最大80Mbps超、150kbpsなら到達距離1kmのIoT機器向け規格「Wi-Fi HaLow」【ネット新技術】

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Wi-Fi Allianceが「Wi-Fi CERTIFIED HaLow」の認証プログラムを開始

 ということで今回は、2021年12月2日にWi-Fi Allianceが説明会を開催した「Wi-Fi HaLow」について、もう少し細かくお届けしたい。

 Wi-Fi HaLowこと「IEEE 802.11ah」の話は、以前こちらでご紹介しているが、要するにプロトコルは既存のWi-Fiのままながら、利用できる周波数帯をSub 1GHzのISM Bandとした規格である。

 2016年末に標準化が完了していて、既に5年を経過し、6年目に突入しているのだが、いまだに普及の兆しは見えていない。「802.11ah推進協議会」が2018年には発足し、現在も活動を続けているが、第4回総会の模様を見ても、2022年以降に期待できる話(例えば920MHz帯に関する802.11ahの利用)はあるものの、少なくとも現時点では明確に市場が立ち上がったという兆しは見えないままだ。

 この状況は別に日本だけのものではなく、世界中でほぼ同じような感じとなっている。だいたいにおいて卵と鶏の関係で、ここから一歩踏み出して普及するための切っ掛けがない、というのが正直なところだ。

 おそらくはこうした状況に一石を投じる目的で行われたのが、2021年11月2日にWi-Fi Allianceが発表した「Wi-Fi CERTIFIED HaLow」の開始で、具体的には認証プログラムがスタートである。

資料を読む限り「Wi-Fi CERTIFIED HaLow」はあくまでもSub 1GHz帯を使っての相互通信がきちんと行えることを検証するものであり、例えばセキュリティなら「Wi-Fi CERTIFIED WPA3」など、これ以外の機能はまた別の認証が用意されるように思える

 後述するが、市場には既に2種類のWi-Fi HaLow対応コントローラーが存在しており、とりあえずこれで相互接続性の確認は行えることになる。

80Mbps超の帯域、150kbpsなら1kmの到達距離がアドバンテージ

 ちなみに、IoT向けとされる他LPWA規格と比べ、Wi-Fi Allianceによって、Wi-Fi HaLowのアドバンテージとされるものが以下となる。ピークなら80Mbps超えの帯域、150kbpsなら1kmの到達距離が実現されるため非常に有利、という話になっている。

そもそもこのグラフの前提がアメリカなので、日本国内ではもちろんこのようには行かない

 ということで、この話にもう少し深く突っ込んでみたい。まず上のグラフで示されているアドバンテージの数々について。以下の表は、こちらでメンバー向けに配布されているWi-Fi HaLowのWhitePaperからの抜粋となるが、他LPWA規格と比較した最大の違いは、多彩な変調方式が用意されていることと、チャネル幅の選択肢が非常に多い(1/2/4/8/16MHz幅)ことだ。

そもそも、なぜIoT向けLPWAの各規格には変調方式がそれほど用意されていないかを考えると、なかなか味わい深いものがある

 このチャネル幅から、理論的なスループットとカバレージ距離が他LPWA系規格に比べてずっと大きいというのが先のグラフなのだが、率直に言ってIoT向けLPWAで16MHzものチャネル幅を確保するというシチュエーションが現実問題としてあり得るか? というのは非常に疑問である。ちなみに150k~86.7Mbpsという転送速度でについては、以下がその一覧になる。

例えば、同じQSPKが2種類あるのは、内部パラメーターが異なるため

 一方の変調方式についても、要するに5種類(変調方式ごとにR値が2種類用意され、10種類とも)ある。つまり、1/2/4/8/16MHzと5種類のチャネル幅、さらにGuard IntervalがLong(8μs)とShort(4μs)の2種類あり、BSPK、R=1/2 with 2x repetition、Channel 1MHz、Long GIの場合で150kbps、256QAM、R=5/6、Channel 16MHz、Short GIということになる。

日本はもちろん米国でも、Sub 1GHzに関する法規制が足かせに

 まず実はこれがどこまで現実的かという話であるが、以下が「IEEE 802.11ah-2016」(現在はIEEE 802.11-2020にまとまっている)に記載された、Sub 1GHzに関する法規制となる。

「IEEE 802.11-2020」ではTable E-5に”S1G operating classes”としてまとまっている、というか項目数が猛烈に増えて3ページにわたる表となっていて、転載はやめることにした

 実のところ米国においても、86.7Mbpsが使えるのは、20MHzのチャネル幅を独り占めできる場合に限られる。また、変調方式は256QAMが必須になるが、bpsKなどに比べれば当然ノイズに弱い。これを補うためにはSN比を引き上げる必要があり、一番手っ取り早いのは送信出力をあげることだ。

 言うまでもなくこれは消費電力増に直結する。米国なら信号出力を最大1Wまで上げられるが、これではもはやIoT機器向け規格とは言い難い。少なくともバッテリー駆動の機器向けには厳しいだろう。

 そして日本ではさらに厳しい。

 IEEE 802.11-2020では、上で示した表と若干数値が異なっており、916.5~927.5MHzのチャネル1/3/5/7/9/11/13/15/17/19/21が利用可能となっているが、その幅が1MHzであることは変わらず、また、出力も一部の周波数を除き20mWプラス3dBiに限られる。

 すると、ピーク性能は256-QAMでShort GIでも4.4Mbpsが限界で、実際に20mW+3dBiでQAM変調を掛けても、どこまで届くか怪しい。屋内で802.11ahのアクセスポイントが見通せる範囲であればまだしも、間に壁を挟んだりれば、おそらくQAMでの変調では厳しく、せいぜいがQPSKで1Mbps出るか出ないか、というあたりが上限になるだろう。

