場所にとらわれない働き方の1つとして近年注目され始めたワーケーション。その広がりは、新型コロナウイルス感染症拡大の影響でテレワーク活用が進んだことにも起因する。
実践者からは「自律的に働ける手段として今後も続けていきたい」という声が聞かれるほか、経験者を対象にした調査では比較的満足度が高い場合もあるなど、ライフワークバランスの充実につながっているという側面が見られる。
一方で、一部の方からは「休みなのに働くのか」「実施できる人が限られている」といった声が挙がっているのも事実だ。勤務と休暇、実施場所という組み合わせの制度整備や認知がしっかりとできていない中で、ワーケーションを推進するのは難しいという企業担当者の実情も見聞きしている。
また、新型コロナの感染症法上の位置づけが本年5月8日から5類になることもあり、柔軟な働き方を推し進める企業と、従前の働き方に戻してしまう企業では、大きな差が生まれる気配もある。
そこで今回は、観光庁のワーケーション推進事業のアドバイザーおよび総務省のテレワークマネージャーというフラットな立場から、企業におけるワーケーションの捉え方や導入におけるポイント、企業からよく聞かれる課題と対応の考え方を、全5回の連載でお伝えする。
第1回は「なぜワーケーションが必要か」についてお話させていただく。
プロフィール
本編に入る前に、まずは私が何者なのか自己紹介させていただきたい。
現在はパソナでテレワーク推進を統括する傍ら、東京テレワーク推進センター(政府および東京都のテレワーク推進特区施設)の統括責任者や、各自治体が推進している設置型のテレワーク推進センターの支援、また総務省のテレワークマネージャーなどを務め、ルール整備支援なども行っている。こうした背景から、テレワークに関する事例について企業からお話を伺う場面に多く巡り合う。
また、フリーランスの活用や副業兼業の推進、パラレルワークや多地域居住等の専門家として政府の検討会委員も務めている。今回の連載では、こうした多様な観点から知り得た事例を踏まえてお話させていただく。
ワーケーションは「新しい働き方」ではない
日本でワーケーションという言葉が使われるようになったのは2020年7月ほどからだ。当時、政府が発表した「GO TOトラベルキャンペーン」の中でワーケーションという言葉を使い認識が広がった。
その後は「感染対策を行いながら実施する観光や働き方の新たな形」として、休暇を楽しみながらテレワークするワーケーションを実施していこうと、国土交通省配下の観光庁でさまざまな施策が展開され始めた。
一方で、世界に目を向けてみると、2015年のTHE WALL STREET JOURNALではすでにワーケーションという言葉が使われている。この頃から、忙しくて休暇が取れない働き手が「働きながら休む(休みながら働く)」という考え方が世界に浸透し始めた。
2020年の日本に視点を戻そう。
当時、観光庁によるワーケーションの説明は「ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた造語で、テレワークを活用し、リゾート地や観光地で余暇を楽しみつつ仕事を行う」というものだった。
これを受けて、多くの国民はワーケーションを新しい働き方として捉えただろう。しかし実際、ワーケーションはテレワークの一部といえる。在宅勤務やモバイルワーク、サテライトオフィスといった勤務形態と並び、普段の職場から離れて仕事をする、テレワークを拡張した働き方という立ち位置に置かれている。
業務型ワーケーションの3つの目的
観光庁の「新たな旅のスタイル」において、業務型のワーケーションは目的に応じた3つの切り分け方がなされている。
出典元:「新たな旅のスタイル」企業向けパンフレット(簡易版)(観光庁)
1つ目は「地域課題解決型」。地域関係者の交流を通じて課題解決を共に考える、教育研修のようなプログラムを実施するワーケーションだ。
2つ目の「合宿型」は旅行を活用し、普段一緒に仕事をしているメンバーと場所を変えて議論を交わすというもの。昔から社員旅行や研修旅行といった形で行われていたものがこれに当たる。
もう1つが「サテライトオフィス型」だ。自社でサテライトオフィスを持っている企業はもちろん、シェアオフィスなどのサービスを活用し、さまざまな地域に足を運び、普段と同じ仕事を、場所を変えて集中して行うものだ。
加えて、同パンフレットでは「プレジャー」という言葉も紹介されている。出張に休暇を数日加えて滞在を延長するという形で、ワーケーションとは整理して定義されている点を確認しておきたい。
福利厚生面だけではないワーケーション導入メリット
ここからは、企業および従業員側にとってのワーケーションの導入メリットについて見ていこう。
