2022年2月8日、ウェブサービスクリエイターの関口舞さんは株式会社カヤック(面白法人カヤック)と共同で、誹謗中傷トラブルに悩む人のための体験・裁判事例共有サイト「TOMARIGI(トマリギ)」を公開しました。今回は、この「TOMARIGI」を公開した経緯やサービスの目的について関口舞さんと面白法人カヤックの西植弘さん(面白プロデュース事業部事業部長、プロデューサー)にお話を伺いました。
木村花さんの事件がきっかけ、自身も誹謗中傷の被害に
そもそものきっかけは、2020年5月に女子プロレスラーの木村花さんが誹謗中傷を受けて亡くなった事件だったそうです。関口さんは事件を知り、胸を痛めていたところ、自分自身も誹謗中傷の被害に遭いました。
「メディアに出たときに、同じ人に何度も誹謗中傷の書き込みをされて、結構怖い思いをしました。そして、発信活動をしていると、誹謗中傷されるのはある程度我慢しなければならず、傷ついてしまう自分が悪いんじゃないかと考えていました」と関口さん。
どうすればいいのか、インターネットで調べると、誹謗中傷を受けている人が多いことに気付きました。しかし、その人達がその後どのように対処したのか、という情報が見つかりません。いろいろな人に相談しても「弁護士に依頼しましょう」としか言ってくれません。
弁護士へ依頼することは勇気が必要ですし、コストもかかります。しかし、関口さんは自分だけの問題ではないと考え、弁護士に相談することにしました。
誹謗中傷の投稿を自分で印刷するのは心理的にもきつかったそうです。しかし、その印刷物を見た弁護士は、似たような裁判事例があることから、開示請求ができそうだと言ってくれました。
「そこで初めて裁判事例を聞くことができました。裁判所が侮辱行為と判断する行為を自分がされていた、傷ついてしまうのは私が悪いのではなく相手が悪いんだ、ということが分かって心が楽になりました。」(関口さん)
また、過去に同じような目に遭って行動した人がいる、という事実にも癒やされたそうです。しかし、誹謗中傷されても弁護士に依頼するというのはハードルが高いのが現状です。
そこで関口さんは、裁判事例をまとめたウェブサイトがあればいいのではないか、と考えたのが、TOMARIGIでした。
「最初は手書きでウェブサイトのイメージを描いていたのですが、一緒に取り組めるパートナーが欲しいと思いました。カヤックさんは大学生のときから知っていて、クリエイティブなことをやっていて、とても面白い会社だと思っていました。そこで相談したところ、理念に共感していただき、一緒に企画して作っていけることになりました。」(関口さん)
手書きイメージを見た西植さんはメンバーを集め、関口さんと一緒に、ウェブサイトのモックアップを作成しました。それと同時に「Rethink PROJECT」に提案することにしたのです。
「Rethink PROJECT」とは、日本たばこ産業株式会社(JT)の地域社会への貢献活動で、「視点を変えて、物事を考える」をキーワードに社会課題と向き合うプロジェクトを手掛けています。今回は、SNSのあり方を考え直す、書き込む前に考え直す、という理念が一致し、支援してもらえることになりました。その結果、3社がコラボして、TOMARIGIの制作が進められました。
「開示されている裁判事例の文章は専門的なので難しいです。そこで、弊社のコピーライターが簡単な文章に書き直しています。掲載する文章は弁護士さんに見てもらっているので、かなり時間と手間をかけて制作しています。」(西植さん)
文字が多すぎると、せっかく辿り着いた人が離脱してしまうことから、UI/UXにこだわって設計したそうです。法律のリテラシーがない人でも、裁判事例を身近に感じられるように作られています。
裁判事例を分かりやすく解説、トラブル対処法や体験談を共有できる場所も
現在、TOMARIGIには大きく3つのコンテンツがあります。1つ目が裁判事例です。実際に起きた誹謗中傷に関する事件と、その結果を分かりやすく紹介してくれます。
裁判の内容により、「容姿の侮辱」「なりすまし」「暴言」などのタグで絞り込むことも可能です。誹謗中傷の被害に遭っている人が、似た事例を探す手間が省けます。
現在、登録されているのは46件で、今後も3カ月に1回くらい更新し、コンテンツを増やしていく予定です。
2つ目が「トラブル対処法」です。誹謗中傷のトラブルに巻き込まれたら、どのように対処するのかをまとめて解説しています。
3つ目が「みんなの体験談広場」です。つらい体験をした人がTOMARIGIを訪れたときに、体験談を投稿・共有するコーナーです。
「誹謗中傷を受けても、どうすることもできないケースは多いです。弁護士に相談できなかったり、相談しても取り扱いできなかったりします。そんなときは、どこかに吐き出したい、誰かに共感して欲しいという気持ちが心の中に溜まって、つらい気持ちになってしまいます。それを吐き出すことで気持ちを整理したり、乗り越えるきっかけを作ってもらえる場所にしたいと思っています。」(関口さん)
誰かに聞いて欲しくて、掲示板やSNSに書き込む人も多いですが「あなたにも落ち度があったんじゃないか」など厳しいコメントを書かれてしまうと、さらに傷ついてしまうリスクがあります。そこで、TOMARIGIで匿名の情報を共有してもらうのです。
読者は投稿に対して「いいね」の代わりに3つの共感ボタンを押して共感を表すことができます。「気持ちがわかるよ」「わたしは味方だよ」「同じ体験しました」の3種類が用意されており、共感の気持ちが寄せられることで、少しでも心が癒やされる場になるよう考えて作られています。
サービスをローンチしてまだ日は浅いですが、Twitterではイラストレーターや漫画家など、クリエイターの人たちから「TOMARIGIのようなウェブサイトが生まれて嬉しい」といった声が寄せられています。
最後に、今後の展望を伺いました。
「カヤックはインターネットを生業としている企業ですので、インターネットやSNSのポジティブな部分を広めていきたいと思っています。SNSはつながる喜びがある分、つながりすぎるというネガティブな部分もあるので、そこを解決したいです。TOMARIGIはTwitterの鳥をイメージにしていて、心と体を休める場所になれたらいいなと思っています。」(西植さん)
「傷ついた人が真っ先に想起するサイトを目指します。つらいことがあったら、まずTOMARIGIに行こう、というくらい、浸透するといいなと考えています。裁判事例を広めることによって、誹謗中傷って当たり前にだめなことなんだなと広めたいです。誹謗中傷を書き込む前に一度考え直してもらう、これがまさにリシンク(Rethink)に合致するところです。リシンクしてもらうことによって、被害者はもちろん、加害者になってしまう人を減らしたいと思っています。」(関口さん)
ネットの匿名性を悪用する誹謗中傷が社会問題になっています。誰もが被害者になりえますし、無意識に加害者になってしまう可能性もあります。この連載では、筆者が所属する「DLIS(デジタルリテラシー向上機構)」が独自に取材した情報を共有し、実際に起こった被害事例について紹介していきます。誹謗中傷のない社会を目指しましょう。