旧宮家の末裔として知られる保守派の論客、竹田恒泰氏の『天皇の国史』(PHP研究所、2020年)は、タイトルが示す通り、歴代天皇の事績を軸に日本史を語り直そうとしたものである。竹田氏は「はじめに」で、本書執筆のねらいを次のように語る。
日本の歴史を紐解いていくと、歴史を貫く一本の線があることに気付く。それ が「天皇」である。天皇は日本人の歴史そのものといってよい。しかし、これまで通史といえば、目まぐるしく交代する権力者を中心とした政治史が一般的だった。本書は、二千年来変わることがなかった天皇を軸として国史を取り纏めたものである。故に主題を『天皇の国史』とした。
ただし、古代はともかく、天皇の政治的権力が衰えていた中世・近世に関する本書の叙述は、実のところ必ずしも天皇中心とは言えない。試みに、中世の小見出しを掲げよう。
「大天狗」後白河院と源頼朝/鎌倉幕府の幕開けと執権政治
/戦う後鳥羽上皇と北条義時/「君の御輿に弓は引けぬ」
/北条氏はなぜ上皇を処刑しなかったか
/得宗政治を敷いた鎌倉幕府の最盛期/武士と民衆の生活
/元の国書を拒絶した執権時宗/蒙古襲来と亀山上皇の祈り
/鎌倉文化と鎌倉新仏教/アイヌ人は北海道の先住民ではなかった
/後醍醐天皇の倒幕への執念/短命に終わった「建武中興」
/鎌倉時代に一度枯渇した神宮の御用材/神器を欠いた北朝
/南北朝動乱/漢籍を用いて明皇帝を黙らせた懐良親王
/天皇の権力が最も衰退した時期/富に目が眩んで始めた日明貿易
/皇位簒奪を目指した足利義満/世襲親王家の役割/室町幕府の衰退
/応仁の乱と天皇権の復活/琉球と蝦夷地/破綻した朝廷の財政
/生産業と商業の発達/北山文化と東山文化/鉄砲の伝来と南蛮貿易
/織田信長の全国統一への動き
日本史上に時々登場する個性的な天皇の事績をトピック的に並べている以外は、教科書的な政治外交史・社会経済史・文化史の叙述が多く(ただし「元の国書を拒絶した執権時宗」「アイヌ人は北海道の先住民ではなかった」といった右派の主張も含まれる)、「天皇を軸とした国史」として成功しているかどうかは疑問である。
中世史を天皇中心で語ることの難しさは今に始まったことではない。戦前に皇国史観のイデオローグとして活躍した平泉澄が、戦後に刊行した『少年日本史』(のち『物語日本史』に改題、1970年)でも、中世史は武家政治を中心に叙述している。
より混迷を極めているのは、第一章の「日本の神代・先史」である。こちらも小見出しを並べてみよう。
天地初発/宇宙が神を創った/国生みと神生み/人の起源
/世界最古の磨製石器/後期旧石器時代の始まりはいつか
/日本列島は世界の文化の最先端だった/日本人は最初から日本人だった
/日本列島にはいつから人がいたか/DNA解析から分かったこと
/ミトコンドリアDNAから分かった日本人の起源
/Y染色体から分かった日本人の起源/岩宿人は多様な集団の混血
/日本のナイフ形石器は朝鮮文化か/縄文人の先祖は岩宿人だった
/アイヌは何処から来たか/北海道岩宿人は何処から来たか
/誓約神話と天の岩屋戸/誓約神話と皇位継承問題
/唾を付けると自分のものになる/天之忍穂耳命を生んだ神はどの神か
/須佐之男命と八岐大蛇の対決/国作りと国譲り
/天孫降臨と「天壌無窮の神勅」/日本は「天皇が知らす国」
/温暖化が豊かな日本文化を作った/「縄文土器」は世界最古級の土器
(以下略)
考古学や分子生物学の成果を恣意的に切り取って「日本スゴイ論」や日本人単一民族説に強引に結び付けている問題は本稿ではひとまず措く。それ以上に違和感があるのは、科学的成果と記紀神話が雑然と並んでいる点である。一例を挙げれば、次のような文がある。
伊耶那岐神と伊耶那美神がお生みになった日本列島は、地質学的にいうと、 約八〇〇〇年前に現在の形になったが、昔は支那大陸(中国大陸)と繋がった半島だった。
日本神話の内容と科学的事実を混ぜたような文章で、全く意図不明である。
以下のような文章もある。
縄文時代は縄文土器が出現するところから始まる。土器に関する話は後にすることにし、先ずは『古事記』を読んでいきたい。これまで『古事記』は天つ神(天空世界である高天原の神々)を中心に物語が展開してきたが、ここから先は、須佐之男命が高天原を追放されて葦原中国(地上世界)に降り立ち、続けて須佐之男命の子孫である大国主神が葦原中国で国作りをする話に入っていく。
大国主神が国作りをしたという話はあくまで神話であって、歴史的事実ではない。この話を「縄文時代」の節に盛り込むのは、あまりに不自然である。縄文土器を作った縄文人の傍らに大国主神が実在したとでも言うのだろうか。
連載第2回で指摘したように、西尾幹二『国民の歴史』(産経新聞ニュースサービス、1999年)も記紀神話と考古学の研究成果を無理矢理つなげようとしているが、本書ほど支離滅裂ではない。保守論壇の劣化を象徴するような本と言えよう。
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