ビジネスシーンにおいて、日本では「雑談は必要なもの」と考える人が多い気がする。たとえば、日本能率協会が2021年8月に実施した調査では、ビジネスパーソン1000人のうち、約8割が「自身にとって雑談はプラスだ」と回答した。リモートワークが普及してきた昨今では、雑談機会の減少を課題にあげる企業も多い。
しかし、筆者が現在、滞在しているフィンランドでは、オフィスでの雑談がさほど活発ではない様子。中には出社・退社時のあいさつさえしない企業もあるとか。
「進化する北欧イノベーションの今」を現地から届ける本連載。今回は「フィンランドの雑談文化」をテーマに、現地の企業で働く移民のみなさんの声を聞いてみた。その結果、「なるほど」と納得できる部分もあった。異国の文化を通して、「雑談の必要性」や「居心地の良いオフィス環境」について改めて考えてみてほしい。
余計な会話をせず、サッと帰るフィンランド人
このテーマを書きたいと思った背景には、フィンランドで働く移民女性のコミュニティで、「フィンランドのオフィス文化」をテーマに、大いに会話が盛り上がっていた事実がある。その中には、こんなコメントがあった。
「休憩室でランチを取っていたとき、同僚が近くに座ったけれど、その人は何も話しかけてこなかった。最初は気まずかったけれど、ランチタイムに誰かと一緒になっても無言でいることに慣れてきた」
「母国では、お菓子をシェアしながら同僚たちと雑談していたけど、フィンランドではシェアする様子が見られない。みんな自分の食べたいモノを買って、1人で食べている」
「フィンランド人の同僚は、出退勤時のあいさつも雑談もしない。『How are you?』と聞いてみても『I’m fine』と一言の返事のみで、彼らは聞き返してこない。会話が盛り上がらず、つまらない』
「エンジニアばかりが集まったオフィスで仕事をしている。ここでは、キーボードのタイピング音しか聞こえない。この沈黙を破らないために、5メートル先に座っている同僚に、わざわざSlackでメッセージを送っている」
「同僚がいつ帰ったのか気づかず、16時を過ぎると、気づいたら自分だけがオフィスに残っていることがある」
「飲み会ですごく酔っ払うと、同僚はオープンに会話をしたり、ハグをしたりしている。でも次の日オフィスに行くと、みんな何事もなかったかのように振る舞い、あいさつさえしないのは、この国の伝統なのだろうか」
筆者がデンマークに滞在していた際も、似たような話を聞いたことがある。デンマーク人の多くは合理主義で、ランチは30分程度と短い。17時を過ぎるとサッと人々が帰っていき、オフィスが一気にガランとする。デンマーク人は基本的にフランクで、カフェやレストランでの対応もにこやかな印象だ。一方で、初対面の相手に対するバリアが厚く、なかなか深い仲になれない難しさがある。現地在住の日本人の多くが、デンマーク人と人間関係を築く難しさを語っていた。
フィンランド人も似たような特徴があるが、筆者が抱いた印象は、「デンマーク人ほど陽気ではなさそう」というもの(夏がやって来ると誰もが浮かれモードになるのは、北欧共通だと思うけれど)。合理主義も強く見られるので、職場で余計な会話をしないというのも理解できる。
形式的なあいさつなら、なくてもOKと考える
フィンランドの雑談文化に興味を持った筆者は、現地で働く日本人の人々にも話を聞いてみることにした。すると、休憩中などの交流が盛んではない様子が垣間見られ、この文化について「肯定派」と「否定(苦手)派」の両方の意見があった。
世界一コーヒーを飲むといわれるフィンランド人は、オフィスでもコーヒー片手に雑談しているイメージがあるが……
まずは、肯定派の意見を見てみよう。
「同僚から、毎日『How are you?』と聞かれても何も言うことないし、『Fine』とだけ答えていた。何で毎日聞くんだろうと思っていたが、フィンランド人の同僚たちも同じような会話しかしていない。『この形式的なやり取りは必要なのか?』と思っていたら、相手も同じことを思っていたみたいで、いつの間にか消滅した」
「フィンランドに来て約1週間だけど、日本では相手に質問して『あなたに興味を持っている』という姿勢を示すことや、話題を振ることがコミュニケーション能力が高いと思われがちな気がする。私の周りにいるフィンランド人の方は、みなさんとても良い方だと知っているので、会話がすぐ終了しても気にならない」
「前にフィンランド人の同僚と雑談について話したとき、『How are you?』って一見ケアしてるみたいな言葉だけど、実際は近況のショートプレゼンをしろと言っているのと同じで、ネタがないときに言われるとツラいと。コーヒーブレイクのときも、話したり無言だったりで自然に任せる感じ」
肯定派の人たちの声を聞いて、妙に納得してしまった。確かに、毎日同僚に話すような新鮮なネタがある人ばかりじゃないし、気をつかって天気の話やニュースの話題などで盛り上げようとしても空回りしたり、気疲れしたりするかもしれない。特に困ることがないのなら、「話したいときだけ話す」というのは、理にかなっているのではないだろうか。
休憩時間に1人で落ち着きたい日もあるし、フィンランドの文化は気負いしなくても良いのかも?
