114年前の伊東の観光本を見つけた。シャボテン公園や伊東マリンタウン(道の駅)がなかったころの伊東は何を売りにしていたのだろう。よし、行って確かめてみよう。
実際に回ってみたところ、とんでもない迫力の場所に行けたり昔の温泉に思いをはせたり異世界へ続くような道を歩いたりとなかなかな体験ができた。
※引用した文章は読みやすいように一部変更しているところがあります。ご了承ください。
114年前に書かれた本
ある日、『伊豆新誌』という本を見つけた。
発行は明治41年(1908年)。114年前か。夏目漱石の小説が話題をかっさらい、日清・日露戦争を経て日本の軍隊が強化されていった時期だ。
めくっていると、伊東のページで目が止まった。
「最もよい」とはすごい自信だ。生きていてここまで強く言い切ることってなかなかないんじゃないか。
さらに『伊豆新誌』を読み進む。次々出てくる知らない名所たち。しかも「オススメ10選!」みたいな観光サイトにのってない場所ばかりだ。足がうずうずしてきた。
よし、伊東に行って名所を全部回ってみよう。
今回は、その中から特におもしろかった7か所を紹介します。
足が震える海の名所(①噴潮岩)
最初に紹介するのは海の名所だ。本の説明はこうだ。
「1丈≒3.03メートル」なので、2階建ての家ぐらいの高さまで噴き出るってことか。「誠に面白い光景」、ぜひ見てみたい。はたして今も残っているだろうか。
本に書いてあるとおり、満潮の時間を待ってから現地へ向かった。
目的地の近くに到着すると、すぐに手がかりが顔を見せてくれた。
写真奥の道を進み海へ下っていく。
もうすぐ明治と同じ景色に出会える。自然と足の動きが早くなる。
視界が開けた。海岸だ。
「ドドーンドーン」
満潮だけに波が近い。下の岸壁にぶつかり、砕け、白いしぶきが舞っていく。カーブを曲がる。
思わず足が止まった。
ちょうど目の前の道が波でおおわれていった。
(やめとく?)
自分に聞いてみた。
(人がいるから大丈夫だよ)
返事が返ってきた。
たしかに目を上げた先に三人いる。どうやら釣りをしているらしい。
よし、進もう。波が引くところを待ち、足を滑らない最大の速度で釣り人の場所まで駆け抜ける。
心拍数が限界の速度で走ったときと同じになっている。「こんにちは! 汐吹岩ってどこですか?」
釣り人に急ぎ質問する。波しぶきが飛んでくる。長居したくない。
彼らが指さす先にあったのは――
高さは5メートルを超えるだろうか。クジラ顔負けの潮吹きがそこにあった。あきらめず来ておいて良かった。明治時代の名所、やるじゃん。
再び波の合間をぬって道を戻る。
まるで新大陸を見つけたような達成感が残り、クラゲのように力が抜けた。
そしてカメラのケースとレンズキャップがなくなっていたことに気づいた。
落としても気づかないなんて、どれだけ余裕がなかったんだ自分。
汐吹岩、明治時代の人も怖がりながら歓声を上げていたのだろうか。また見たい。でも次行くときは満潮よりも少し水位低めのタイミングにしよう。
伊東で有名な歴史は「源頼朝の女遊び」?(②音無明神、③日暮森)
観光地の定番の一つ、それが「歴史巡り」だ。本を読むと、伊東は源頼朝ゆかりの地らしい。
頼朝といえば「いい国作ろう鎌倉幕府」のイメージだ。ではなぜ伊豆の伊東にいたのか。
話は武士が生まれた平安時代末期にさかのぼる。当時、平氏と源氏が激しい争いをくり広げていた。
その戦いを制したのは平氏。
敗北した源氏の勢力は捕らえられ処刑や追放されていく。その中で源頼朝は伊東へ「流刑」を命じられる。
20年もの間を伊東ですごしていた頼朝。彼は流された地で何をしていたんだろう。
新しい時代を作った歴史人物だ。きっと伊東で運命的な出会いをして再起を計るみたいな少年マンガ顔負けのエピソードがあるに違いない!
ページをめくった先に書かれていたのは、
「女遊び」だった……。そういう運命の出会いなんかい。今と価値観が違うとはいえ、これでは少年マンガじゃなくて昼ドラだ。逆に気になってきたぞ。
いざ音無明神へ向かおう。
思わず背筋が木と同じ角度に伸びた。と、同時に沸いてきたのは「さすが頼朝、メンタルが強い」という感情だ。こんな場所で密会か。しかも相手はここ伊東を修めていた武将の娘だったらしい。
もし僕だったらこんな厳かな場所で後ろめたいことをしようなんてこと、とてもできない。読書感想文みたいな言葉が出てしまった。
さて、お参りしよう。本殿に向かい賽銭を投げ、頭を下げて拍を打つ。
目を閉じながら思い出したことがあった。そういえば、音無神社のページにはもう一つ気になることが書いてあった。それが「尻摘祭」というお祭りだ。
明治の人をして「感心のできない慣習」と言わしめた、尻をつねって酒を回す怪しげなお祭りか。変化が激しい現代に生き残っているのだろうか。
目を開ける。頭を上げる。そのまま気をつけの姿勢で思わず固まった。
堂々と残っているんかい。
調べてみると、今は尻相撲大会を楽しむお祭りになっているようだ。柔軟に形を変えて時代を生き延びていた。
明治とは違うけど伝統を継いでいく、そんな姿にお尻がちょっとキュッとした。
古い温泉の痕跡を探せ!
