Appleがサードパーティーによるユーザー追跡を困難にした「ATT」が規制当局に目を付けられている理由とは?

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AppleのiPhoneやiPadでは、端末ごとに広告識別子の「IDFA」を割り当てており、これを利用することでアプリ開発者はユーザーの興味関心に沿った広告を表示することが可能となっています。しかし、AppleはiOS 14.5からプライバシー強化フレームワークの「App Tracking Transparency(ATT)」を導入しており、これによりアプリはユーザーの許可を取らない限りIDFAを利用することができなくなりました。このAppleのATTに関する取り組みが「反競争的である」と、一部の規制当局から批判を集めています。

Data and Definitions – Stratechery by Ben Thompson
https://stratechery.com/2022/data-and-definitions/

‘Brutal Battle’ Expected as Regulators Close in on Apple Around the World – MacRumors
https://www.macrumors.com/2022/06/21/brutal-battle-expected-as-regulators-close-in/

ドイツの連邦カルテル庁が、「Appleに対して、競争法に基づき、追跡ルールとATTを審査する手続きを開始しました」と発表しました。連邦カルテル庁はATTについて「Apple自身を優先、あるいは他社を妨害するようなフレームワークである」可能性を懸念しています。

連邦カルテル庁のアンドレアス・ムント長官は、「データを慎重に運用し、ユーザーがデータの使用方法を選択できるようなビジネスモデルを歓迎します。エコシステム、特にアプリストアのルールを一方的に設定することができる立場にあるAppleのような企業は、競争を促進するようなルール作りに従事する必要があります」と述べました。

さらに、「サードパーティーの開発者に適用されるAppleのルールは、Apple自体には適用されないケースがあります。これにより、Appleは自社のサービスが優先的に選ばれるようにし、他社のビジネスを妨害しているように取れるケースがあります」と指摘。これは、ATTはサードパーティー製のアプリに対してIDFAを利用する際はユーザーにデータのトラッキングに関する許可を得るための通知を表示するのに対して、Apple純正アプリの場合は同様の通知を行わずにユーザーデータを収集している点が、反競争的であると指摘しているわけです。加えて、連邦カルテル庁はAppleのATTが存在しなくてもドイツの法律ではすべてのアプリがデータ追跡についてユーザーに同意を求める必要があると言及しています。

ATTの導入により表示されるようになった、IDFAを利用するサードパーティー製アプリを起動した際の「データトラッキングに関する許可を得るための通知」が以下。


ただし、連邦カルテル庁の発表について、ジョン・グルーバー氏は「AppleのATTに対する批判は、AppleがATTから間接的にどのような利益を得ているのかに関する深い誤解から生まれたものだと思います。Appleのプライバシーおよびトラッキングに関するルールはATT自体にも適用されています。Apple純正アプリはAppleがATTの適用を免除しているわけではなく、Apple自身のアプリが他のアプリ間でユーザーをトラッキングしないため通知を表示していないというわけです。Apple独自のアプリにもApp Store上にはプライバシーレポートカードが表示されています」と記し、一部見当違いな指摘があると批判しています。

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また、グルーバー氏は「AppleがATTを導入することで自社検索広告プラットフォームに利益をもたらすことを計画していると主張したいのかもしれませんが、もしもそうならばAppleはユーザートラッキングに従事するだけでなく、より多くのことを行えたはずです。連邦カルテル庁の見解は、ターゲティング広告が本質的に非倫理的なものであるという考えを完全に無視しており、Appleは大規模なプラットフォームを構築しているにもかかわらず非常に有益な存在であることが証明されていることに目を背けています」とも指摘しました。

一方で、イギリスにおける公正な市場競争を監督する競争・市場庁(CMA)も、ATTに目を向けています。

CMAは2022年6月に「モバイルブラウザ市場をGoogleとAppleが占有している」として、GoogleとAppleへの調査を計画していると発表しました。CMAはAppleとGoogleの提供するモバイルエコシステムについて1年にわたり調査を行ってきた結果、両者が複占的な活動を行っていることがわかったと報告。CMAはすぐにでも両社のモバイルエコシステムに介入しなければ、さらに市場支配力が強化され、競争と市場革新のインセンティブが制限されると危惧していました。

