IAEA「豪の原潜保有は核拡散誘発」

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米国、英国、オーストラリア(豪)の3国は先月15日、新たな安全保障協力の枠組み(AUKUS=オーカス)を創設する一方、米英両国が豪に原子力潜水艦の建設を支援することを明らかにした。豪と原子力潜水艦建設で契約していたフランスは「契約違反」として激怒、一時期、米仏、豪仏関係が険悪化し、外交官の召喚などの外交措置も取られたが、バイデン米大統領とマクロン仏大統領の電話会談などを通じて、双方が歩み寄る姿勢を示してきた。

オーストラリア海軍が保有するコリンズ級潜水艦(ウィキぺディアから)

ところが、原子力エネルギーの平和的利用を促進する国際原子力機関(IAEA=本部ウィーン)のグロッシ事務局長は、「米英がオーカスの枠組みでオーストラリアに原子力潜水艦を売却することには多くの問題点がある」と指摘、原子力潜水艦に設置される原子炉の核保障措置問題、核拡散防止条約(NPT)の法的枠組みで詳細な検証が必要として、IAEA査察局内で非常に経験豊富なセーフガード検査官と法律専門家で構成されるタスクフォースを設置したことを明らかにしたのだ(英紙ガーディアン電子版)。

オーカス創設の文書には明記されていないが、オーカスの仮想敵国は南シナ海やインド洋・太平洋地域に進出する中国であることは明確だ。豪は中国外交官のスパイ活動を警告し、中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源については、武漢ウイルス研究所(WIV)への調査を強く主張し、中国から強い反発を受けてきた。豪は対中戦線では最前線に位置している。

米国にとって豪の原潜開発を支援するのには意味がある。米英にとってインド太平洋の安保では、豪は地理的にも中心的な役割を果たすからだ。原潜は長期潜航が可能であり、運航は静かだから敵から探知される恐れは少ない。豪が原潜を保有すれば、台湾海峡を警備し、必要ならばトマホーク巡航ミサイルを発射できるから、中国側としては脅威だ。原潜は米、英、中国、ロシア、フランス、そしてインドの6カ国が保有している。

原潜共同開発問題は少々厄介だ。米英は豪に8隻の原潜の開発で協力することに合意した。このことで、豪との間で契約(2016年締結)を破棄されたフランス側には経済的損失(契約金500億豪ドル規模)が生じた。それだけではない。原潜は核兵器ではないが、原子力推進システムでは高濃縮ウラン(HEU)が燃料として利用される。核拡散防止条約(NPT)では、核保有国が非核保有国に原潜の共同開発に関連した核技術や核物質を提供することはできない。非核保有国は核エネルギーの平和利用だけが認められている(「豪は世界第7番目の原潜保有国に」2021年10月4日参考)。

中国外務省は先月30日、米英が非核保有国の豪に高濃縮ウランを必要とする原潜建設を支援すれば、北朝鮮やイランが高濃縮ウラン(HEU)を保有することに対して批判できなくなる」と指摘、米国をダブルスタンダードだとして批判している。

豪が原潜を保有すれば、非核保有国としては初めてだ。NPTでは非核保有国は核エネルギーの平和利用は認められている。その際、IAEAとの厳格な保障措置協定を締結し、監視対象となる。グロッシ事務局長は、「(非核保有国の豪が原潜を保有することは)NPTのグレーゾーンに入る。核物質や核機材が不法に拡散する道を開くことになるからだ」と指摘する。原潜には核燃料としてHEUが使用される。フランス製の原潜は低濃縮ウラン(LEU)が利用されているというが、いずれにしても核燃料だ。

グロッシ事務局長によると、イラン、韓国、カナダなどの国は原子力潜水艦の建設に強い関心を有している。イランは2018年に海軍原子力推進プログラムをIAEAに伝達し、ブラジルでは原潜プロジェクトが進行中という。米英が豪に原潜を売却すれば、それが先例となって今後原潜を買収、建設する国が増えることが予想されるわけだ。そうなれば、原潜で利用される核関連物質、機材、ノウハウが核兵器製造に流れないという保証はなくなる。ガーディアン紙によれば、グロッシ事務局長はブリンケン米国務長官とIAEA側の懸念について協議したという。

ロシアや中国は豪の原潜保有を阻止するためにNPT違反を理由に強い抵抗を示してくることは目に見えている。米国側もその点を既に考慮し、豪への原潜引き渡し時期をこれまで明記していない。そのため、豪海軍は当分は老朽化したコリンズ級潜水艦(通常動力型潜水艦)を使用することなるわけだ。

穿った表現をすれば、米英は、豪に原潜建設支援を表明することで、南アジア、インド太平洋海域の制覇を伺う中国海軍に警告を発することが最大の狙いで、実際に支援するかはロシアや中国の出方次第ではないだろうか。なぜなら、豪への原潜建設支援はNPT体制を揺るがし、無理押しして豪に原潜を提供すれば、核拡散を引き起こす危険性があるからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年10月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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