前日銀副総裁が回顧録で異次元緩和の出口論の私案

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異形の政策に苦悩が滲む

黒田東彦氏と中曾宏氏は13年2月、日銀の正副総裁に就任し、アベノミクス・異次元金融緩和政策を推進しました。中曾氏は18年3月、5年の任期が切れて退任しました。同氏による回顧録「最後の防衛線/危機と日本銀行」(日経出版)が出版されました。

Manakin/iStock

バブル崩壊(1990)後の金融危機対策から書き始め、異次元金融緩和の出口論に至る700頁もの大著です。難しい金融政策論を達意の文章で優しく説明しており、日銀マンの教科書にもなりうると思います。政治家にとっても、金融、政策の限界を知るうえで、有益な著書です。

作家の井上ひさしが「難しいことをやさしく、やさしいことを深く・・」という名言を残しています。それに従えば、この本は「やさしく」書かれていて、中曾氏の心象風景も随所で書き込まれ、人柄もしのばれる。

では「やさしいことを深く」となると、不十分な叙述に終わっています。副総裁という立場では、安倍・黒田ラインが敷いたアベノミクス・異次元緩和政策に苦悩しながらも、執行部隊として反対するわけにもいかず、異次元緩和政策の評価という肝心な論点はぼかしています。

中曾宏 日本銀行HPより

印象的な場面は、黒田総裁が就任直後の13年3月、本店の大会議室に職員を集めた就任挨拶です。「日銀は岐路に立たされている。日本経済は15年続きのデフレに悩まされている。物価の安定の実現(デフレ脱却)は中央銀行としての日銀の責務だ。世界中で15年もデフレが続いている国はひとつもない。現行日銀法の施行(98年)以来、主たる使命を果たしてこなかった」。

そこまで言われると、「会場は静まり返り、空気が凍りついたのを感じた」と、中曾氏は描写しています。黒田氏は総裁就任9年になります。総裁職が自分に回ってきてもう9年、異次元緩和の幕は未だに引けない。就任挨拶で啖呵を切った黒田氏は今、何をどう感じているのだろうか。

黒田氏は、政策転換を始めた欧米とは真逆の手法を維持するとしている。消費者物価は5月、2.1%上がり、生鮮食品を含めると2.5%に達した。金融政策の効果ではなく、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵略という感染症と地政学的な異変により、「2%目標」は達成されてしまった。

異常なほど膨張させた金融政策、1000兆円を超した拡張的な財政政策を焼く10年続けても、日本経済は低迷しています。金融・財政政策でデフレ体質の転換を図ろうとしたこと自体が誤りではなかったのか。この著書も「やさしいこと(いまだに続く経済停滞)を深く」という点での掘り下げ方が足りないと思います。

もっともアベノミクスは第三の矢として成長戦略を掲げています。安倍氏は16年9月、訪問先のニューヨークでの公演で「私はドリルの刃を研ぎ澄ましている。日本経済の構造を変えるために、ドリルの刃は高速回転中です」と、強調しました。これも啖呵を切るの類です。

中曾氏は「安倍氏は構造改革を阻む岩盤に挑む姿勢を示した。第三の矢による強力な援護射撃が活路を開くこと願っていた」と、心情を吐露します。安倍氏の「ドリルの刃」は高速回転するどころか、圧力を簡単にかけやすい金融緩和と、それとセットになった財政拡張にもっぱら頼ったのです。

「やさしいことを深く」という意味では、主要国の中でも群を抜く財政膨張、異次元緩和を早く正常化しないと、産業・企業が死に物狂いになって活路を見出そうとしない。中曾氏にはそう主張してほしかった。

最終章の「金融政策の今後」で、「いつか迎えるであろう大規模な緩和からの正常化という点では、米国の金融政策の過程が参考になる」とし、出口論を語っています。

「米FRB(中央銀行)は、21年11月から資産買入額を縮小(資金供給の削減)を開始し、金融政策の正常化に向けて歩み始めた。出口政策が市場の憶測を呼び、混乱を招くことを回避するため、基本的な考え方を整理した『金融政策の正常化の原則と計画』を発表した」と。

さらに中曾氏は「実際の利上げ開始は一年以上後だったので、入念な準備作業の一環として策定したと考えられる」と述べ、周到な事前準備と具体的な手法の明示が必要であることを強調しています。日本の政策当事者は「注視している」「懸念している」「適切に対処する」を繰り返すばかりです。日米の政策対応に大きな差があることを痛感します。

「主要国は危機対応のために『帰らざる河』を既に渡った」と。『帰らざる河』は「流れが激しいため帰還者がいない」河です。だから「ニューノーマル(正常化)への移行過程は長い時間をかけたものになる」と。主要国の中でも、日本の対応はケタが違います。懸念、注視を連呼するより、具体的な手法をどう考えていくのかを隠さずに示すことです。

中曾氏は「正常化の前後では、日銀の収益の振幅が大きくなる。『債券取引損失引当金』で対応することも必要だ」と説明します。この『引当金』制度は2015年10月に、「いずれ出口に向かう時に備えて日銀の財務体質を強化することを目的として措置だった。あまり注目されなかった」と。

それからもう数年も経つ。「出口どころではない」という政権側の声に、「出口論」は否定されたり、かき消されたりです。安倍元首相は「日銀は政府の子会社」と大声を上げ、国債膨張は気にするなと圧力をかけています。この回顧録を安倍氏は熟読してほしい。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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