「AppleとGoogleはモバイルブラウザ市場で反競争的行為を行っている」とイギリスの規制当局が報告 – GIGAZINE


そんなCMAが主催している年次開催会議・Data, Technology and Analystics Conference 2022に、Appleの最高プライバシー責任者を務めるジェーン・ホルヴァート氏が出演しました。この中で、ホルヴァート氏は他企業との競争の中での「プライバシーの重要性」および、プライバシーに関する追求が「いかに部門横断的な追及か」を説明しました。また、ホルヴァート氏はヘルスアプリやApple Watchがリリースされる前の開発段階から、プライバシーが重要な考慮項目であったこと、さらにATTについても言及しています。

これに対して、オランダ・ティルブルフ大学のダミアン・ジェラーディン教授は、独占禁止法を施行する際に必要な「バランス」と「理解」について言及。さらに、CMAが発表した市場調査を参照しながら、「Appleは現状を正当化し、必要な場合でも規制による介入に抵抗するために『プライバシー』や『セキュリティ』といった単語を使いがちである」と指摘しました。ジェラーディン教授は企業が自社プラットフォームの品質を保護しようとする行為を「正しい」としながら、利益相反がある場合に基準を超える可能性があると指摘。さらに、「正当なプライバシーとセキュリティに関する主張と、口実または単に誇張された主張を区別することこそが、規制当局の重要な役割である」とジェラーディン教授は語っています。

また、ジェラーディン教授はCMAだけでなく世界中の規制当局が大手ハイテク企業に対して「前例のない新しい規制を施行しようとしている」と述べ、これに伴い大手ハイテク企業と規制当局との間の紛争はさらに拡大することになるだろうと指摘。加えて、「ハイテク企業と規制当局の間の紛争はスムーズには進まないでしょう。ゲートキーパーに委託された研究結果を見ましたが、これは本当にあきれるような内容でした。デジタル市場法(DMA)は訴訟の引き金となるでしょうし、デジタル市場ユニット(DMU)の精度も訴訟の引き金になると思います。ただし、実際にはかなり残酷な戦いになると思います。私の予想ではDMAのApp Storeに関する規制は非常に困難なものとなり、導入時にはかなりの抵抗があるでしょう」と語りました。


上記の通り、ATTは連邦カルテル庁やCMAから規制対象として目を付けられていますが、これはATTの導入後に一部の企業は収益を大きく減らしたのに対して、Appleを含むその他の企業は収益を大きく増やしたことに起因しています。

ATT導入後、Appleのライバルとなる広告企業は軒並み収益を減らしたと報じられました。特に、Facebookの親会社であるMetaは「年間売上高が100億ドル減少する」と最高財務責任者が発言するほどでした。

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しかし、GoogleやAmazonなどは増収を記録しており、AppleもATT導入後6カ月で市場シェアを3倍以上伸ばしたと報じられています。これらの数字はアプリ分析による推定値であるため確実なものとは言えませんが、「Appleが広告ビジネスの収益を明らかにしていないことを考えると、これらの数字は我々が知る限り最良の数字であるはずです」とアナリストのベン・トンプソン氏は指摘しています。

なお、AmazonおよびGoogleがATT導入後に広告収益を伸ばした理由は、それぞれがプラットフォームを利用するユーザーのトラッキングデータを保持しており、これを用いることでAppleのIDFAに依存することなく従来通りの優秀なターゲティング広告を掲出することができたためです。

一方、Appleの広告とプライバシーに関するルールには、「Apple純正アプリから収集されたデータ」が「他社製アプリが収集したデータと紐づけられ、ターゲティング広告に利用されることはない」と記されており、それまでと同じようなターゲティング広告を打ち出すことはできないはずでした。しかし、トンプソン氏は「このルールを別の角度からみれば、Appleが独自に収集したデータを広告に活用することは、Appleにとってはトラッキングではないということを意味します」と指摘。

つまり、Appleの定義ではAppleが独自に収集している人口統計情報・ダウンロード/購入/サブスクリプションに関する情報・Apple純正アプリ(Safari)でのブラウジング動作といったデータを、自社広告プラットフォームでのターゲティング広告に利用することは「Appleにとってのターゲティング広告には当てはまらない」というわけです。

このように、ターゲティング広告を封じたはずのATT導入以降も従来通りのターゲティング広告を掲出可能だったプラットフォームのみが、収益を拡大できたとトンプソン氏は指摘しています。

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