「おしっこのリサイクルが世界を救う」という期待が高まっている理由とは?

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人間は毎日当たり前のように排尿を行っていますが、尿を流すために水洗トイレを使うことによる淡水消費量はかなり多い上に、下水の不適切な処理は環境汚染にもつながります。そこで、「尿のリサイクルが世界を救う」と考える各国の研究者らが、尿を人間の役に立つ方法でリサイクルするための研究を進めています。

The urine revolution: how recycling pee could help to save the world
https://doi.org/10.1038/d41586-022-00338-6

スウェーデン最大の島であるゴットランド島では淡水不足が問題となっており、同時に農業や下水道システムからの排水による周辺海域の汚染にも悩まされています。これらの問題を解決する手段として期待されているのが、「尿のリサイクル」です。

ゴットランド島では2021年から、スウェーデン農業科学大学出身の研究者らによるスタートアップ・Sanitation360と提携して、水を使わない特殊なトイレを夏の観光シーズン中に配備する実験が行われています。この実験では、特殊なトイレを利用して3年間で7万リットル以上の尿を回収することが目標とされており、回収した尿はSanitation360が開発したプロセスを使用して乾燥化され、ペレット状に成型したものが大麦などを栽培する地元農家で肥料として利用される予定とのこと。

以下の画像は、従来の肥料を使って栽培した大麦(左)、肥料なしで栽培した大麦(中)、尿をリサイクルした肥料で栽培した大麦(右)の生育を比較したもの。尿が原料となった肥料を使った大麦は、肥料なしの大麦よりも大きく育っているのがわかります。Sanitation360の最高技術責任者(CTO)を務めるPrithvi Simha氏は、「私たちの野心は世界の至るところで、誰もがこの手法を行うことです」と述べています。

by Jenna Senecal

尿をリサイクルする試み(urine diversion/尿転用)を行っているのはSanitation360だけではなく、アメリカ・オーストラリア・スイス・エチオピア・南アフリカなど、世界各地のグループがこの技術について研究を進めています。すでに下水処理システムから尿を分離する装置がオレゴン州やオランダの一部で使用されているほか、パリ14区では大規模住宅に尿転用トイレを設置する予定だとのこと。また、欧州宇宙機関(ESA)もパリ本社に80個の尿転用トイレを設置する計画であり、尿転用トイレは一時的な軍事基地や難民収容所、都市の中心部など多様な場所に設置できるといわれています。

科学者らがこれほど尿転用に注目しているのは、尿が窒素やリンなどの栄養素を豊富に含んでおり、肥料などに活用できる見込みが高いからです。Simha氏の推計によると、人間は現代における窒素およびリン肥料の4分の1を置き換えられるほどの尿を排せつしているそうで、配水管に流さず回収することで膨大な量の淡水を節約し、排水システムへの負担を減らすことが可能だとのこと。

尿を肥料にリサイクルする方法としては、複数の方法が考案されています。まず1つ目が、「尿を病原体が死ぬまで貯蔵して、その後でそのまま土壌に散布する」というもの。これは、主に低所得地域の農家にとって利用しやすい手段です。

by nature

また、尿転用トイレ自体に「尿から役立つ成分を抽出するシステム」を備えることで、各家庭から必要成分だけを回収・輸送する方法や……

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尿転用トイレに乾燥した尿のみを回収する装置を備え付ける方法もあります。

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建物全体で乾燥した尿のみを集積するタンクを備え付ける方法も考案されています。

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アメリカの3つの州で尿転用システムを採用した場合をシミュレーションした研究では、尿転用システムを持つコミュニティでは下水システムからの温室効果ガス排出量が最大47%、エネルギー消費が41%、淡水使用量を約50%、排水からの栄養汚染を最大64%も削減できるとの結果が示されました。このように、尿転用には大きな可能性が秘められていますが、排せつという人間の生活と密接に関わる分野における転換を起こす上では、技術的な制約だけでなく感情的な問題も立ちふさがります。

1990年代から2000年代にかけて開発された初期の尿転用トイレは、尿を蓄える小さな器が存在するといった点や臭いが気になるという点から、消費者らは尿転用トイレを心理的に受け入れることができませんでした。

南アフリカ共和国のダーバンでは、2000年~2002年のコレラ流行で「多くの人々がトイレを使っていない」という点が問題視された結果、水を使わない「ドライトイレ」の設置を行政が進めました。しかし、ここでも人々は「トイレがないよりはまし」と考えていたものの、ほとんどの住人は「お金に余裕ができたら富裕層が使う水洗トイレを使いたい」と考えていたとのこと。

そんな中、オーストリアのデザイン企業・EOOSは、「利用者が尿をかける場所」と「尿を洗う水を流す場所」を微妙に分けることで、液体が表面を伝うティーポット効果を利用して尿を分離するトイレのデザインを開発しました。尿がかかったトイレを水で洗い流すという従来の水洗トイレの利点を維持したこのトイレなら、尿転用トイレにありがちな臭いも気にならないというわけです。ダーバンでもクワズールー=ナタール大学と協力して「尿は分離し、大便は洗い流すトイレ」をテストしており、このトイレが富裕層にも受け入れられることを期待していると、クワズールー=ナタール大学の衛生学者であるアンソニー・オディリ氏は述べています。


また、尿転用を進めるには単にトイレで尿を分離するだけでなく、尿を肥料として使える形にしなくてはなりません。病原菌が死ぬまでの保管と農地への散布が容易な農村部は比較的簡単ですが、多くの尿が排せつされる都市部では輸送や保管のコストが問題となります。尿の95%は水であるため、研究者らは個別のトイレや建物の単位で、収集した尿を乾燥させ、栄養素を抽出する技術の開発を進めています。

尿から栄養素を抽出する上で問題となるのが、「尿に含まれる尿素は肥料として用いられるものの、加水分解すると有毒なアンモニアになってしまう」という点です。この問題を解決する手法には、「揮発性アンモニアを不揮発性の硝酸アンモニアに変換して溶液を濃縮する」というものや、「尿にクエン酸を加えてイオン濃度を変化させることで加水分解が起きないようにする」というものが考案されているとのこと。

さらに、尿の活用方法には肥料だけでなく「微生物燃料電池に尿を用いて発電する」「尿を用いてレンガを作る」といったものも考案されており、ESAは「宇宙飛行士の尿を月面基地の建材にする」という可能性を検討しています。尿転用システムを展開するにはさまざまな障壁が存在しますが、それでも実施する価値があると多くの研究者は主張しています。


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