今、にわかに注目を集めているのがスマートフォンと衛星の直接通信だ。iPhone 14シリーズが緊急通報限定ながら衛星通信に対応したほか、楽天が出資するAST SpaceMobileや、SpaceXのStarlinkもスマートフォンとの直接通信を目指している。
そんな中、日本から衛星とスマートフォンの直接通信の実現を目指す企業が現れた。それが、北海道大樹町と東京に拠点を構えるOur Starsだ。同社は、日本の民間企業として初めてロケットを宇宙空間に到達させた宇宙企業インターステラテクノロジズ(IST)の子会社として、2021年1月に設立された。
ISTは2023年度に、超小型衛星を地球低軌道に投入できる能力をもつ次世代ロケット「ZERO」の実用化をめざしている。その子会社であるOur Starsは、ISTの衛星開発部門として、将来的に立ち上がるであろうISTのロケット打ち上げリソースを活用した、下記3サービスの実現を目指している。
・「フォーメーションフライトによる衛星通信サービス」
・「超低高度リモートセンシング衛星による地球観測サービス」
・「宇宙実験用カプセルの開発」
衛星とスマートフォンの直接通信は、このうち「フォーメーションフライトによる衛星通信サービス」に該当する。
超小型衛星のフォーメーションで超巨大アンテナを構築
そもそも、衛星とスマートフォンの直接通信において課題となるのが上り通信だ。これは、スマートフォン側のアンテナ出力に限界があるためだ。そこで、「耳」に相当する衛星側のアンテナを超巨大にすることで、スマートフォンとの双方向通信を実現するアプローチが取られることになる。
楽天グループが出資するAST Space Mobileも、地球低軌道に約64平方mの巨大な通信アンテナを投入し、スマートフォンとの直接通信の実現を目指している。Our Starsも、低軌道に巨大アンテナを構築する点は同じだが、この巨大アンテナを、無数の超小型衛星のフォーメーションフライトで構築しようというのがユニークな点だ。
軌道上のアンテナは大きければ大きいほどスマートフォンとの直接通信において有利だが、1度に打ち上げられる衛星のサイズには限界がある。そこで、超小型衛星を多数打ち上げ、相互に連携させることで、1つの超巨大アンテナとして機能させることを狙う。これが実現すれば、低軌道の衛星から地上のスマートフォンに対して、100Mbpsのセルラー通信を提供できるという。
衛星のイロハを知り尽くしたJAXA出身のCTOが構想
超小型衛星のフォーメーションフライトで、本当に巨大アンテナを構築できるのか。同社でCTOを務める野田篤司氏によると、超小型衛星によるフォーメーションの姿勢制御には電磁石を用いるという。大型衛星ではスラスターで姿勢を制御する必要があるが、超小型衛星ではスラスターを電磁石で代替できるため、燃料も不要になるという。
Our StarsでCTOを務める野田篤司氏
また、通信衛星は小さければ小さいほど効率化できるという。「1トンの衛星を1kgの超小型衛星1000個に分割し、フォーメーションフライトして、巨大なアンテナにすると、電波の強さは100〜1000倍に跳ね上がり、それに応じて、データ伝送量も増える。1gの超小型衛星1000万個なら1万から100万倍になる」と野田氏は語る。
さらに、「1000個から1万個という数の超小型衛星でアンテナを構築する場合、ものすごく複雑な回路になるんじゃないかと思われるかもしれない。しかし、個々の衛星は受信した信号を少しずつ遅らせて再度送るだけのシンプルな構成にできることがわかった」とも野田氏は話す。実験室レベルでは4つの超小型衛星を連携させることに成功し、現在特許を出願中だという。
超小型衛星は電力供給面でも有利だという。1つの大型衛星を超小型衛星に分割すればその分表面積が増えるため、大型衛星に比べて、ソーラー発電を用いて駆動電力を容易に確保できるという。さらに、超小型衛星のフォーメーションの場合、1000機のうち100機が壊れてもミッションを継続できるといった冗長性も確保できると話す。
以上を踏まえ、野田氏は「今までの『大型衛星を1つ作ったほうが得』から『可能な限り小さな衛星に分割した方が得』にゲームチェンジが起こる」と豪語する。
野田氏は、1985年にJAXAの前身である宇宙開発事業団に入社。その後、衛星の運用と開発、概念設計に携わってきた。特に長いのが概念設計で、日本最大級の地球観測衛星「だいち」や、世界最低高度記録を持つ超低高度衛星「つばめ」、制作までかかわったのは、日本初の近代的超小型衛星「LabSAT」など。2021年3月にJAXAを定年退職し、同年末にOur Starsに就職した。
「JAXAでの経験から大型衛星と小型衛星でそれぞれ良いところと悪いところもわかった」といい、現在は超小型衛星と小型ロケットの活用に情熱を注いでいる。
2年〜3年後の実証実験をめざす
これらの構想は初期の段階であるが、2〜3年後に実証実験の実施も目指すという。2023年の実用化をめざすISTの次世代ロケット「ZERO」が軌道に乗れば、衛星の開発から運用、衛星打ち上げまで、ISTのグループ内で一気通貫で担えるアドバンテージもある。
「2〜3年後に最低でも4つ以上のピンポン玉サイズの超小型衛星を打ち上げて、宇宙空間でも実際にできるかを確認したい。これでうまくいけば16倍のデータを送れるので、あとは数を増やすだけ。それがうまくいけば、5年後10年後にはフォーメーションフライトを使った事業化が実現できるだろう」(野田氏)
フォーメーションフライトの技術は、通信衛星以外にも応用できるという。「フォーメーションを構成する1個1個の衛星が、例えば通信機ではなくカメラを持っていたらどうか。全体で10~100 kmのフォーメーションフライトが可能になれば、太陽系外惑星の直接観測が可能になる。ノーベル賞級の発見になる」と野田氏は話す。JAXAや国立天文台と勉強会を開催しているという。
なお、上記構想の実現には資金が必要で、場合によっては携帯キャリアとの協業も必要となるだろう。Our Stars側は実現に向けた資金の確保について「構想実現のためには多額の費用が必要となる。今後、業務資本提携先の開拓を進めていくつもりだ」と語った。
(この記事はUchuBizからの転載です)