ご近所づきあい利用し高齢者に水や塩を大量売りつけ…マルチ商法、ママ友同士で被害も


「gettyimages」より

 昨年10月、家庭用日用品などの連鎖販売取引事業を手がける日本アムウェイが、消費者庁から6カ月間の取引停止命令を受けた。商品・サービスの販売員となり利益を得るとともに、他人を販売員に勧誘し、その紹介料をもらうことができる、俗に「マルチ商法」と呼ばれる販売形態を展開していた同社。2021年3月以降に、マッチングアプリ経由で知り合った消費者に対し、社名や勧誘目的を告げずに化粧品の購入を強要し、強引、違法な勧誘があったとして消費者庁から業務停止命令を下されたのである。4月14日からは日本アムウェイの勧誘活動の再開が認められたが、世間のマルチ商法に対する目線はより厳しいものになった。

 そんなマルチ商法についての被害はネット上でもたびたび報告されており、なかにはご近所付き合いを利用したケースもあるようだ。たとえば4月にTwitter上に投稿されたツイートによれば、高齢の母親が石や水、塩などを大量に購入し、マルチ商法に引っかかっていたという。母親は近所の知り合いからすすめられ、投稿主はすぐに母を解約させようとするも、「私のことを心配して紹介してくれた近所の人に悪いからやめてくれ」「あんたは関係ないけど、ずっとこの家にいて、これからもご近所付き合いをしなくちゃいけないのは私なんだから」と反論されてしまったという。近所の人、その知り合い、その知り合いの知り合いという具合に家までやってきて、実に5人のうち4人も他人という異様な状況で契約書に押印をさせられていたとのこと。ネット上では同様の事例は多数みられる。

 このような事例について、詐欺、悪徳商法の心理学研究に詳しい立正大学心理学部教授の西田公昭氏に話を聞いた。

ご近所付き合いを利用してマルチは肥大化

 かねてからマルチ商法の勧誘において、ご近所付き合いを利用したケースは多い。

「ご近所付き合い、さらにいえばママ友つながりなどを利用したマルチ勧誘は、以前からずっと行われてきた手法です。特にアムウェイは、まさに近所の人間関係を駆使して会員を増やしてここまで業績を伸ばした企業。化粧品やサプリメントなど『身体によい』『飲めば痩せる』といったセールス文句をうたいつつ、ヨコの人間関係を逆手に取り、半ば強引に勧誘する事例は数多くあります。これは『しがらみ商法』といった呼ばれ方もされており、長い付き合いであればあるほど頼まれたからつい契約してしまうということは、よくあることなのです」(西田氏)

 近所でたまたま出会い、ちょっとした世間話などをしていたところ「最近気に入っている商品」の話題になるといった流れは、容易に想像できる。まさに「ご近所さん」は絶好のターゲットとなるワケだ。しかし、高齢者相手となると勧誘の効果は薄いのではないかと西田氏は分析する。

「マルチ商法の仕組み的に、勧誘した相手がさらにほかの人をどんどん勧誘してくれないと儲からないようになっています。基本的に勧誘相手が商品をほかの人に販売してくれることによって、ピラミッド構造の上の人に紹介料が行き渡るので、積極的に販売を促そうとしない高齢者、ましてや単身者はエンドユーザーになるリスクがあり、勧誘するメリットは低めになりそうです。そう考えると、より勧誘に積極的になって、熱心に活動してくれる若者のほうがマルチ勧誘をする側にとっては都合がよい。だからこそ20代、30代のママ友同士や、大学生の仲間同士といったコミュニティでマルチ商法が横行するのではないでしょうか」(同)

一般人のマルチに関する知識は全然足りない

 マルチ商法は、特定商取引法により規制されている販売形態だ。そのため違法ではないものの、いくつかの違反行為を行うと取引停止に追い込まれる可能性がある。

「主に5つの違反行為が考えられます。1つ目は氏名などの明示義務違反。2つ目は勧誘目的などの不明示、および公共の場での勧誘。企業名や勧誘の目的を告げていない場合はアウトになります。たとえば、疎遠になっていた友達から『久しぶりに会えないか?』というメッセージが来て、社名も目的も告げずにいきなりマルチ商法の勧誘をされたり商品を売りつけられたりした場合、その時点で違法になるんです。

