GoogleやAppleといった世界的なテクノロジー企業に勤めている人材が、ここ数年、脱炭素など環境関連のサービスやソリューションを提供企業へ転職する例が相次いでいるという。海外では、とりわけ技術的な知見をもつエンジニアが転職、あるいは起業する動きが目立っており、日本でも同様の動きがうかがえるのだとか。
iPhone 3GSからApple Payまで、日本国内でのサービスや製品の立ち上げに長く携わってきた元Apple Japanの三浦健人氏も、2022年に脱炭素ソリューション関連の企業に転職した1人だ。現在は二酸化炭素排出量の算定・可視化ソリューションや企業の脱炭素コンサルティングなどを提供するパーセフォニ・ジャパンのカントリーマネージャーである同氏に、脱炭素関連企業に人材が流れている理由を聞いた。
「脱炭素」関連企業への転職が海外で増えるワケ
——さっそくですが、なぜGAFAなどから脱炭素関連の企業に転職する人が増えているのか教えてください。
まず、GAFAという企業自体がそもそも高い志を持っており、技術やサービスだけでなく、ESGやダイバーシティ&インクルージョンなども含めて、より幅広く社会に貢献しようとしています。そういう会社で働いていることで、自然と刺激を受けている人材が多いことがまず挙げられると思います。私はApple入社前には環境問題に特別強い関心があったわけではないですが、AppleのCEOであるティム・クックが環境やカーボンニュートラルについて語るのを見ていると、それが刷り込まれるというか、自然と興味を持つようになりました。
GAFAにいると、いろいろな技術やサービスをお客様に提供しながらも、会社のビジョンから刺激を受けながら、自分自身として未来を描きながら、何をすべきなのか、何をしたいのだろうかと、考える機会が増えます。パーセフォニの社員も、以前所属していた会社からも影響を受けていますし、いろいろな国の環境に対する動きにアンテナを高く張っていて、技術やサービスだけでなくESGの分野でも最先端の情報に触れ、刺激を受けている人材が多いです。
パーセフォニ・ジャパンのカントリーマネージャーである三浦健人氏
そうやって頻繁に情報に触れていると、例えば洋服を買うにしても、生産や流通でどれくらい二酸化炭素を排出する製品なのか確認してから買うとか、そういう日常的な行動を変えようとします。そして、環境の問題を自分で勉強していく中で、個人で環境に対して何ができるのか、何が一番大きな課題なのかを考えるようになります。そのうちに、個人としてだけでなく仕事としても何かできないか、と考えていく人の割合が増えてくるのは自然なことと感じます。
また、SDGsやESGなどの言葉が飛び交ってはいますが日本はその分野ではまだ未熟です。欧米ではもう一段踏み込んで、自分として何ができるのかを考えています。たとえば「今日何を食べようか」となったときに、牛肉はおいしいけれど、牛がたくさんメタンを排出していて環境に良くないから別のものを食べようか、と考える人が欧米では日本より多いようです。個人の意識として日本より進んでいることもあると思います。
——環境問題を意識している人たちが欧米に多い背景についてもう少し詳しく教えていただけますか。
いま世界では気候変動が非常に大きな問題になっています。これは本当に解決しなければいけない課題であると、リアルに危機感をもっている人の割合は、現時点で日本より欧米の方が高いですね。
なぜかと言うと、米国では気温上昇などの気候変動によってハリケーンや山火事が頻発したり、いままで洪水がなかったところが流されて大きな被害が出たりしていますし、欧州でも温暖化による水位上昇や異常気象を身近に感じられています。2022年9月にハリケーン「イアン」が米フロリダ州に上陸し、100人超の方が亡くなりましたが、その保険損害金は日本円で最大10兆円になると言われています。私も米国の西海岸にたくさん友人がいますが、サンフランシスコやシリコンバレーでは山火事の煙が何日間も流れ込むことで、常に焦げ臭いなどの問題が身近に感じられる状況にあるようです。
日本でも異常気象はたびたび発生していますが、「気候が変わってきて大変だね」程度であり、まだ深刻に受け止めていない印象が強いです。二酸化炭素発生の根本的な課題解決を考え、行動していこうというより、暑いから熱中症対策をしようとか、携帯扇風機を上手に使おうとか、どちらかというとその場しのぎの対応を考えている傾向があります。
日本の小・中学校でも気候変動のことは学びますが、「気候変動ってどういうもの?」ということを知るためのもので、いまは平均気温が何度上昇しているかなど、現状把握に関することがメインです。欧米はもっと突っ込んで、その問題に対して私たちは日々のなかで何ができるだろうとか、オープンにディスカッションしながら自身の考えを醸成していく文化があります。こういった点から、若い世代の人たちのアンテナや意識がより高く、気候変動に対して何か貢献したいと考える方の割合が多い、という点も日本と欧米の大きな違いかと思います。
——そういった脱炭素関連の分野では、どのような人が活躍できそうでしょうか。
環境のスペシャリストはまだ世の中にそれほど多くはいません。10年、20年と長く携わっている方々ももちろんいらっしゃって、とても重宝されていますが、一方でここ2〜3年で興味をもって学びはじめ、何かできないか考えている人もとても多いです。その中で今どういう人が一番活躍できるかというと、テクノロジーのバックグラウンドがある人だと思っています。
