「1週間空け伝言ゲーム」で短歌の質が落ちた

デイリーポータルZ

人は1週間前に聞いたことをどれくらい忘却して、どれくらいうろおぼえで勝手に変えるのか?

友達5人に有名な短歌を一週間空けて伝言してもらいます。名作の質がみるみる落ちていきました。

1週間前に聞いたことなんて

私は1週間前に聞いた話を大方忘れてしまいます。

先週友達が教えてくれた「簡単なゆで卵のむき方」も、「いいむき方を聞いたなあ」ということしか頭に残ってません。どうやってむくかは忘れました。

みんなは、私のようにほぼ忘れるのでしょうか、それとも結構覚えているのでしょうか。無意識に話を盛っているかもしれません。気になります。

私がこのゲームの存在を忘れてしまう前に、友だちを集めて試してみることにしました。

大学時代の友だちあつまれ

大学の落語研究部の友だちに参加してもらいましょう。

大体23~25歳です

みんな大学時代に落語をやってはいましたが、本番中にセリフが飛んでごまかしたりしてました。暗記王みたいな人はいません。さて、1週間前の記憶はどのように変化するのでしょう。

【1週目】唐沢→四谷

同期。旅行から帰る途中、バスにでっかいキャリーバッグを忘れた経験アリ

ぼく1人目かあ。がんばるぞ

うん。1人目で全部忘れたら、目も当てられへんで

そんな圧力かけんといて

今回伝言してもらうの「短歌」です

短歌? 短歌ならいけるわ

お題は、内容だけでなく言葉の正確さをおさえなくてはいけない「短歌」を選びました。どうやら四谷くんは自信ありげな様子。

お題はこれです 

「たはむれに 母を背負いて そのあまり 軽きに泣きて 三歩歩まず」石川啄木

割と有名な短歌やで。

どうやろ、いけるかなあ~

短歌をジェスチャーで覚えようとしている様が滑稽だった

 たった31文字ではありますが、7日後も覚えてるのでしょうか?(ちなみに私はこの30分後風呂に入り、大体を忘れた)

録画して過程を見よう

「1週間空け伝言ゲーム」ではZoomの録画機能を使います。

2週目からはルームに3人。唐沢が監視役

・毎週金曜日に開催
・お題を聞いた人は、一週間後に次の人に伝える
・聞いたことをメモしてはいけない
・「伝えるタイム」中は、伝える内容を何度繰り返し言ってもOK

ほぼ伝言ゲームと同じルールです。違うのは記憶しておく期間だけ。

2週目からいよいよみんなの記憶をウォッチします。

【2週目】四谷くん→カヤちゃん

同期。アラビア語を専攻していたので記憶力は強め?

ドキドキ2週目やね

私、この伝言ゲーム楽しみすぎて仕事早く終わらせてきてん。「仕事なんかに邪魔されてたまるか」と思って

そんな楽しみにしてくれてたんや……ありがとう……

ゲームに対して前のめりのカヤちゃん。さて、四谷くんの伝言やいかに

言うでー、「たはむれに 母を背負いて そのあまり 軽きに泣きて 三歩歩まず」

え? 短歌? もっと文章みたいなやつやと思ってた

石川啄木の短歌やね。

【四谷くんの伝言】
「たはむれに 母を背負ひて そのあまり 軽きに泣きて 三歩歩まず」石川啄木

 好きなことは覚えやすいのか

なんと四谷くん、一文字もたがえずパーフェクトでした。すごいけど怖いです。四谷くんの前で悪事を働くことはできません。

四谷くんはもともと短歌が好きでした

大きな手荷物のことは忘れても、大好きな短歌はバッチリなようです。

うん、情景を思い浮かべたし、覚えられるはず!

