文部科学省が大学入試でオミクロン株の濃厚接触者に受験させないよう大学に要請した問題は、また「官邸も知らなかった現場の暴走」という話ですまされそうだが、今回はそうは行かない。
12月22日の記者会見で、岸田首相は「オミクロン株の濃厚接触者に対しては、自宅ではなく宿泊施設で14日間、待機を要請いたします」と明言した。
- 大前提:オミクロン濃厚接触者は施設で待機させる
- 小前提:受験生Aは濃厚接触者である
という2つの前提がなりたつとき、三段論法で「Aは宿泊施設で待機させる(会場で受験できない)」という結論が出る。文科省の要請は岸田首相の方針の論理的帰結なので、責任は首相にあるのだ。受験生を例外にしても、この責任は回避できない。
「濃厚接触者」の定義は曖昧で法的根拠がない
まず隔離に法的根拠はあるのか。当初は「1ヶ月様子を見る」という理由で始まった外国人の入国禁止もなし崩しに延長され、濃厚接触の定義も変更された。
感染症法18条では「患者及び無症状病原体保有者は、感染症ごとに厚生労働省令で定める業務に、そのおそれがなくなるまで従事してはならない」と定めている。
ここで就業制限(隔離)されるのは「無症状病原体保有者」までであり、濃厚接触者を隔離する規定はない。厚生労働省もそれは知っているので、これは「要請」であり、従う必要はない。
オミクロンを差別する科学的根拠もない
法的根拠がなくても、オミクロン株がデルタ株より危険だという科学的根拠があれば、超法規的な要請も暫定的に許されるかもしれない。まずコロナ感染者数は、図1のようにオミクロン株が見つかった今年11月から、南アフリカやイギリスで増えている。
図1 各国の100万人あたり感染者数(Our World in Data)
しかし感染症の実害は死者である。それは「感染者数×致死率」だから、ボトムラインは人口あたり死亡率である。オミクロンはデルタより多いのだろうか。
図2 各国の100万人あたり死者数(Our World in Data)
図2のように死亡率は、欧米ではほとんど増えていない。南アフリカでは増えているが、今年夏より少ない。日本は大きく減り、アメリカの1/400以下である。
これは外国人の入国を禁止した水際対策のおかげだという人もいるが、オミクロン株はすでに国内に入っている。水際対策は時間稼ぎだが、時間を稼いでも新たな治療法が開発できるわけではない。これ以上、水際対策を延長しても大した効果はないのだ。
ゼロコロナで「やってる感」を出す
このようにオミクロン濃厚接触者を差別する法的根拠も科学的根拠もないが、政治的根拠はある。それは優柔不断といわれる岸田首相が「オミクロン株を撃退した」という評判で、党内の求心力を高めることだ。
費用対効果のバランスを誠実に考えた菅前首相は、たまたま起こったコロナ第5波で「対策が不十分だ」と批判を浴びて失脚した。それを見た岸田氏は、ゼロコロナに振り切って「やってる感」を出すことが、どっちに転んでも得策だと考えたのだろう。
運よくこのままコロナが収束すれば、コロナを征圧した首相として賞賛される。年明けに感染が拡大しても、ここまで極端な対策をとっておけば、ゼロコロナの野党は追及できないので、国会は楽勝だ。
鎖国で日本経済の落ち込みが先進国最悪の状況になっても、ワイドショーで恐怖を植えつけられた大衆は岸田政権を支持するだろう。このまま来年の参議院選挙で圧勝すれば、岸田政権は意外に長期政権になるかもしれない。