SKY-HIらが挑む「日本のエンタメに求められる抜本的アップデート」とは――BE:FIRSTのミュージックビデオに見る、stuによる映像制作の新たな試みも明らかに

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株式会社BMSG代表取締役CEOの“SKY-HI”日高光啓氏

 ソーシャルデザインをテーマにした東京・渋谷の都市フェス「SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2022(SIW2022)」が11月8日~13日に開催された。11月11日には、SIW2022のパートナーである株式会社stuのスペシャルセッションが行われ、第3部「日本のエンタメに求められる抜本的アップデート」と題して、株式会社BMSGの代表取締役CEOを務める「SKY-HI」こと日高光啓氏が登壇。世界展開を視野に入れたエンタメ業界の今後について語った。

 日高氏は、男女混合のパフォーマンスグループ「AAA」のメンバーであり、「SKY-HI」名義のラッパーとしても活躍するアーティストだ。2020年にはラッパーのNovel Coreを迎え、音楽事務所としてBMSGを設立。同年末には自ら1億円以上を投資してボーイズグループの発掘オーディション「THE FIRST」を開催して話題を集めた。このオーディションから生まれた「BE:FIRST」はデビュー曲「Gifted」でBillboard Japanの1位を獲得、その後も3大音楽フェスへの出演や、デビューから1年余りで紅白出場を決めるなど、快進撃を続けている。

 スペシャルセッションを主催したstuは、「AI 美空ひばり」「バーチャル渋谷のライブハウス」といった5G/メタバースなどの空間・コンテンツ演出を手掛ける企業。近年では映像制作にも注力しており、BMSGのミュージックビデオ制作を手掛けている関係だ。

 今回のスペシャルセッションには、日高氏に加えて、stuのCEOである黒田貴泰氏、同じくCOOのローレン・ローズ・コーカー氏、脚本家の田中眞一氏、SIW2022を主催する一般社団法人渋谷未来デザイン理事・事務局長の長田新子氏が登壇。黒田氏がモデレーターを務めながら、世界を視野に入れた日本のエンタメ業界の課題や今後について議論を交わした。なお、同セッションはYouTubeでアーカイブを視聴できる。

(向かって左から)一般社団法人渋谷未来デザイン理事・事務局長の長田新子氏、株式会社stu CEOの黒田貴泰氏、「SKY-HI」こと日高光啓氏、脚本家の田中眞一氏、株式会社stu COOのローレン・ローズ・コーカー氏

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日本のエンタメに求められる抜本的アップデート|SKY-HI/田中眞一/黒田貴泰/ローレン・ローズ・コーカー/長田新子|SIW2022アーカイブ

日本のエンタメは「世界で戦う意識」が重要。国内需要だけではパイは縮小する一方

 セッションの前半は、世界やアジアにおける日本のエンタメ業界の課題からスタート。黒田氏は「自身の主観も含めて」と断ったうえで、アジアエンターテインメントの大きな流れとして、アメリカを拠点として活躍するアジア系アーティストのレーベル「88rising」、そして「K-POP」「韓国ドラマ」「台湾ドラマ」「日本アニメ」の5つを挙げた。

アジアエンターテインメントの潮流

 日本はアニメの分野では潮流に乗っているものの、黒田氏によれば「日本アニメは競争相手がいないというメリットが強い」という。一方で音楽やドラマは韓国や台湾などの競合も多く、「戦っていかないと面が取れない世界で、この領域を取りに行くという意志のある人たちで進んでいかなければいけない」との考えを示した。

株式会社stu CEOの黒田貴泰氏

 続いて黒田氏は、日本の貿易収入の推移を示したグラフを示しながら「日本の産業が輸出されているときにコンテンツも一緒に国外へ出て行ったのでは」と分析。2006年以降は貿易収支がどんどん赤字になっており、「コンテンツは黙っていても出て行く状況ではなく、自分たちで攻めていかなければいけない状況にあるが、そもそも国外へ売りに行くという文化や意志が存在しておらず、ファイティングポーズを取るところからという時点でビハインドがある」と危機感を示した。

