「東大発の新技術」を事業化する流れとは –知財を活かした産学共創を推進する東大TLO

CNET Japan

 朝日インタラクティブは2023年2月1〜28日の平日、「CNET Japan Live2023」をオンライン開催した。2023年のテーマは、共創の価値を最大化させる「組織・チーム・文化づくり」だ。本稿は、産学共創において「産と学の仲介役」を担う、東京大学TLOの講演をレポートする。

 TLOとは、Technology Licensing Organization(技術移転機関)の略称で、大学の研究者の研究成果を特許化し、それを企業へ技術移転する法人のことだ。登壇した東京大学TLO 取締役副社長の本田圭子氏は、「機動力で産学共創・イノベーションを推進」というテーマで講演を行った。


東京大学TLO 取締役副社長の本田圭子氏(右下)

毎週2件をマッチング「東京大学TOL」とは

 東京大学TLOは、東京大学の研究成果の社会実装を目指し、「技術移転促進法(TLO法)」が制定された1998年に創業した。当時は、バブル崩壊直後。産業界をもう一度押し上げるべく、大学の研究成果を企業の製品開発につなげていこう、産学連携を強化しようという、国全体の方針があったという。

 そのためにはまず、大学にどんな技術があるのか、発信する機関が必要だった。創業当初は、東京大学を中心とする首都圏にある大学の研究者個人が保有する知財の技術移転活動を行っていたという。2004年の国立大学法人後に、東京大学の専属的なTLOに移行した。

 現在は、東京大学の100%子会社として、知財のなかでも主に発明、著作物を扱う。年間の技術移転契約件数は100件を超え、1週間に2件のペースで、東京大学の研究成果である知財と企業のニーズをマッチングさせているという。

 本田氏は、「東京大学TLOによる技術移転の業務フロー」を示しながら、大学の研究者と産業界が、どのようにつながっているのかを説明した。

 東京大学には多くの研究者たちが在籍している。彼らは日々、研究の成果を生み出し、「発明届け出」を大学に提出している。東京大学TLOには、それらが直ちに開示されるため、まずは研究者に対して「発明インタビュー」を実施する。

 続いて、インタビューの内容に基づいて、主に2つの視点で調査を行う。1つは、特許になるのかどうかという「特許性」。もう1つは、実際に企業が興味を持つかどうかという「市場性」だ。

 調査結果を大学にフィードバックすると、大学で出願可否について判定がなされ、出願する場合には東京TLOが窓口業務を担う。このあと、本格的な企業との連携業務に入るという。

 「東京大学なので、非常にバラエティーに富んだ技術がある。その技術ごとに企業探索を行っている。起業して事業化するほうが良い技術に関しては、東京大学エッジキャピタルや、東京大学協創プラットフォーム開発とも協業しながら、スタートアップ創業の支援をしている。また、契約交渉やライセンスの窓口、産学での共同研究の推進なども行っている」(本田氏)。

 東京大学TLOの発明届出取扱い件数は、ここ数年の平均で年間約550件。これは単独発明と企業との共同発明の合計で、共同発明が非常に多いのは日本の特徴だという。このうち、出願に至るものは国内外合わせ、年間約1200件。

 「1つの発明から、例えばアメリカ、中国、ヨーロッパと3カ国に展開すると、出願3件という扱いになるため、発明届出数よりも出願数のほうが多くなっている」と、本田氏は補足した。

 下記グラフは、東京大学TLOによる契約件数の推移だ。企業との共同発明の場合は共同出願になるため許諾件数として含めずに、大学単独出願で企業への許諾を行った契約だけでも、年間約100件強が成立しているという。

 これらの契約による収益は、直近5年間の平均で年間約9億円弱。つまり、東京大学TLOが関わって技術移転を行った結果として、東京大学が得た収入がこの金額になるというわけだ。

 本田氏は、「東京大学単独の発明を出願して、企業が導入する際に許諾するというのが、収益のボリュームは大きい」と話す。

 そして、技術移転の収益構造は、コンテンツビジネスと類似しているという。音楽でいうところのヒットソング、技術ではよりイノベーティブなものが、収益に大きくインパクトを与えるというのだ。

 そのうえで本田氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のウィリアム・オーレット氏の「Innovation(革新)= Invention(発明) × Commercialization(商品化)」という表現を引用して、このように話した。

 「東京大学の技術のなかでも、成功しているものはやはり、この定義に当てはまる。例えば、大学の研究成果に企業による事業化戦略がうまく組み合わさった時に、大きなイノベーションを起こせると感じている。もっと言うと、固定概念を超えた柔軟な発想での事業化戦略であったり、大学では見出だせなかったような企業ごとに付加価値のある情報を加味した形での事業化戦略であったり、そういったケースでイノベーションを起こせるのではないか考えている」(本田氏)

産学共創によるイノベーションの成功事例

 続いて本田氏は、産学共創によるイノベーションの成功事例を3つ紹介した。1つ目は、東京大学を代表するスタートアップ企業であるPEPTIDREAM(ペプチドリーム)だ。コア技術は、東京大学 教授の菅裕明氏の研究成果で、「フレキシザイム」という人工のRNA触媒だ。これを用いることで、多種多様なタンパク質ペプチドを人工的に作れるようになるという。