テクノロジーを使わず環境問題において世界に大きな影響を与えていくのは非常に難しい。その意味では、GAFAやそれに近いIT系企業の人たちは、テクノロジーのバックグラウンドがあるので有利です。そのよい例がビッグデータやAIです。気候変動については、二酸化炭素の排出量と温暖化にはほぼ相関関係があることがわかっていますが、平均気温が0.5度上がったら地球がどういう状況になるのか、ビッグデータとAIをきちんと活用して、説得力がある形で世界に発信することで、それを各国もしくは企業のしかるべき方々に理解してもらう必要があります。
そのほか、データ連携の方法も大変重要です。ビッグデータはいろいろな場所に散在していますから、それらをどう取りまとめていくか。クラウドからあらゆるデータの集合体を持ってきて、AIで分析していくようなアプローチが必要になってきます。そのため、テクノロジーのバックグラウンドがあり、目的意識と自分のスキルが合致しているような人は、脱酸素関連企業で活躍できる可能性が高いのではないでしょうか。
——パーセフォニにも技術的なバックグラウンドをもつ人が多いのでしょうか。
全世界で約320人の社員がいて、うち約半数がエンジニアです。そのほとんどが以前はテクノロジー企業で働いていて、なかにはGAFAで実際に環境に関わる仕事を担当していたような者もいます。大手テクノロジー企業で環境系の仕事に携わった後、会社単体でも世界の脱炭素化に与える影響はかなりのものですが、もっと大きなスケールで促進していきたいとの志から環境のスペシャリストとして入社してくる人もいます。パーセフォニ・ジャパンのプロダクト責任者もGAFA出身です。
世界に先駆けてCO2排出量の報告を「義務化」した日本
——脱炭素に関わる企業が増えているというお話でしたが、実際にビジネスが成立するものなのでしょうか。
ビジネス化についてはいろいろな考え方や方法があると思います。例えば、二酸化炭素排出量の算定・可視化、企業へのコンサルティング、最新技術を使った脱炭素のアクションなどが挙げられます。企業にとっては、二酸化炭素の排出量を可視化して、削減に大きく貢献できる企業活動が何かを探るのが最初のステップになります。次に脱炭素に向けたプラン策定・アクションの提案・実行です。アクションの例は、太陽光発電などの再生エネルギーを導入する、二酸化炭素の排出を低減する機械を工場に設置する、もしくは植林プロジェクトへ出資する、といったものです。
二酸化炭素排出量の把握と報告は、近い将来に財務会計と同じように、企業にとって対応が必須になってきます。いずれあらゆる法人が算定・報告をするようになれば、排出量報告関連サービスの市場規模が大きくなり、二酸化炭素の可視化部分にも、より高度な収益モデルが確立されると確信しています。
可視化の次のステップとなる、コンサルティングと脱炭素のアクションについても、2030年までの二酸化炭素排出量半減、2050年までのカーボンニュートラルが目標となるなかで、必要不可欠なものとなりました。日本でも炭素税・カーボンプライシングが活発に議論されており、排出量の多い企業が負担することになります。そのため脱炭素に向けたアクションは自然と加速されて、脱炭素ビジネスの収益モデルも近年中により確固たるものができてくると考えています。
——すでに日本の一部企業に対しては二酸化炭素排出量の報告義務が課せられていますね。
2022年4月の市場再編により誕生した、東京証券取引所のプライム市場に上場する1800社以上の企業に対しては、TCFDというフレームワークに則って、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量の報告が義務付けられています。ただ、その報告の内容について、どのくらい正確に行うかはいまのところ問われていません。とにかく算定して報告をする、それで自社の立ち位置を知る、というのが最初の第一歩とされています。
しかし、今後実際に脱炭素を進める際には、算定・可視化をより正確にしなければならないでしょう。たとえば出張旅費を精算するときに「交通費が1万円でした」といった情報を基に排出量を算定した場合、同じ移動経路・距離でも購入時期やセールなどで価格が変動することが考えられ、出張回数や移動距離を減らしたのにも関わらず、算定した排出量が適切に減少しないケースも考えられます。そこで「飛行機で何km移動した」といったように、移動方法と距離から排出量をできるだけ正確に算出するようになれば、どうやって排出量を削減していくかという具体的な次のステップにもつながっていきます。
ちなみに企業に対する二酸化炭素排出量の報告を義務化について、世界に先駆けて実施を開始したのは日本です。EUでは2024年以降、米国では近く必須になりそうです。そういう意味で日本が世界をリードしたのは、日本人として非常にうれしく思っています。
——日本企業の環境への取り組みについて、三浦さんご自身はどのように見ていますか。
日本の大企業と、そのサプライチェーンの中にある中小企業という2つに分けて考えると、まず大企業の方は、脱炭素に向けた二酸化炭素排出量の把握と削減方法に関する取り組みは非常に進んでいます。すごく頑張ってリードしていると感じます。
ただ、いまのところ大企業は、たとえばある製造事業者の場合、同社グループの二酸化炭素排出量を主に報告・削減している状況で、グループが取引しているパーツメーカーなど、サプライチェーン全体の排出量の報告・削減に向けた取り組みはまだ始まったばかりです。大きなサプライチェーンのなかでどのようにしてデータを入手するのか、そこからサプライヤーに対してどのようにして削減方法を提案していくのか、といったところが今後の課題になるかと思います。
一方、プライム市場の上場企業でなければ義務化されていませんし、中小企業はまだ手探り状態のようです。しかし、サプライチェーン全体で報告する義務がある大企業が、中小企業に対して、きちんと排出量を算定・報告するよう働きかけているため、今後は中小企業もCO2排出量の算定・報告することが必要になってきています。