2020年に始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックがなかなか収束の兆しを見せず、さらに2022年2月からはロシアによるウクライナ侵攻で多くの人が犠牲になったり避難を余儀なくされたりしています。こうした悲惨な出来事に関するニュースを読み続けてしまう「ドゥームスクローリング(Doomscrolling)」について、専門家が解説しました。
Ukraine doomscrolling can harm your cognition as well as your mood – here’s what to do about it
https://theconversation.com/ukraine-doomscrolling-can-harm-your-cognition-as-well-as-your-mood-heres-what-to-do-about-it-178923
非営利の学術系メディア・The Conversationに記事を寄稿したケンブリッジ大学臨床神経心理学教授のバーバラ・サハキアン氏らによると、面白い映画などから元気をもらったり、逆に悲しいドラマなどで気分が落ち込んだりしてしまうのには、「気分誘導」と「共感」という2つの心理現象が関わっているとのこと。
このうち、「気分誘導」には気分の調節に重要な働きを持つ神経伝達物質のセロトニンが深く関わっています。例えば、悲しい音楽を流して「気分誘導」を行うと、健康な人でもセロトニンが減少してしまうことが知られているほか、逆にセロトニンを増加させる薬剤を用いた薬物療法が、うつ病や不安障害の治療に有効な場合があることも分かっています。
また、「共感」は他の人とうまく共存し豊かな社会生活を送る上でプラスとなる特性ですが、世界で起きている悲惨な出来事に過度に共感してしまうと、これがきっかけでセロトニンレベルが低下してしまうこともあります。
このようなメカニズムで気分が落ち込むと、注意力や記憶力といった認知機能が低下し、本来なら他のことに振り向けられたはずの認知力を消耗していまいます。そして、「悪いことばかり起きる」「悲惨な状況がいつまでたっても終わらない」といった閉そく感から無気力な状態に陥り、ますますネガティブな情報の収集ばかりしてまうという悪循環が発生します。これが、スマートフォンのブラウザやニュースアプリを延々とスクロールして悪い情報を見続けてしまう「ドゥームスクローリング」の正体です。
実は、ドゥームスクローリングの原因になる認知力の消耗を引き起こすのは、悲惨なニュースだけではありません。読書中の学生の携帯電話にインスタントメッセージを受信させる実験では、インスタントメッセージに邪魔されたグループは読書完了までの時間が著しく長くなり、ストレスレベルも高かったことが確かめられています。
このことからサハキアン氏らは、「認知力の低下はネガティブなコンテンツの消費だけでなく、そうした情報にアクセスするのに使っているテクノロジーによっても引き起こされるものなのです。これは最終的に、職場や学校などの社会的な場所でのパフォーマンスに影響を及ぼす危険性があります」と指摘しました。
悲しいニュースや、それを見るのに使っているスマートフォンの影響で注意力が低下すると、それ自体が不安の原因となり、ウェルビーイングが妨げられます。また、ひどい場合強迫性障害に見られるような「繰り返し行動」につながり、延々と同じ検索ワードで検索したり同じ記事を読んだりすることにもなりかねません。
そこでサハキアン氏らは、本を読んだり映画を見たりして気を紛らわせることや、運動をしたり友だちと会ったりして気分転換することを推奨しています。また、ウクライナの人を支援するチャリティーに参加するといった具体的な行動を起こすことでも、状況が改善するとのこと。例えば、ある研究では親切な行動をすることで脳の報酬系が活性化され、物事を好転させようとする気力がわいてくることが分かっています。
もし、これらの行動でもドゥームスクローリングが治らない場合は、臨床心理士に相談して認知行動療法を受けるのもいいとのこと。ドゥームスクローリングはネガティブな気分誘導が原因の1つなので、専門家の指導の下でポジティブな気分誘導をすると、気分が上向きになる可能性があるとサハキアン氏らは述べています。
その上でサハキアン氏らは、「グローバル化した現代社会では、テクノロジーの発達によりいいニュースも悪いニュースも含めた情報や刺激があふれています。そんな社会の中では、進むべき方向を定めて他のことに気を取られないようにすることが大切です。紛争や気候変動も確かに重要ですが、落ち込んで認知力が低下してしまったら、そのようなグローバルな問題の解決に貢献することもできません」とまとめました。
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