父親に夜逃げの体験談を聞く

デイリーポータルZ

「お父さんは小さい頃に夜逃げで苦労してんで」

僕は両親からそう聞かされて育ったが、話が具体的な方向に進むこともなかったので聞き流してきた。贅沢を戒めるための方便に過ぎないと思っていたし、父は普通のサラリーマンなので現実味が感じられなかったということもある。

あれは本当のことだったのだろうか。話が聞けるうちに聞いておこう。
 

そもそも本当のことなのか

父は1960年代に神戸で生まれた。島根の高校を卒業した後は京都の会社に就職し、現在まで同じ企業で働いている。ここまでが僕の知るすべてである。神戸から島根に移り住むタイミングで何かが起こったと推察しているが、実際はどうなのだろう。

父と曽祖母。いい服を着ている

私:
お父さんが夜逃げしたっていう話あるやんか。詳しく聞いてもええかな
父:
現実かどうかも分からんねん
私:
どういうこと?
父:
ずっと仲良かった友達が逃げた先に会いに来てくれて、それは印象に残ってる
私:
転居は本当にあったのか。いつ頃の話?
父:
中学2年生やったかな
私:
夜逃げは比喩とかじゃなくて本気のやつ?
父:
誰にも言わんかったもん。だから友達が会いに来てくれたのが信じられんくて夢なんかなーってさ
私:
先生も引っ越すことを知らなかった?
父:
何も覚えてない。行政上の手続きがどうなったかとかも知らんし、逃げ方もほんまに覚えてへんわ
私:
逃げた先は島根やんな?
父:
違うよ。神戸から播磨(注:同じ兵庫県内の町)

夜逃げの原因は借金

私:
兵庫県内やったんや。なんで夜逃げすることになったん?
父:
借金取りに追われて
私:
カネか。原因はなんやろ
父:
親父の事業が失敗したから。金属加工の会社をやってた
私:
事業がダメになったのが原因っていうのは分かってたんやな
父:
ほんまに詳しいことは分からへんよ。親父なんてほとんど家におらへんのやから
私:
仕事熱心で?
父:
女性のところに行ってて(笑)
週に一回も帰ってこんかったで。たまに帰ってきた時には寿司とか鍋とか良いもんを食べてた

いいとこの子っぽすぎる

私:
会社はうまく行ってなかったんかな
父:
はじめは調子よかったんやろうけど、ゴルフばっかり行くようになったりして
私:
社長っぽいことしてるなあ
父:
ある時に同業者を集めて5、6階建てのビルを持つ会社を神戸に作ってん。それが無茶やってんな。悪いところから金を借りて返せんようになった
私:
わるいところ……
父:
詳しくは分からんけど「拐われたことがある」って親父言ってたわ
私:
ドラマで見るような、借金取りがドアをドンドン!みたいなのはあったの?
父:
あったなあ

生活が貧窮し不登校に

父:
それからは貧乏暮らしで。一舟100円のたこ焼きがご馳走やったわ。他は炒り卵と焼き飯
私:
炒り卵は家でも作ってたな

今は好きなものを食べられるのでご安心ください。取材日にいっしょに食べたラーメン

父:
記憶がおぼろげやけど兵庫時代はとにかく酷くて、まずオカンが宗教に入った
私:
お布施のお金とか要るんちゃうん
父:
そんな金あるわけないやん
私:
それでもええんや
父:
親父も親父で狂って、また別の宗教に入ってた
私:
おぉ……
父:
俺もおかしくなってんやろうな。転校先の中学校に馴染めへんかった記憶がある。それで不登校になった。「行ってきま〜す」って言って押入れに隠れて、時間が経ったら外に出て公園で過ごしてた

家族みんなでお笑い番組を見ながら

父:
あと海が近いからハゼを釣ってた。ハゼはアホやから餌なくても釣れんねん。金ないから針にエサの匂いつけてな
私:
ハゼは持って帰って食べてたん?
父:
学校行ったことになってるから逃してたよ
私:
非行には走らんかったん?
父:
逃げるのに忙しくてそれどころじゃない

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