出典元:「新たな旅のスタイル」企業向けパンフレット(簡易版)(観光庁)
まずは企業(送り手側)のメリットについて確認したい。教育の観点ではイノベーションの創出が挙げられる。先程紹介した地域課題解決型のように、地域で現地の人と意見交換することで視野を広げたり、ワーケーション先で出会うほかの企業との交流を図ったりといった取り組みが行われている。
また、CSRやSDGsの取り組みによる企業価値向上という側面では、地域との連携やその地を理解するようなプログラムを会社の中で教育的に策定、実施しているところもある。
BCP対策という側面では、ワーケーションを通して交流を深めた地域にサテライトオフィスやパイロットオフィスを置くという動きも見られる。そのほか、本社やセンターなど大きな拠点を置く1つ手前の段階として、ワーケーションを活用し、地域とどのくらい連携ができるのかを見定めるためにも活用されている。
働き方や職場の体制を変える場面でも効果が
続いて従業員側のメリットを見ていこう。長期休暇が取得しやすくなることや、ストレス軽減やリフレッシュ効果といった側面はよく取り上げられる部分だろう。
一方で、例えば今後本格的にテレワークを導入していくなど、仕事のやり方を大きく変えていくときに、複数日にかけて全く違った環境や方法で業務を遂行したり、特定の担当がオフィスにいなくても仕事が滞りなく進むかどうかを見たりといった、振り子を揺らす際にもワーケーションは有効だ。
これまでとは異なる働き方を、ある部門が一斉に行うとどうなるのか、担当者が離れた場所にいても仕事が進むのか――といった組織のストレッチを行う際、従業員にもそれを体感してもらうために、在宅勤務だけでなく全く異なる場所で仕事をしてもらい、新たな出会いやアイデアの創出を体感してもらえるのは、従業員だけでなく企業側のメリットともいえるだろう。
採用や人材流出防止にも効果を発揮
実際にワーケーションを導入している企業が、実施の際に意識している主な観点として、以下5つが挙げられる。
- 生産性の向上
- 長期休暇の取得促進
- 人的ネットワークの強化
- 採用強化・人材流出防止
- 健康増進
ここでは特に「採用強化・人材流出防止」について見ていきたい。現在多くの企業が働く場所の自由度を高めている中で、柔軟な働き方ができるかというのは採用における重要な訴求ポイントとなっている。
今までは「テレワークできる」ということが1つのアピールポイントになっていた。しかし、特に東京都の場合、今や半数以上の企業がテレワーク制度を導入していることもあり、その訴求力は以前ほど強くはないのが現状だ。
また、生産性向上を目指す企業の中には、在宅だけでなく働く場所の自由度をさらに高めていくため、居住地や勤務場所を完全自由化するところも出てきた。近年だとヤフーやNTTグループなどがこうした働き方にかじを切っている。
ただ、このように完全自由化を一気に目指すトライアルは難しい。そのため一歩手前の施策として企業がワーケーションを推奨しているほか、多様な場所で働きたいという従業員側の要望に応える形で導入することで、採用の訴求につなげている企業も見られる。
働く場所の自由度は給与や残業よりも重視される傾向に
新卒採用に関しては、ビッグローブが2020年9月に実施した「ニューノーマルの働き方に関する調査」が興味深いだろう。
この調査では全国の20代の学生300人に対して、どんな会社で働きたいかを質問している。結果は「給与の高い会社」「残業の少ない会社」ではなく「在宅勤務やリモートワークが可能な会社」が最多となった。また、「休みを取りやすい会社」「働く時間帯を自分でコントロールできる会社」なども「給与の高い会社」「残業の少ない会社」より高い位置にランクインしている。「ワーケーションなど柔軟な働き方ができる会社」の希望割合においては、全体の3分の1にのぼる結果となった。
実は、こうした傾向は新卒学生だけに見られるものではない。共働きや育児介護などの事情を抱える人が増える中で、どこでも働ける環境を用意することは、中途採用における競争力の強化や人材流出防止につながる効果もある。
企業でのワーケーションの有効性に関しては、このような数値をしっかり捉えておく必要があるだろう。
エクスペディアが発表した「世界19カ国 有給休暇・国際比較調査 2019」によると、日本でも18〜34歳の層において64%が「より多くの休暇をもらえるなら仕事を変えても良い」と回答している。一方、同様の回答は50歳以上だと39%まで下がった。
有給休暇については、現在法令で5日間の取得が必要になっている。制度設計の立場にある方にとってワーケーションは、社員の年齢や年次などを意識しつつ、休暇をきちんと消化するため、また働き方変革の“のろし”として、有効な施策だといえるだろう。