来週がんばってね~

もしかしたらたった31文字の短歌はかなり簡単だったのかも。5人でパーフェクト達成できるかもしれません。

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【3週目】カヤちゃん→箸田

同期。落語で江戸時代のキャラを演じている途中、うっかり「OK!」と言っていた。

カヤちゃん仕事おつかれ~箸田は論文が忙しいのにありがとう

ほんまゲームの日程の立て方おかしいぞ(論文の〆切前だった)

それでは早速カヤちゃんから伝言お願いします

え~、ちょっと1週間たって……うん……

あれ、大丈夫かな

やや不安な第一声のカヤちゃん。

まず意味を先に言うで

意味?

たわむれにお母さんを背負ってみたら、思いもかけずお母さんが軽くて、「え?」って動揺して、思わず涙がこぼれたなあ・・・みたいな、石川啄木が作った短歌やねん。それを今から言います

 まず短歌の背景を説明する作戦のようです。

「たはむれに…… フフフフフフフ……」(鼻声でごまかす)

え?

あー待って待って、「たはむれに……、母を背負いて……フフフフフ」(もう一度ごまかす)

え?嘘やん

えっと、「たはむれに 母を背負いて ……フフフフフ その身の軽さに 涙ながるる」やわ。

忘れてるやん

……ほんまにごめん。この5文字は想像して伝えて……

埋めるの僕の仕事になってるやん

無傷なのは31文字中12文字でした。低めの生存率。

句会みたいになる 

お正月はさんで、5文字忘れてもうた……でも意味は合ってるはずやから今作ろう

ゲームの内容変わっちゃった

途端に「伝言ゲーム」から「句会」に様変わりしました。 

その5文字は難しい言葉やった?

なんか「無味無臭」みたいな感じやった

名句でそんなことある?

無理があることに気づく箸田

母音から始まってたかも、「あ」か「お」「い」のどれかやと思う……「お」かも!

えーあ、あ、あ……い、い、い……(シラミ潰し作戦)

 ※この創作活動が20分続きました

「おぼゆ」かも!「ふとおぼゆ」みたいな!

そうなんや……? 

【カヤちゃんの伝言】
意味:たわむれにお母さんを背負ってみたら、思いもかけずお母さんが軽くて、「え?」って動揺して、思わず涙がこぼれたなあ

「たはむれに 母を背負いて ふとおぼゆ その身の軽さに 涙流るる」
石川啄木

詞書が増えた 

ここで、短歌の背景を先に説明する「詞書(ことばがき)」のようなものが増えました。

歌を作った状況を説明するやつ

カヤちゃんは四谷くんから伝え聞いたときに「情景を浮かべた」としきりに言っていました。その記憶方法が表面にでてきたようです。

しかし、ざっくり覚えたせいで後半がまるまる変わってしまいました。
 
原作にはない「おぼゆ」「涙流るる」が古語の形なのがいいですね。

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【3週目】箸田→大野

落研の元部長。野球や芸能界、電車にやたらと詳しい。

箸田はどう?完ペキに覚えてる?

ぼくは完ペキやねんけど、そもそもバトンの受け渡しが……

さらっとカヤちゃんをけなす箸田 

言われた通りに伝えると……、これは誰か忘れたけど有名な人が作った短歌やねん。

短歌か……(自信なさげ)

自分が大人になって、何気なくお母さんを背負ってみたら、あまりにもお母さんが軽くて泣いてしまったという短歌やねんな。

めちゃくちゃスムーズに説明を進める箸田。 

「たはむれに 母を背負いて」、で次の5文字がわからんねんけど、その後が「その身の軽さに 涙流るる」やねん。

四谷くんに続き、箸田もパーフェクトです。しかも空いた場所まで記憶。 

母軽い系のエピソードはどっかで聞いたことあるわ。年老いて軽くなった的な。遺骨がボロボロだったみたいな。

遺骨の話は知らんけど

独自のエピソードで解釈する大野。 

で、わからん5文字をカヤちゃんとぼくですり合わせた結果「ふとおぼゆ」になったんよ

【箸田の伝言】
意味:自分が大人になって、何気なくお母さんを背負ってみたら、あまりにもお母さんが軽くて泣いてしまったという歌
「たはむれに 母を背負いて ふとおぼゆ その身の軽さに 涙流るる」よみ人しらず