日本の貿易収入の推移

 長田氏の「日本は市場が大きいから国外に出る必要はないという意見もあるが」との投げ掛けに対して、日高氏は「そうやって真綿で首を絞められてきたのがエンターテインメント産業だと思っている」と指摘。

一般社団法人渋谷未来デザイン理事・事務局長の長田新子氏

 さらに日高氏は「これは鶏と卵の問題で、例えばK-POPを好きになった人が韓国製の電化製品を買ったり、強いては韓国という国を好きになったりという状況が起こりうるのがエンターテインメントの強さ。実際にアジアのさまざまな国でK-POPアイドルが宣伝している電化製品で埋め尽くされていたりもする」と現状を分析。「国内の需要だけで済ませているとパイは縮小する一方で、売上がないから予算がなくて良いものを作れず、ファンが増えないという状況になる。そうなるとアーティストを目指す人や、エンターテインメントの仕事に就きたいという人も減ってしまうので、内需にこだわるのはとても危ない思考だと感じている」と語った。

「システム化された日本の業界構造」を変えるために――SKY-HIが語った「BMSG」設立の経緯

 アジアエンターテインメントの流れとして挙げられた5つのうち、韓国は「K-POP」「韓国ドラマ」の2つが挙げられており、エンタメ産業での韓国の強さがうかがえる。黒田氏が紹介した韓国コンテンツの輸出総額というデータによれば、2009年には31億円だった韓国が10年間で640億円にまで伸びた一方、日本のコンテンツ輸出総額は60億円程度だという。

韓国コンテンツの輸出総額

 「2009年ごろは日本の輸出総額のほうが大きかったが、10年で2倍程度の伸びだった」と補足した黒田氏は、「2倍という伸び率はまだまだ小さく、危機感を抱く必要がある」との考えを示し、日本の市場が大きいという考え方についても「グローバルの市場規模は10倍近く大きい。その市場に挑んでいくためのコンディションや意識の立て方はやはり違ってくるだろう」とした。

日本とグローバルの市場比較

 これを受けて日高氏は日本の業界構造について「日本の芸能従事者やスタッフも当然、危機感は感じている」と断ったうえで、「CDバブルの時代が強すぎて、何千何万という規模の人数での体制がしっかりとできあがってしまっている」との課題を指摘。「日本のアーティストのほとんどがCD売上から逆算してミュージックビデオの予算を立てている」とし、「大型船(既存の会社)では目の前に氷山が見えているけど曲がりきれないところを、小型船(スタートアップ)ならスイスイいけるから新しく船を作った」と、BMSG設立の経緯を語った。

 「(BMSGを立ち上げて)業界の反応はどうだったのか」と長田氏が尋ねると、日高氏は「起業当時はある程度の反感は買うと思っていたが、蓋を開けたら真逆だった」と言う。「大きな芸能事務所やレコード会社が積極的に協力したいと言ってくださるケースがほとんどで、(業界を変えたいと)会社の代表として発信することは大事な役割だと思った。」(日高氏)

「放送枠ありきの日本」と「クオリティ重視のハリウッド」――異なる2つの映像制プロセスの差分とは

 一方、「音楽よりさらに危ないのでは」と黒田氏が示したのが映像市場だ。「国内の映画興行ランキングが邦画のみでトップ10が占められており、競争しなくていい市場ができあがっている」と課題感を示した黒田氏は、「日高さんが言ったとおり、映像市場はドラマを見てファッションや食や音楽に興味を持つというトリクルダウンの源泉にあるもので、デジタルコピーで世界中に波及できるプラットフォームがある中で、映像市場が育っていかないのはいろんな文化にマイナスの波及効果があると思っている」とコメント。一方で「逆にここがチャンスかもしれない」との考えから、今年の初めごろから映像制作に注力するという方針に至ったという。

 映像制作を本格化するにあたって黒田氏が研究したのは海外の映画制作、中でもハリウッドだ。「アカデミー賞を取ったりイカゲームみたいな作品を作ったりしている韓国が何をやったかと言えば、まずハリウッドをお手本にして研究したのだと思う」とした黒田氏は「われわれもハリウッドとの差分が何なのかをきちんと勉強する必要があるだろう」とし、これを受けてローレン氏がハリウッド式の映像制作について解説した。