 PEPTIDREAMは、事業化を図るにあたり、フレキシザイム自体の販売はしなかった。そうではなく、これを用いてさまざまな形で作った「中分子化合物ライブラリー」を構築し、商品化することで、新たな市場を立ち上げることに成功した。

 「製薬会社さんは、各社で何十万という低分子化合物ライブラリーを持っているが、それでも作れない薬がたくさんある。彼らが持っていないような新たな分子群を提供して、それらを組み合わせることによって医薬品開発の可能性の確率を底上げすることができる」(本田氏)

 結果、PEPTIDREAMは非常に多くの製薬会社とのアライアンスが進み、今や時価総額数億円まで成長した。本田氏は、「年商1000万円でヒット商品といわれる研究試薬市場において、フレキシザイム自体を販売していたら、これほど大きな企業には成長しなかったはずだ。事業戦略の重要性をPEPTIDREAMから学ぶことができる」と説明した。

 2つ目の成功事例は、VEDANTA BIOSCIENCES(ベダンタ・バイオサイエンシーズ)だ。当時、東京大学医学部に所属していた本田賢也氏が、ある腸内細菌が免疫を抑制することを発見した。嫌気性菌がクローン病の治療にも役立つ可能性があることを、マウスの動物モデルで実証したという。

 日本国内で企業探索を進め、協業の可能性を探ったものの、実用化に手を挙げる企業を見つけることはできなかった。しかし、研究論文を見て興味を持った米国のベンチャーキャピタルによって創業、開発を進めてきたという。

 「当時、プロバイオティクスといって、食経験のある菌を食品として摂取して腸内環境を整えるという考え方はあったが、食経験のない菌を実用化することや、食品にすることは難しいと感じていた。腸内細菌そのものを医薬品にするという発想は当時は新しく、固定概念を超えるものであったと思う」(本田氏)

 結果、VEDANTA BIOSCIENCESは、マイクロバイオームという新たな市場を開拓して、新たな治療薬の開発を進めることができた。現在では、大手製薬会社との連携も進んでいるという。

 3つ目の成功事例は、熱交換器の社会実装だ。これは、東京大学 生産技術研究所教授の鹿園直毅氏の研究成果が実用化したものだ。熱交換器の表面にV字フィンと呼ばれる特殊な溝を切ることで、熱交換の効率を向上させるという。

 もともとは、排ガス規制対応の必要性から、エンジン冷却効率の改善が求められていたという社会的な背景があって、小松製作所と東京大学が連携してプロジェクトを開始していた。そんななか、和氣製作所が開発した試作機の騒音防止や燃費改善などの性能が、小松製作所の開発者の目に止まり、産学共同での研究開発に発展していったという。

「先生方からは、“企業内の研究所と開発部門のような関係で、チームとしての連携が非常に円滑に進んだ”との後日談を伺っている。実際、砂ぼこりなどが目詰まりしにくい、という新たな効果も確認できた」(本田氏)

 結果、建設機械に組み込んで使うという最適解が導き出され、3年という短期間で量産化に至る。現在では、ブルドーザーや油圧ショベルなど、大半の建機に導入されているという。

産学連携推進により研究者たちのパラダイムシフトが起きる

 こうした活動を続けてきたなかで、特に大学が産学連携を推進する体制に変わってからは、大学の研究者たちの間ではパラダイムシフトが起きた本田氏は振り返る。

 「創業当初は、大学の研究成果を特許出願することに対して、そんな俗的なことを考えてはいけないとお叱りの言葉をいただいたこともあったが、いまや皆さん、知財の観点からどのようなデータを取得するべきかなども視野に入れながら、研究開発を進めている」(本田氏)

 最後に、本田氏は「MITのオーレット教授の定義に戻るのだが」と前置きしたうえで、今後の東京大学TLOの活動について、このようにまとめた。

 「日々、大学では研究の成果が、発明届という形になっている。真っ先にこうした最新技術に触れている私たちが、事業化仮説に基づく企業探索を行い、実際に企業との連携や、企業による事業化戦略を誘引することによって、イノベーションの確率をあげていけると考えている。また、研究の成果を2倍にも3倍にもして、みなさんに提供できる環境をこれからも作っていきたい」(本田氏)

 質疑応答で、「東京大学と企業をつなぐうえで気をつけていること」を問われると、本田氏は「やはり大学の先生方は非常にお忙しいので、私たちが企業さんとある程度コミュニケーションを取って、企業側のニーズもお聞きしたうえで、先生と企業さんが対面する段階では円滑に話が進むように、と配慮している」と回答した。

 東京TLOでは、企業のホームページを見て、「この技術はご興味を持っていただけるのでは」と企業を選定して、地道に直接アプローチしているという。そして、一度面談した企業については、継続して情報の提供や交換を行うという。

 「大学の技術は、どうしても5年や10年先の研究開発を行っているので、産業界の方々にこの技術を欲しいと思っていただくよりも、少し早いタイミングでご案内してしまうことも少なくない。時間軸をずらして、改めてご紹介することもある」と本田氏は話す。

 東京大学の強みは、医療や臨床も含めて、対象となる分野が非常に幅広いことだ。最近では、日本が四方を海に囲まれた海洋国家だという観点から、波力発電や地熱の技術を含めたエネルギー関連技術も旬なトピックスだという。東京大学の研究成果と自社事業のマッチングに興味のある企業は、一度コンタクトしてみてはいかがだろうか。

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