私は小さい頃からぬいぐるみが好きで、その熱が冷めることなく大人になり、大学では人形劇サークルに入った。卒業後は人形劇の仕事がしたいと思い、そのまま人形劇団に入団。「どんな仕事してるの?」と聞かれることが多いので、人形劇団の舞台裏や、日常を皆さんに紹介したい。
人形劇の種類
教育番組でよく見かける人形劇。子どもが観るイメージの人が多いかもしれないが、舞台ではかなりアンダーグラウンドなR指定の作品もあったりする。人形を全てマスキングテープで演じる劇もあったりして、かなり自由度の高い世界だと思う。
ひとくくりに「人形」と言っても、いろんな種類がある。
棒づかいは両手で操作する。基本的に左手で人形を持つ人が多く、差金(手を動かす棒)を利き手で使った方が動かしやすい。
人形は結構重いので、どんなに華奢な人でも、左腕だけムキムキになり、力こぶが出来るのだ。(右は出来ない)
私は人形劇筋と呼んでいるが、この筋肉は人形使いをやめた後もしぶとく残り続けると言われている。
舞台のつくりにも種類がある。
まずはケコミ芝居。人形劇と聞いたら多くの人が思い浮かべるのがこのタイプだろう。
昔からある人形劇の舞台の作り。テレビ人形劇は主にこのスタイルだ。
隠れられるので沢山ものを置いておける。
着替えが間に合わず、江頭2:50のような上半身裸で芝居している男性の先輩を見て、衝撃を受けたことがあった。客席から見えないからいいものの、前に出る芝居だったら大事故となっていたであろう。
また他の劇団では、ラストに出る人形をつくるのが間に合わず、上演しながら人形をつくったというすごい話を聞いたことがある。
このように、何かトラブルがあった場合隠れられるので、なんとか対処できることが多い。
一方、トラブルがあった場合、一切隠れられないのが「出づかい」である。
テレビなどの影響から、人間が黒子を被り、隠れて操るイメージを持っている人が多いと思うが、舞台の方では出づかいが主流になってきている。
腹話術のように人と人形が別々の役を演じるのではなく、あくまでセットでひとつの役を演じる。使い手の役者の体が見える状態で演技し、表情や体の動かし方も表現の一つになってくるのだ。
小道具が上演中に壊れても、音響トラブルで曲が流れなくても、お芝居中はどうすることもできないため、アドリブ力で乗り切るしかない。でもその生っぽさが舞台の面白い所でもある。
上演の日のスケジュール
上演の朝は早い。ほぼ始発の電車に乗り、朝ご飯を食べ歩きしながら劇団に集合。早朝6時には車で出発している。
荷物を持って行かなければいけないので、どこへ行くのにも車で行く。ハイエースに荷物をぎゅうぎゅうに詰め込んでおり、人がぎりぎり乗れるスペース以外は全部荷物である。
会場が3階なのにエレベーターが無い!という所も結構あり、手運びで何往復もしながら道具を運ぶ。人形、大道具、照明、音響機材、10kgの鉄(大道具を倒れないようにするための重し)などの重い道具を、感情を無にして運び続ける。
上演の日は運動量がすごいので、1日で2〜3キロ体重が減ったりする。お腹も空くので男子高校生並に食べており、頻繁に食べ放題に行っていた。
上演先は、主に劇場、小学校、幼稚園、保育園などである。
小さめの会場では、基本的に音響や照明の変化も自分たちで行う。
音出しのタイミングや、照明を意識しながら上演し、場面によっては他の人の人形を交代して操作する必要もあり、まるで脳トレのよう。段取りを間違えるとお話が進まなくなるので、いろんなところに意識を向けておく必要がある。
80歳をすぎてもバリバリ現役でやっている人がいたりするのは、この脳トレの成果なのでは……?と思ったりする。
上演後は子どもたちから人気者になれるので、送り出しの時間は毎回楽しみだ。
ただワルモノ役を演じた場合、お人形を攻撃されがち。