株式会社stu COOのローレン・ローズ・コーカー氏

 ローレン氏によれば、映像制作における日本とハリウッドは制作工程の比重にあるという。「日本ではテレビ局などの放送枠が決まっていて、それに対して企画やコンテ、脚本を書いて撮影、編集と進んでいく。

日本は、放送枠が先に決まっている「インテグラル型」

 一方、ハリウッドは「あらかじめ企画やプロットがあり、サンプル映像まで作ってから制作に進むかを決定するグリーンライト(制作決定)が出てから事業自体が組成される」(ローレン氏)。

ハリウッドは、グリーンライトが出てから事業が組成される「モジュール型」

 ニューヨークの映画学部のある大学で学んだという田中氏も「2000年くらいにはこのやり方が確立されていて、まずはパイロット版を作ってから映画祭や制作会社に持ち込むといったやり方が学生レベルから浸透していた」と補足。黒田氏も「プリプロダクション(映像制作前の準備)に時間を使うことで、何を作るのか、それが本当に面白いのか、それをどのように届けたいのかを徹底的に考え尽くすことが重要」と評価した。

脚本家の田中眞一氏

 さらに黒田氏は、アメリカでは放送局やプラットフォームがコンテンツを作ってはいけないという法律に対して、Netflixのようなプラットフォームがコンテンツを制作していることが議論になっているという事例を紹介。「競争のためのルールを国が持っているのがすごい。作業を守るために法律を作るということを日本人的にはあり得ないと思ってしまうが、そうやって育つ環境を作ってもらえるのはうらやましい」とし、「今回の僕たちのセッションを行政の人にも聞いて欲しいというのも目的の1つだ」と語った。

BE:FIRSTらのミュージックビデオに取り入れた映像制作の新たな試み――制作データとともに解説

 セッションの後半は、stuが手掛けたBE:FIRSTのミュージックビデオを事例としながら、コンテンツ制作のあり方について語られた。

 黒田氏は一般的なミュージックビデオの制作費の事例を紹介し、「一般的な制作費は100万円から500万円くらいだが、ここから次の金額にジャンプアップするときに難しくなる」とコメント。日高氏も「長い期間芸能に関わってさまざまな作品に携わる中で、この予算があるならもう少しお金のかけどころはあったのではないか、という問題意識はあった」と共感を示した。

映像制作の費用と作品規模

 黒田氏は「われわれはもともと技術開発から出てきた会社なので、(映像制作の)プロジェクトをこなすごとに資産として積み上がるべきだと考えた」とし、stuとして手掛けたBMSGのミュージックビデオ4作品と、それぞれのカット数や撮影時間、撮影日数などを一覧化したデータを紹介。こうしたデータを振り返ることで「われわれがやっていることが正しい努力なのかをきちんと見直すことが重要」なのだという。

stuが手掛けたBMSGのミュージックビデオとその制作データ

 資料によると「Scream」は稼働日数に対してカット数が多いが、これはスタジオと監督を複数立てることで生産性を上げる取り組みだという。日高氏は「K-POPのミュージックビデオのクレジットを見ていると、知らない役職や監督がいるというのが分かった」とコメント。黒田氏が「実際にやってみるとその人数がいないとカット数が量産できない」と補足した。

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BE:FIRST / Scream -Music Video-

 一方、「New Chapter」は、BE:FIRSTを含むBMSG所属アーティストや研修生に加えて日高氏もSKY-HIとして出演しており、総勢15名が登場するミュージックビデオだ。こちらも撮影時の新たな取り組みとして、撮影現場で一切プレビューを行わなかったという。黒田氏は、ミュージックビデオの監督を務めた柿本ケンサク氏を「捨てカットが1つもなかったのがすごい」と評価。日高氏も「15名もいるので撮影の行程を組むだけでも大変で、少しでも遅れたら全てがだめになりかねないところを、柿本さんの英断に助けられて高クオリティの高い効率を図れた」と評価した。

