誤解されたオーストリア外相の発言

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「ウクライナ2022年の危機は1938年のオーストリアのナチス・ドイツ併合時と比較できる」

欧州連合(EU)外相理事会に出席したオーストリアのシャレンベルク外相は20日、国営放送のニュース番組のインタビューの中で、ウクライナ情勢について答えた時に飛び出した発言だ。

ウクライナ東部の親ロ派勢力「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認するプーチン大統領(2022年2月21日、クレムリン公式サイトから)

同発言内容が報じられると、「オーストリアは、まだナチス・ドイツ政権の最初の犠牲国だったと考えている」といった批判がソーシャルネットワークなどから飛び出した。シャレンベルク外相は早速、「発言内容は誤解されている。私はオーストリアがナチス・ドイツ政権の戦争犯罪の犠牲国とは考えていない。なぜならば、ヒトラーがウィーンに凱旋し、英雄広場で演説した時、オーストリア国民の多数が歓迎したことは歴史的事実だからだ」と弁明している。

その一方、「1937、38年、オーストリア政府はナチス・ドイツ政権の併合を阻止するために国際連盟に連帯を要請したが、メキシコ政府以外はどの国も支援しなかった。オーストリア政府は当時、国際社会で孤立していた。ウクライナの現状はある意味で酷似している面がある。軍事大国のロシアに武力侵攻の脅威を受け、キエフ政府が窮地に陥っている。その孤立感、絶望感をオーストリアは過去、身に染みて体験した、という意味からあのように語った」と、発言の背景を説明した。シャレンベルク外相の言いたい事は理解できるが、外交世界のベテランとしては少々安易な表現であったことは否めない。

ちなみに、オーストリアは1938年、ナチス・ドイツ軍が侵攻し、オーストリアを併合した。その後の展開は歴史がはっきりと記録している。ヒトラー自身、オーストリア人であり、ナチス・ドイツ軍には多くのオーストリア人が入っていた。オーストリアはモスクワ宣言を理由に、久しく戦争被害国として振舞ってきたが、1990年代に入り、ようやくナチス・ドイツ軍の戦争犯罪の加害者でもあったことを認めた経緯がある。

ウクライナ政府はロシアの武力侵攻の前に孤立していない。米国やEUはキエフ政府に経済援助、武器供給などをしている。もちろん、その内容や規模がキエフ政府の願いと合致しない面はあるだろう。ゼレンスキー大統領は19日、「欧米は制裁、制裁と繰り返すが、なぜ対ロシア制裁の内容を早急に公表してロシアに圧力を行使しないのか」と不満を吐露し、クレバ外相はブリュッセルのEU外相理事会で、「言葉ではなく、行動の時だ。言葉だけでは何も変わらない」と、EU側の対応の遅さに苛立ちを表していた。

プーチン大統領は21日、ウクライナ東部の親ロ派の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の要請を受け、その独立を承認する一方、ロシア軍を親ロ派の地域に派遣したことで、ウクライナ情勢は一層緊迫してきた。米国やEUは早速、制裁を行使する一方、緊急対応に乗り出してきた。国連安保理は21日夜(現地時間)、ウクライナ政府の要請を受けて緊急の公開会議を開催し、ロシアの今回の決定と軍の派遣に対して非難が相次いだ。

ただし、ロシア軍の侵攻に対し、米国を含む北大西洋条約機構(NATO)は直接、ロシア軍と戦闘をすることは現時点では考えられない。NATO憲章では同盟国が戦争に巻き込まれた場合、加盟国は防衛する義務が出てくるが、ウクライナはNATO加盟国ではない。NATO軍が直接、ウクライナで武力行使することは難しい。ロシア側はそれをよく知っているはずだ。世界の紛争の調停役となるべき国連の関与も期待できるが、安保理に紛争の当事国が入っている場合、国連の紛争調停は機能しない。そのように考えると、ウクライナは国際社会で多くの連帯の声を受けている半面、対ロシア軍との戦いでは孤軍奮闘という現実は変わらない。

ブリンケン米国務長官は、「ピストルを頭に突き付ける相手とは外交できない」と語ったが、軍事力をちらつかせながら自国に有利な外交を展開させるのはプーチン氏の常套手段だ。その意味で、「権力は銃口から生まれる」と言った毛沢東の政治に通じるものがある。

ウクライナがロシア軍の侵攻に対し、どのように対応するか、米国や欧州がウクライナ政府軍をどのように支えるかにかかっている。ウクライナが孤立感を持たず、連帯を受けていると実感できる支援が大切だろう。オーストリアのナチス・ドイツ政権との併合時にはなかった国際社会からの連帯をウクライナは享受しているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年2月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。