創作短歌をしっかり次に伝えた 

箸田もこれまたすさまじい記憶力で、一文字もとりこぼさず伝えました。しかも、カヤちゃんが忘れた5文字についてもしっかり言及しています。

ただ、いじらしいのは1週間記憶していたものは「カヤちゃんの創作短歌」だったことです。

箸田はこれがが正しいと信じている

また、「よみびと知らず」になっているのも注目ポイントです。箸田はカヤちゃんと欠けた5文字を作るのに集中して作者の名を忘れたのでしょう。まあ、もうすでに石川啄木の歌ではないのですが。 

OK覚えた、もう完璧だわ

ぼくとカヤちゃんの5文字は変えてくれていいから

伝言で創作スペース作ってるやん

【4週目】大野→今宮 

後輩。元バスケ部。私が寄席でスベったことをしっかり覚えている。

これが最後の受け渡しです。芸能界や野球について異常な記憶力を発揮する大野、パーフェクトもありえます。

短歌を紹介するんだけど、

短歌……はい、

まず背景を言うわ。お母さんと元々一緒に暮らしてたけど上京して、何十年ぶりかに里に帰ってきたら、お母さんやつれてて年老いてて、

「上京」とか「何十年ぶり」とかこの時点で脚色がすごいです。 

で、その短歌作った人がお母さん背負ったらめちゃくちゃ軽かったっていうやつ。タバコとか酒やってた人を火葬したら骨がボロボロだったみたいな、「老後に軽くなる」タイプの短歌。

1週間前に自分が言ったことに飲まれている

で、本題の短歌をあんまり覚えてないんだけど

もう、ひねりだすしかないですよ

えー「わずらった 母を背負いて ふと思う あまりの軽さに 涙こぼるる」かな。

【大野の伝言】
背景:上京して、何十年ぶりかに里に帰ってきたら、お母さんやつれてて背負ったらめちゃくちゃ軽かったことを歌った句。タバコとか酒やってた人を火葬したら骨がボロボロだったみたいなタイプの短歌。
「わずらった 母を背負いて ふと思う あまりの軽さに 涙こぼるる」よみ人知らず 

この短歌、超有名な人が作ったらしいけど、ちょっと薄い気がする。

確かに、伝わってきたにしては重みがないですね

ひどいカスタム。「あまり」が復活するミラクル 

詞書も短歌も大野のカスタマイズまみれでした。物知りだし、部長だったし、ちゃんと伝えるだろうと思っていたら誰よりも適当でした。私が寄せた信頼は何だったのでしょうか。

「わずらった」という言葉選びがどうかと思います。名作がどんどん薄くなっていく「逆夏井先生」が発生しています。(夏井先生:TV番組『プレバト』で俳句をもりもり添削する人)

しかし、一旦は消えた原作の「あまり」という言葉が復活しているのです。大野と石川啄木のワードセンスが少し重なった奇跡でした。

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【5週目】今宮による最終発表

さて、ついに結果発表です。

みんなで今宮の短歌をきく。(大野は欠席)

どうなってるんやろ楽しみやわ

これ……ぼくの責任じゃない気がします

え?たった31文字やのに変わってるんや

えーこれは短歌なんですけども、内容としては「久しぶりに故郷に帰ったらお母さんが伏せってて、久々におぶってやたらあまりにも軽くて涙を流した」という句です

(え? 短歌は? 何をベラベラしゃべってんねやろ)

「不健康な人って、火葬したとき骨全然残らんよね」ってエピソードがありますけど

……はあ?笑

何言ってんねん笑

今宮が、4人目の大野カスタムの詞書をしゃべるほど不信感がつのります

これ、伝言そのまましゃべってますからね!で、その句が……、これがなあ~、なんやったけなあ~

おいおい

最後が「涙こぼるる」やった気がして、上の句が「ふるさと帰る」的な……

短歌がバラバラになってました。 

短歌なくなってるやん笑

誰のせいでこうなった

なんと、これめちゃくちゃ有名なあの歌人の句らしいです!