子どもたちの素直な正義感にはいつも驚くが、全力で主人公を応援する。ワルモノ役が、ずるしたり、騙したりするシーンでは、ブーイングがすごすぎてお芝居が進められないぐらいのときもあるのだ。
主人公が危ないめにあいそうなときは、「あいつが後ろに隠れてるよー!!」「にげてーーー!!」など、大声で危険を知らせてくれる。
でもたまにワルモノ役を応援してくる子もいるので、毎回反応が楽しみなのだ。
旅公演の日々
北海道から沖縄まで、上演依頼があればどこでも行くので、旅人となって全国各地を巡る。旅公演の繁忙期は全然家に帰らないので、家賃払っている意味あるのか……?と思うときもある。
10年以上劇団にいる先輩は、47都道府県を全国制覇したと言っていた。なんなら離島も行けるし、たまに海外にも行く。
ほとんどの場所を車で行き、海を渡るときはフェリーに乗る。交代しながら15時間運転したりすることもあるので、8時間ぐらいで着く範囲(大阪とか)は割と近いじゃん!という感覚だった。
劇団のメンバーとは四六時中一緒にいるので、だんだんと話すことが無くなっていく。一緒にいる時間が10時間を越えると、大体天気と税金の話しかしなくなり、やがて無言になる。
車内が静かだと運転中眠くなるので、自分が運転する番のときは小さく歌いながら運転していた。
稽古、訓練について
演技中はバレエシューズをはくのが基本的なスタイル。
新作だと、まず台本読みから始まる。
結構衝撃を受けたが、とにかくやるしかない。日常で奇声を発したことのなかった私は、この日から家で練習する日々が始まった。
習い事いろいろ
役で必要になったら、習い事をさせてもらえる。(バレエ、三味線、地唄、獅子舞、南京玉すだれ、など)
普段習い事でやらないようなことが習えるので、そういう役につけると嬉しかった。
人形劇の中でも、お人形を持たず、人間として役につくこともある。
このお芝居では、妻役(私)は人間で、夫役は人形だった。人間で出るときはかなり緊張して、初演の前日はあまり眠れなかった。
美術、衣装、音楽など
劇団によって、役者と美術班が別れているところもあるが、私のいた劇団は特に別れておらず、人形、大道具、小道具、衣装、音楽など、なんでも自分達で作っていた。
大量の帽子は客席の子にかぶってもらい、お芝居に参加してもらうという演出だったが、1回でお蔵入りとなった。苦労してつくったものが売れる作品になるとは限らないのだ。
細かいデザイン画を渡されて作るわけじゃなく、「なんかピエロっぽい感じで」とか、「今回は森の妖精っぽくして」とか、かなりふわっとしたイメージで言われるだけだったので、わりと自由につくっていた。
小道具に関しては、「傘を使っておならを表現したい」とか、日常では絶対に作ることのないようなものを注文されるので、大変だったけどなかなか作りがいがあった。
でもやっぱり一番楽しいのはお人形作りである。
人形を作るたびに思うのだが、正直、物としては綿や発砲スチロールを布で包んでいる物質に過ぎない。
でも、人形つかいがそれを動かすと、応援したくなったり、嫌いになったり、声をかけたくなったりするというのが、すごいことだと思うのだ。
血の通わない物質から、温もりのある存在に変わる瞬間にいつもワクワクする。
それが、私が人形劇を好きな1番の理由である。
衣装っぽい私服
本当に良くないのだが、私は何回か衣装を忘れたことがあり、そのときは急遽私服をアレンジして着た。それ以降、衣装を忘れることの恐怖心から、普段から衣装っぽい服を私服にするようになった。
私は3年前に劇団を退団しており、今は上演はせず、人形や舞台デザインなどの美術を作っている。
もう上演しないのだから、衣装っぽい服を私服にしなくてもいいのだが、未だに衣装っぽい服を選んで着ている。
あと未だに左腕だけムキムキである。