一方で、交流の少なさが苦手という人もいた。
「この文化にいまだに慣れず、ツラいときもある。親しくなれば自然と会話が生まれるんだろうけど、まだそこまでの関係になれていない。前に病院で働いていたときは、休憩中にみんなでその日にあったこと(病棟であったトラブル、武勇伝など)を話していたので、職場にもよるかもしれない」
集まった日本人の方の意見では、苦手という人は1人のみだったが、移民コミュニティの意見を踏まえると、「フィンランドの雑談文化」に困惑している人が一定数いるのではと思われる。
もちろん、日本人として苦手という意見も大いに理解できる。筆者は13年ほど企業勤めをした経験があり、8社ほど転々としながら、いろいろなオフィスを見てきた。雑談が盛んで社員同士の仲がいい会社は、働いていて単純に楽しい。会社内に友だちがいるような感じで、ランチタイムにワイワイと話したり、お菓子をシェアし合ったり。ツラいことがあったとき、仲のいい同僚のおかげで乗り越えられた経験も多々ある。
社員同士の関係性強化だけでなく、雑談から問題解決や新規ビジネスのアイディアが生まれることもあるだろう。これは企業取材でもよく聞かれる話で、特にイノベーションの創出を目指すスタートアップでは、雑談からインスピレーションが湧くことも大いにあるそうだ。そういったことを踏まえると、雑談してはいけないような空気があると、時に弊害になるかもしれない。
雑談をしない=相手が苦手なワケではない
フィンランドでは、ビジネスシーンを含めた人間関係において、「信頼関係」が非常に重視される。同僚同士でサウナに入ったり、お酒を交わしながらフランクに交流したりするという話もよく聞く。
これは筆者なりの結論だが、積極的に雑談をしないフィンランド人がいたとしても、相手に苦手意識があったり、機嫌が悪かったりするわけではないのだろうと思う。加えて、日本人にありがちな「沈黙=気まずい」という感覚が薄いのかもしれない。
デンマークでもフィンランドでも、「人は人」という感じで、他人の言動にあれこれ口出ししない無関心さがあると聞く。その延長で、同僚にも深くは関わらない、休憩時間も個々の好きなように過ごすといった感じなのかなと。自然と会話が始まればそれでいいけれど、特に話すことがなければ話さない。その習慣が当たり前になり、ランチや休憩時間はわりと無言というオフィス環境が生まれたのかもしれない。
ただ、一部の移民の人たちが言うように「そっけないし、つまらない」というのは、もっともだし、「それでイノベーションや社員同士の団結が生まれるのか?」という疑問もある。次回以降の企画として、引き続き「雑談」をテーマに、フィンランドのスタートアップでの雑談文化を掘り下げてみようと思うが、いかがだろうか。筆者のTwitterのDMや編集部へのリクエストがあれば、ぜひ送ってほしい。
小林香織
「自由なライフスタイル」に憧れて、2016年にOLからフリーライターへ。【イノベーション、キャリア、海外文化】など1200以上の記事を執筆。2019年よりフリーランス広報/PRとしても活動をスタート。2020年に拠点を北欧に移し、現在はフィンランド・ヘルシンキと東京の2拠点生活。北欧のイノベーションやライフスタイルを取材している。
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