いや誰やねん

ぼくも知ってるくらい有名な人らしいです!

じゃあ早く言えよ

途中、作者が「有名な歌人」っていうのだけ伝わり、パラドックス生まれてます 

えー、「涙流るる」……。ん~以上です!

おい短歌わい

5文字だけやん

句会の第一人者・カヤちゃんが創作をおすすめ

 

えっと……「遥かなる ふるさとたずねて 母背負い 背中の軽さに 涙こぼるる」……、これでお願いします

【今宮の伝言】
詞書:久しぶりに故郷に帰ったらお母さんが伏せってて、久々におぶってやたらあまりにも軽くて涙を流した。不健康な人を火葬すると骨が全く残らないというエピソードの一つ。

「遥かなる ふるさとたずねて 母背負い 背中の軽さに 涙こぼるる」今宮でも知ってるくらい有名な歌人作

いや~ほんと不健康な人って骨残らないですよね

その話マジで何? 

みんなでおさらい

各週の伝言の様子の映像をみんなで見てみました。

変遷

お題
「たはむれに 母を背負いて そのあまり 軽きに泣きて 三歩歩まず」石川啄木

四谷
「たはむれに 母を背負いて そのあまり 軽きに泣きて 三歩歩まず」石川啄木

カヤ
「たはむれに 母を背負いて ふとおぼゆ その身の軽さに 涙流るる」石川啄木

箸田
「たはむれに 母を背負いて ふとおぼゆ その身の軽さに 涙流るる」 よみ人知らず

大野
「わずらった 母を背負いて ふと思う あまりの軽さに 涙こぼるる」よみ人知らず

今宮
「遥かなる ふるさとたずねて 母背負い 背中の軽さに 涙こぼるる」よみ人知らず(今宮でも知ってるくらい有名な歌人作)

ぼく完璧に伝えたのに……

あ、私めっちゃ間違ってた

ぼくが覚えたやつなんやったん。あの時間なに?

今宮は詞書はしっかり覚えてたのに短歌ヒドいな。「背」2回言ってるし

詞書と短歌の内容がゴチャゴチャになって「どっちが短歌の言葉なのか」わかんなくなっちゃったんです

このゲーム、短歌の形式が消滅するくらい続けたい

たしかに。5週でこの変わりようやから、1年経つとやばそう

「伝達」のしくみを見た 

1週間空いた記憶は個人差がデカいことがわかりました。全部暗記してた人もいるし、ざっくり覚えて付け足ししてた人もいました。口頭で伝えるときに起こるカスタマイズの過程が見れてホクホクです。

「詞書」が自然発生するのもおもしろかったです。もしかしたら昔の和歌集の詞書も、和歌を選ぶ人が「こういう背景やったはず」と足した可能性もあります。

そして、すばらしい短歌ができたら必ず文字に残してください。友達に口頭で教えたら、全然違うのが後世に残ります。危険です。

お題によって変わる

実は、「唐沢のエピソード」をお題にしたパターンもやっていました。

【お題】
「唐沢が高2の時、全国読書感想文コンクールで賞をもらった。そして品川プリンスホテルに1泊招待されて、皇太子も出席する表彰式に参加した。「どんな商品もらえんねやろ」と期待してたら、250mlのペットボトルの伊右衛門4本だけやった。」

【5週間後】
「唐沢が高校生の時、読書感想文のコンクールに通った。皇太子からの授与式のために東京に行き、高輪プリンスホテルに泊まった。授与式で皇太子から四角い箱をもらい、中にはおーいお茶の200mlのペットボトルが5本入ってた。帰りの新幹線で全部飲みほした。」

 

エピソードは話す順序などの自由度が高く、細部がゆっくり変わっていきました。固有名詞が違いますね。お茶1本あたりの量は変わりましたが、総量は変化なしです。

あと、直接皇太子からお茶もらってるし、謎の「四角い箱」が登場してるし、後日談が加わってたりして面白かったです。

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