今やどこのスーパーでも見かけるシャインマスカット。大体はフルーツコーナーの中でも目立つ位置を陣取っており、果物界のアイドルと言っても過言ではない。だが、40歳にしてそんなシャインマスカットを一度も食べたことがない人物がいるという。
マジかよ……? さらに言うと、その人物はグルメライターを名乗っているらしい。バ、バカな! 自殺行為ではないか。裸で戦場を歩くようなその無謀者はどこのどいつなんだ!?
驚くべきことに私(中澤)である。実は、私の家では、物心ついた頃から夏の朝食と言えばブドウだった。おそらく、死んだばあちゃんが栄養バランスなどを考えて出してくれていたのだと思う。
が、当時、朝食いらない派だった私。「ちゃんと食べろ」と怒られながら、行う皮剥いたり種とったりの作業が面倒くさすぎてブドウ全般が嫌いになったのであった。愛ゆえに、人は苦しまねばならぬ。
というわけで、自分でブドウを買ったことがない。シャインマスカットも外見しか知らない。あの黄緑のヤツでしょ?
・先輩記者、衝撃
ナチュラルにそう育ってきたため、自分ではシャインマスカットを食べたことがないというのが特に珍しいことだとも思わない。むしろ、あえてシャインマスカットを食べる人って丁寧な暮らしをしていると思う。
だが、ある日、そんな話を先輩記者のP.K.サンジュンにしたところ驚愕されてしまった。「えッ、シャインマスカット食べたことない人なんかいるの!?」と。
どうやら、P.K.サンジュン的には信じられないことらしい。その場にいた編集部メンバーも食べたことがない人はいないという。なんてこった……。貴族以外にもそこまで取引されているブツだったとは。
・匂う
しかし、黄緑で少し実が大きめなだけなのに、なぜにこれほど人心を惑わすのか。もはや、私が食べたことがないというのが非常識なことは認めるが、みんなはみんなで食べすぎじゃね? 言うてただのブドウだぞ。
その人気に不自然さを感じずにはいられない。何か匂う。ジャーナリストとしてこの違和感を放っておくわけにはいかない。そこでスーパーへと急行した。
・えッ
我が世の春とでも言わんばかりの顔で並ぶシャインマスカット。クククッ、貴様の命運も今日までよ。その化けの皮剥いでくれるわ。と、その時、ポップに衝撃的な文言が書かれていることに気づいた。えッ、シャインマスカットって……
皮ごと食べられるの!?
いやいや。いやいやいや。そんなブドウがあってたまるか。面倒くさくて何度か皮ごと食べたことがある私は知っている。ブドウの皮って渋いもんなんだぜ? おそらく、一応、消化上は皮を食べても問題はないですよって程度で、やっぱり渋みはあるに違いない。
・嘘だろ
だとしたら、あの説明はふかしすぎだ。あたかも、皮に独自の旨みがあってメインの実の一部となっているようではないか。やれやれ、私は実を食べた。
ガチやん……!!
パリッと割れるような薄皮に渋みはない。むしろ、そこから弾けるようにあふれ出す果汁で口いっぱいに甘さが広がった。まるでブドウ爆弾である。
そんな豊潤な甘みはシャクッとした皮の食感と合わさると、爽やかかつ上品な後味に変わった。飲み下したところでもう1つ食べたくなる。止まらねェェェエエエ!
・もはや怖い
と、ここで私は異変に気付いた。何かおかしい。いくら皮が食べられるからと言って、マスカットはこんなにパクパクといけるものではなかったはずだ。シャインマスカットには、本来果物にあるべきアレがないのである。そう……
種がない。
正気か? 食べることのみに特化しすぎてもはや怖い。ブドウを超越した食べやすさに、とどまることを知らない人の欲望を見ているかのようだ。品種改良恐るべし。
というわけで、化けの皮まで美味しくいただけたシャインマスカット。悲しいかな、大人になった私はおびえてしまったわけだが、もっと無邪気だった子供の頃、これの味を知っていればブドウがトラウマになることもなかっただろう。30年前から世界は間違いなく前に進んでいる。そんな進歩を実感した味であった。
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.