伊東を語る上で外せないのは「温泉」だ。伊東駅から歩くと、至るところに温泉が顔をのぞかせてくれる。レストランの数よりも温泉が多いんじゃないかってぐらい。
では、114年前の温泉事情はどうだったのだろう。
ほほう。「至る所にある」ってまるでコンビニみたいな書きかただ。ちょっとお菓子を買いに行く感覚で温泉に行ってたのだろうか。伊東ならあり得る。
三つの温泉地の痕跡を探そう(④猪戸温泉、⑤出来湯、⑥和田温泉)
さてさて、今回の目的に戻ろう。明治時代の本には、伊東の温泉地についてどう書かれているだろう。
ほほう。温泉の名前がのってる。よし、今回は三つの温泉地の面影が残っているか探してみよう。
まずは出来湯だ。伊東駅からすぐ、歩いて1分のところで足が止まった。小さな神社に見覚えのある文字がある。
気になったのが謎に馬を推してるところだ。看板に馬の絵があるし「お馬の湯」とまで書かれている。
人が入る温泉として本に紹介されていたはずだけど。
答えは境内にある看板にあった。
明治時代の伊東では、人だけでなく家畜までが湯あみを楽しんでいたのだ。仕事後のひと風呂、うらやましい。
次は猪戸温泉を探そう。駅から離れ、少し広い道を歩いていると気になる像を見つけた。
「猪戸」の由来はやはりイノシシがからんでいるようだ。
また動物だ。この流れ、さっきあった。展開が見えてきたぞ。
イノシシ、やっぱり湯あみしてた。なんなら人よりも先にイノシシが温泉に入っていた。人、家畜、そしてとうとう野生動物まで来たか。
さて、あとは和田温泉だ。こちらもすぐに見つかった。
看板を見ると「和田の大湯」「和田寿老神の湯」ととにかく強そうな文字が並んでいる。
伊東の温泉をたどったら、とうとう神様(寿老神)まで現れた。
参りました。かつての伊東の町には、今と変わらず温泉とともに生きている人々、そして動物の姿もあった。そんな時代があったのだ。
異世界につながっていそうな寺へ登る(⑦佛現寺)
観光の楽しさの一つといえば景色だ。幸い、伊東にもいい景観のスポットがあるらしい。
広い敷地に良い景色は観光の定番だけど、どうもここは観光っぽい場所ではなさそうだ。だからこそ昔と同じ雰囲気を味わえるかもしれない。
天気が悪くなってきた。
雨が地面を打つ音だけが響く。霧で視界がかすれていく。
住宅地が遠ざかっていく。
地面が湿っていく。苔が鮮やかになっていく。
傘をさして階段を登っていて心に浮かんだ風景があった。「羅生門」だ。ちょうど今みたいに土砂降りの雨の中、下人が雨宿りをしていたんだっけ。
と、階段が途切れた。顔を上げる。
目の前に現れたのは物語と同じで門だった。羅生門ほど大きくはないけど。
背中がぞわぞわっとした。物語と現実の境界があいまいになっていく。こういう非日常を味わえる場所が好きだ。
さて、まだ道は続いている。
門をくぐった先にはまだ階段が続いていた。
何段登ったのだろう。足が重くなってくる。ようやく最後の一段に右足をかけた。
昔の世界にタイムトリップしてしまうような、そんないい参道だった。でも何か忘れているような。
そうだ、ここに来た一番の目的を思い出そう。
「すこぶる広大」な敷地は満喫できた。あとは「眺望」だ。
当時よりもはるかに人口が増えている伊東の町で、今でも景色を見ることができるのだろうか。「富士見と地名がついてるけど富士山が見えない場所」みたいになってないといいが。
ぐるぐる見渡すと、敷地のへりにちょうど街が見えそうな場所があった。
へりの柵につかまる。思わず身を乗り出した。
伊豆の険しい山々、狭い平地を精いっぱい使って立ち並ぶ伊東の町並み、そして大迫力を見せつけてくれた海。全部が一望できる。
多くの人にとっては普通の街並みに見えるかもしれない。でも、明治の本を使って歩いた今なら、この中に歴史が眠っていて楽しいスポットがあることを知っている。そんな観光の締めにはこの場所がぴったりだ。息を吸うと土と潮の匂いがした。
伊東、いいぞ
明治時代の本でやってみた伊東の観光は、普段の観光よりもはるかに地味だけど静かな楽しみにあふれたものだった。
自然の力におののいたり、頼朝にツッコミを入れたり、温泉地の面影をたどったり。
今回まわったスポットの多くは、現在の観光地図にのっていない場所だった。でも、当時と変わらない姿で出迎えてくれた。こんな古い本を使ってここまで楽しめるとは嬉しい誤算だ。
今ならタイムスリップしても観光の話で伊東の人と盛り上がれる自信がある。また別の場所でやってみたい。
(おまけ)
今回紹介できなかったところでも、「天狗が書いたとされる文書」や「悲劇の明主・伊東祐親ゆかりの地」など見どころはまだまだある。伊東の観光、オススメです。