 3つ目に虚偽の説明、不実告知をすること。商品の効果を誇張したり、『確実に稼げる』と言ったりするなど事実とは異なる発言をすることは禁じられています。4つ目は迷惑勧誘をすること。消費者に圧をかけるかのような文言や、強い口調など消費者に心理的負担をかけるような発言は違法になるんです。職場や学校の先輩、後輩間で商品を購入させるために恐喝したというケースはよく聞く話です。5つ目に概要書面の交付義務違反。連鎖販売業(マルチ商法)であることを明示したうえで勧誘しないと違法になります」(同)

 上記の違反行為をすれば、アムウェイのように業務停止、禁止命令が課せられることがある。また不実告知があれば、2年以下の懲役、または300万円以下の罰金、もしくはその両方が課せられることもあるそうだ。しかし、こうしたマルチ商法の基礎的な知識が消費者には枯渇していると西田氏は苦言を呈す。

「アムウェイは昨年に初めて取引停止命令を下されましたが、逆にいえばこれまでそういった対処を受けたことがなかったということ。そもそもマルチ商法がどんな仕組みでどの行為が違法に該当するのかや、『ねずみ講』との区別などがわからないという人々が大半だと考えられます。もう少しマルチ商法に関する知識が世の中に周知されていれば、あれほどアムウェイは肥大化しなかったでしょうし、被害数も減らせていたでしょう。事実、マルチ商法関連の法案の整備も利用者側に即していないものが多く、学校や地域で開催されるセミナーも被害防止の策には確実に効果的とはいえません」(同)

 そんなマルチ商法の被害に遭わないためには、できるだけ証拠を残すことが大事だ。

「できるならば、スマホの録音アプリやICレコーダーなどを用意して録音しておくのが手っ取り早いでしょう。録音データに強い口調や不実告知などの証拠があれば、それだけで違法性を立証できる可能性は広がります。それが無理なのであれば、なるべく信頼できる友人や家族に同席してもらったうえで証言を多く獲得しておきましょう。裁判になったときに違法性のある行為、発言についての証言を少しでも残しておけば、多数決で勝訴できる可能性もあるので、心配な人は親しい人に付いてきてもらうこともひとつの手です」(同)

 万が一、マルチ商法に引っかかり商品を購入してしまったとしても、20日以内であればクーリング・オフによって契約を解除することも可能だ。また不実告知、虚偽の証言があった場合には、20日以上経過してもクーリング・オフできることがあるので、証拠は集めておくに越したことはない。

もし高齢の親がマルチに引っかかったら

 では高齢の親が被害に遭ったときの対処法とは。

「現状の法律ですとマルチ商法は合法ですので、先ほどお伝えした5つの違反行為などの違法性がなければ、問題がないとされています。当事者の家族や友人が消費生活センター、国民生活センター、警察などに相談すると、一応話は聞いてくれますが、違法性を立証できなければ行政的な対処ができません。また当時者本人が騙された、不当な販売をされたと思っても、違法性を示せなければ解決できない可能性も高いです。

 そのため、マルチ勧誘に引っかかってしまう前の対策を徹底する必要があります。常日頃から親とのコミュニケーションをはかり、家族関係は良好に保っておきましょう。何か困ったことはないか、些細な変化はないか声掛けすることは重要ですし、頻繁に親の元へと帰ることで、親がトラブルに巻き込まれていないかさりげなく確認することを推奨します。

 また、もし親がマルチ商法の被害に遭ってしまった場合、それ以上金銭的な負担をかけさせたくないのであれば、子ども自ら勧誘相手に立ち会うことも考えてください。また兄弟が多いと誰が親の世話をするかで揉めることが多いので、世話を分担できるところは分担し、各々が親の状況について確認し合えるような状態にしておくのがベストです。そのほうが子一人ひとりの負担も減りますし、それぞれが親と接することができるので、状況がよくわかるでしょう。親も子どもと頻繁に接していると、身近に発生したトラブルも話しやすくなると思いますので、些細な出来事を気兼ねなく話し尽くす家族間のコミュニケーションは忘れないようにすべきです」(同)

(取材・文=文月/A4studio、協力=西田公昭/立正大学心理学部教授)

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