 同様に屋外の見通せるところなら、ひょっとすると100mくらいの到達が期待できるかもしれないが、障害物が入ればこれはさらに短くなるだろう。

 加えて言えば、この周波数帯はいわゆるISM Bandなので、ほかの用途にも当然利用されている。混雑している2.4GHz帯とどっちがマシかは甲乙つけがたいが、実際、ISM Bandを使う他のLPWA規格は、いずれも混信対策などのためにバンド幅を狭め、速度を犠牲にして接続性を高める工夫をしている。

 このあたり、IEEE 802.11ahはWi-Fiのものをそのまま持ってきている格好なので、正直混信などにはかなり弱いと思われる。もちろん、最終的には実際に製品で試してみないと何とも言えないところではあるのだが。

Wi-Fiの既存プロトコルを使っても、パラメーターの多さでコストは増大

 そして、このパラメーターの多さは、そのまま実装コストの増大につながることになる。Wi-Fi Allianceの説明は「基本的にプロトコルは既存のWi-Fiそのままで、物理層がSub 1GHzになっているだけなので、実装コストは低く抑えられる」とされているが、この説明は、嘘ではないものの現状では正しくない。

 現在のWi-Fiモデムに関して言えば、おおむね図1のような構造になっている。物理層に関しては2.4GHz帯と5G(最近は5~6G)Hz帯に関して、別々にPHYやPA(パワーアンプ)、フィルター類が実装されるが、その上位のMAC層に関してはもう統合されている。

 もしIEEE 802.11ahが図2のようなかたちで実装されるのであれば、上位層は確かに既存のMACなどを全て流用できることになるので、最小限の追加コストでIEEE 802.11ah対応が実現できるわけだ。

現在のWi-Fiモデムの構造

IEEE 802.11ahの実装例

 ところが現実問題として、現在出荷されている製品はいずれもIEEE 802.11ahのみの対応である。Wi-Fi Allianceに掲載されているWi-Fi CERTIFIED HaLow認証取得済の製品リストには、現時点で3社6製品が掲載されているが、いずれもFrequency Band(s)が”Sub-1 GHz”となっている。ということは、構成としては図3のようになるわけだ。

 例えばMethods2Businessは、クライアントあるいはアクセスポイント向けにM2B7111というIPを提供しているが、いきなりIPではビジネスが立ち上がらないと判断してか、「E2B7111-EVB」という評価キットを用意している。ただ、この製品にはWi-Fi CERTIFIED HaLow以外に、Protected Management Frames、WPA3-Personal、Wi-Fi Enhanced Openなどへの対応も実装されている。

アクセスポイント向けIP「M2B7111」の評価キット「E2B7111-EVB」。奥のシールドに囲まれた部分がPHY、その手前のチップがMACから上だろうか?

 こうしたものは競合のLPWA規格にはなく、確かにWi-Fi HaLowのメリットではあるのだろうが、実装コストがその分掛かるのが現状だ。つまり、2.4G/5G用とSub 1G用でそれぞれWPAやらWi-Fi Enhanced Openやらへの対応を行わなければならないからで、どう考えてもこれはSub 1Gモデムの値段を押し上げる方にしか働かない。

 現状でMethods2Business以外にWi-Fi HaLowの認証を取得しているのは、NewRacomMorse Microの2社であるが、説明ではほかにAdapt-ipHugeICもチップやIPを開発中、とされていた。ただ決定的ではないのは、要するにトライバンド(Sub1G/2.4G/5-6G)Wi-Fiチップの開発を表立って公表している会社が1つもないことだろうか?

 この業界で、世界で最初にチップをアナウンスしたのはギリシャにあったAntcor(Advanced Network Technologies)で、2014年2月18日に初めてのIEEE 802.11ah対応IPを発表している。ただ、同社は2014年8月にスイスのu-bloxに買収されてしまう

2013年頃のAnctorのWebサイト

 IoT向けのConnectivityを得意とするu-bloxは、同社のWi-Fi資産を活用して製品展開を行っているものの、Wi-Fi HaLowには興味がなかったようだ。現時点でWi-Fi HaLowのソリューションを一切出していない、という辺りが、同社のWi-Fi HaLowに対する姿勢を物語っているように思える。

Wi-Fi HaLow対応チップセット、2022年に1000万個を超える?

 筆者の率直な感想で言えば、IoT機器向けとしては、Wi-FiのSecurityやConnectiviyは重過ぎるのではないか? という気がしてならない。

 スマートフォンやPCなら、さほど苦ではないこれらの処理も、下手をすると32ビットですらないマイコンを使うさまざまな低消費電力機器には結構荷が重いし、それをオフロード処理できるようなプロセッサをモデムに内蔵させたら、今度はモデムの価格が下がらない(し、消費電力も増える)ことになる。

 もっとも、Wi-Fi Allianceの方はこのあたりに関して「われわれはあくまでも楽天的に考えている。確かに今はマーケットが立ち上がっていないが、今後Silicon Partnerが増えれば、市場がWi-Fi HaLowを求めるようになり、そうなれば(もっと大手も)参入してくることが期待できると思っている」(Wi-Fi Alliance SVP, MarketingのKevin Robinson氏)と説明している。

 ちなみに、Wi-Fi HaLow対応のチップセットは、IDC Researchの予想では2022年に1000万個を超え、Industrial/Smart Home/Smart City/Retailなどの分野へ広がるとしている。さて、1年後に本当に1000万個の出荷が実現するだろうか?

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