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BMSG ALLSTARS / New Chapter

 「Message」は、プリプロ期間が最も長い作品。これは、脚本を担当した田中氏が出演者それぞれのドラマを個別に書き起こしたためだという。「自分では1本のドラマや映画を脚本として起こした感じです」(田中氏)。

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BE:FIRST / Message -Music Video-

 また、黒田氏が「日高さんは原案を作るのが異常に速い」と語ると、日高氏は「これは(出演者への)愛情に他ならない」と回答。「この人はこの曲でこういう人間である、というのはマネジメントやプロデューサーが一番やるべき仕事で、日頃からそういうことを考えて楽曲を作っていると、音楽制作以外の場面でもその考えを共有しやすいというのは副次的な効果としてある」と語った。

 こうした撮影の情報やノウハウを公開することは「ある意味で競争相手にも有益な情報で、敵に塩を送るような行為なのかもしれない」(日高氏)。だが、「競争が起らないとクオリティの意識の根本的な向上やシステムの更新は行われない」(日高氏)と、こうしたデータの公開に前向きな姿勢を見せた。

 ミュージックビデオの撮影には、ロボットによるカメラワークや、演出や撮影、振り付けで監督の機能を分解するといった新しい試みも取り入れられている。黒田氏は「こうした計算できないことをどんどん取り込んでいこうと言ってもらえる建設的な現場になっている」とコメント。日高氏は「BMSGは自分の音楽活動のために独立したというよりは会社を経営して大きくしたい、そしてエンターテインメントのシステム自体を変えたいという思いがあったので、こういう形で一緒にできた」とし、「もっと小さい規模の会社や個人事務所までこの考え方が浸透していくと変わっていくのでは」と期待を示した。

映像制作にさまざまな新しい試みを取り入れている

 さらに黒田氏は新たな映像制作の形として「ライターズルーム」という取り組みを紹介。これは複数の脚本家が集まって1つの脚本を作り上げていく方式で、田中氏もアメリカのドラマに日本の脚本家として参加した実績を持ち、stuのライターズルームも担当しているという。「アメリカのドラマだと多いところで20人、30人の脚本家がいると聞いている。今は協業するのは当たり前で、単純に多人数の才能を結集して作り上げるのは面白いに決まっている」(田中氏)。

「ライターズルーム」の脚本制作フロー

「ライターズルーム」のイメージ

 複数人で1つの作品を作り上げるというスタイルは、脚本だけでなく、音楽やコレオグラフ(振り付け)の世界でも主流になりつつある。日高氏は「韓国ではコレオグラフのコンペに参加した時点でギャランティを支払っているのがすごいところ」とし、「一方でお金をもらっても自分の振り付けが採用されないこともあるが、それは振付師としては非常にプライドに傷が付くから彼らも命がけ。結果としてK-POPのコレオグラフにおける地位は格段に上昇しており、やはり競争は大事だなと言う一例だと思っている」とした。

「形骸化・ガラパゴス化した日本のエンタメ」それを覆せるのも今!

 こうしたエンターテインメント業界の動きに対してローレン氏はマッキンゼー・アンド・カンパニーのレポートを紹介し、「エンターテインメントにおける文化的背景の多様化が進んでおり、2030年にはコンテンツ市場に国境がなくなっている」という調査を紹介。「韓国とかはすでに動いているが、日本もいろいろやればチャンスだと思っている」と期待を示した。

マッキンゼー・アンド・カンパニーのレポート

 セッションの最後に田中氏は「われわれはモノを作るからには世界の人々に届けたいというくらいの気概でやらないとガラパゴス化で置いてかれてしまうという危機感はある」としたうえで、「stuさんや日高さんたちのやり方がとても刺激になっていて、一緒に新しいものを作りたいと思っている」とコメント。

 日高氏も「日本のエンターテインメントはシステムの形骸化とかガラパゴス化とか前向きではないことの方が多いという話があったが、それを覆せる状況ができているのも今なので、前向きに楽しめる時代」としたうえで、冒頭のアジアエンターテインメントの事例に触れながら「世界でアジア人のプレゼンスが上昇しているのは間違いなく、本気で世界で通用するものを作りたい、それが可能な時代に生まれたことを心からうれしく思っている」と期待を寄せた。

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