背景にはいくつかの要因がある。4月、割安さなどに着目し、「オマハの賢人」と呼ばれ、バークシャー・ハサウェイを率いるウォーレン・バフェット氏は日本株投資に前向きな考えを示した。円安の影響もあり、海外投資家にとって日本株の割安感は強かった。

 国内では、東京証券取引所が上場企業に、成長を強く意識した経営を行うよう求め始めた。この点に関して、レーザーテックは先駆的な存在だ。同社は、早くからファブライト経営を実践した。事業運営の効率性は向上し、競争優位性(コア・コンピタンス)である最先端の光技術を用いた検査技術にも磨きがかかった。レーザーテックは、新しい検査装置を投入して収益力を高めた。より多くの資金や人材が研究開発に投入され、成長は加速した。同社は東証が求める経営のモデルに位置づけることができる。

 日本企業を取り巻く事業環境も、変化し始めた。熊本県にてTSMCは第2工場の建設を目指す。また、北海道ではラピダスが新しいロジック半導体の工場を建設する。中期的な目線で考えると、先端分野でレーザーテックの検査技術への需要は増加するだろう。

中長期の成長に必要な研究開発費の増加

 今後、レーザーテックに期待される取り組みの一つは、研究開発費の増加だ。昨年11月にチャットGPTが公表されて以降、加速度的に生成型AIの利用は増えている。米国では、マイクロソフトに続き、メタ(旧フェイスブック)、グーグル、アマゾンなどが生成型AIを用いて収益分野を拡大しようとしている。

 日本でも生成型AI分野で収益獲得を狙う企業が出始めた。6月9日、2023年度中にNTTが独自に開発したAIを企業向けサービスに導入すると報じられた。近年、NTTはNECや富士通との連携を強化した。かつて、電電ファミリーと呼ばれた企業の連携体制が復活しつつある。NTTは、次世代通信として注目を集める光通信(IOWN(アイオン)プロジェクト)、量子コンピューティング関連技術の開発にも取り組んでいる。いずれも、より高性能な半導体の検査、製造装置を必要とするだろう。それもレーザーテックの成長期待を高める要素だ。

 一方、今後、世界経済の先行き不透明感は高まる可能性が高い。米国では、徐々に労働市場の改善ペースが鈍化している。中国では、若年層の失業率が上昇した。個人消費も低調だ。要因として、ゼロコロナ政策の負の影響、不動産市況の持ち直しペースの緩慢さなどは大きい。世界的に物価も高い。米国やユーロ圏の金融引き締めは長引くだろう。企業や家計の利払い負担は増加し、設備投資と消費の減少が懸念される。世界的な景気の後退懸念は高まり、半導体需要が追加的に減少する展開は排除できない。

 全体として弱い動きが増えやすい事業環境下、レーザーテックは自己資金と、緩和的な国内の金融環境を活用し、最先端の検査技術の研究、開発体制を強化すべきだ。それは、同社の中長期的な成長期待に大きく影響するだろう。レーザーテックの成長志向が高まれば、半導体製造装置、関連部材などで世界的な競争力を発揮しているわが国の企業にも、大きな刺激になるだろう。そうした観点から、今後、レーザーテックが研究開発費の積み増しを中心にどのような成長戦略を立案、実行するか、目が離せない。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

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