国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長の最近の言動を見ていると、同じスイスに本部を置く世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長を彷彿とさせる。テドロス事務局長は2020年1月、中国武漢で新型コロナウイルスの感染が発生した直後、北京を訪問し、習近平国家主席を謁見し、中国の対コロナ対策を称賛し、後日世界の笑いものになったことはまだ記憶に新しい。ところで、ドイツ人のバッハ会長は今月11日、IOC首脳会談をオンラインで開催し、世界で広がりつつある北京冬季五輪大会への外交ボイコットに対し、「五輪とスポーツの政治化は許されない」といった共同宣言を採択し、北京の中国共産党政権にエールを送っている。そうだ、テドロス事務局長もバッハ会長も窮している中国共産党政権に救いの手を差し伸ばしているのだ。
12月13日バイデン米大統領は今月6日、中国の人権問題を理由に北京冬季五輪大会の開会式に政府関係者を派遣しない“外交ボイコット”を決めた。英国、カナダ、オーストラリアが米国の決定に同調して政府派遣を取りやめている。北京冬季五輪大会を国家の威信高揚の絶好の機会ととらえて、準備をしてきた中国側は米英豪らの外交ボイコットに対して「中国は断固とした対抗措置を取る」(中国外務省報道官)と喧嘩腰だ。
12月13日中国共産党政権は米国の外交ボイコット表明の前に先手を打っている。中国が利用するのは国連総会だ。ここに「五輪休戦決議案」を提出している。同決議案(Building a peaceful and better world through sport and the Olympic ideal)は「スポーツの平和の祭典、五輪大会期間中(具体的には大会開催7日前から閉幕後7日間までの期間)は世界の紛争は休戦すべきだ」と明記した内容だ。ラマダン休戦、クリスマス休戦と同じだ。人権蹂躙で世界から糾弾されている中国が平和の天使役を演じ、イメージチェンジを図っているわけだ。
12月13日国連を利用して自国の立場を擁護するのは中国の常套手段だ。国連を通じて「世界は中国を支持している。反中勢力は世界の一部分に過ぎない」とアピールできるからだ。実際、国連総会本会議で2日、中国が提案国、173カ国が共同提案国となった「五輪休戦決議案」は、米国ら20カ国が署名を拒否しただけで、173カ国の支持で無投票で採択された。
12月13日ここにきてバッハ会長の言動が明らかに中国側に操作されてきている。その契機は中国の世界的女子テニス選手ペン・シューアイ(彭帥)さんの失踪問題だ。同会長は中国側が準備したシナリオに沿って同選手とビデオ会談し、中国前副首相(張高麗)から性的虐待を受けたと告白後、姿を消していた同選手が無事であることを世界にアピールする役割を果たした。しかし、同会長の口から中国の人権蹂躙問題への発言は一切ない。これが同会長が自慢する「静かな外交」だ。
12月13日ちなみに、バッハ会長の「静かな外交」と好対照は世界女子テニス協会(WTA)の対応だ。WTAは事件の全容解明を要求し、「香港を含む中国でのWTAトーナメントを中止する」と警告を発している。
12月13日当コラム欄で「中国共産党の国連支配を阻止せよ」(2019年6月10日参考)を書いたが、WHOのテドロス事務局長やIOCのバッハ会長は中国の長年の国際機関浸透作戦の成果だ。武漢発新型コロナウイルス感染、欧米諸国の北京冬季五輪大会外交ボイコット、女子テニス選手スキャンダルなどが浮上し、中国共産党政権が窮地に陥ると、中国は国連、国際機関を総動員して対抗するのだ。
12月13日世界は2008年、北京夏季五輪大会の時は五輪大会の開催を通じて中国社会が民主化するのではないか、という淡い期待を持ったが、習近平主席時代(2012年11月~)に入ると人権弾圧、宗教迫害は一層厳しくなった。
12月13日その中国を2022年の冬季五輪開催国にしたのはIOCであり、バッハ会長だ。2014年、マレーシアで開催されたIOC総会で候補地として2都市が残った。北京とアルマトイ(カザフスタン)だ。カザフスタンの最大都市アルマトイはウインター・スポーツが盛んだ。一方、北京は十分な雪が降らないから、冬季五輪開催地としては相応しくないといわれていた。それに対し、中国側は、「スキー選手は天然雪より人工雪を好む」とフェイクニュースを流した。投票の結果、北京が44対40の票で開催地に選ばれた。
12月13日バッハ会長は当時、北京が選ばれたことを歓迎し、「安定した選択」と述べている。バッハ会長は中国共産党政権下の人権弾圧が視野に入らないのだろう。若い法輪功信者が拘束され、生きたまま強制臓器移植されているのだ。中国の強制臓器移植問題を調査している関係者によると、健康な法輪功信者の1人の遺体から約50万ドルの臓器移植が行われているというのだ。バッハ会長の「静かな外交」とは、中国共産党政権の汚点をオブラードでくるみ、笑顔を振りまくパンダハガー外交(媚中派外交)ではないか。
12月13日注:海外中国メディア「大紀元」の動画「世界の十字路」(北京冬季五輪開催に必死、中共企む黒い手口)を参考にしました。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。