「日本のものづくり」にテック企業のスピード感を–MOON-X長谷川氏に聞く創業から2年の成果と課題

CNET Japan

 フェイスブック ジャパンの代表取締役として、その急速な成長を牽引してきた長谷川晋氏。2019年に代表を退任した同氏は今、以前とは全く毛色の異なる日本のものづくりという領域で活動している。新会社MOON-Xを立ち上げ、クラフトビールやスキンケア商品など複数のオリジナルブランドを開発し、売り切れになる人気商品も誕生している。


MOON-X Co-founder/CEOの長谷川晋氏

 新たなスタートから2年が経ち、確かな成果を生み出していくなか、同社は2021年9月に「MOON-X BRAND STUDIO」というブランド支援の新たな取り組みを発表した。退任直前のインタビューで長谷川氏は、グローバルに通用する日本のビジネス、人材の育成に向けて「ライフワークとして残りの人生を費やしたい」と語っていたが、新会社ではそこに対してどうコミットしているのか。創業からの2年間を振り返ってもらうとともに、今後の事業展開について聞いた。

製品を作りっぱなしにするのではなく「進化」させてきた

——2019年にフェイスブック ジャパンの代表を退職された後、それほど間を置かずに起業されました。約2年が経過しましたが、これまでの動きを教えていただけますか。

 「共創を通じてJAPAN BRANDSの発射台となる」ことをMOON-Xのミッションとして、いろいろな企業・組織と組みながら進めてきました。ここまで2年間やってきて、学んだことや手応えもあれば、課題として見えてきたところもあります。

 たった2人で創業してから、茨城県の木内酒造さんと一緒にクラフトビール「CRAFTX」を開発したり、男性用スキンケアの「SKIN X」や女性用スキンケアの「BITOKA」を開発したり、宮崎県の醸造所や農園と日向夏のビール「日向夏IPL」を出したり。さまざまなブランド、製品を出してきた2年間だったかなと思っています。


MOON-X独自ブランドのクラフトビール「CRAFTX」

男性用スキンケアブランド「SKIN X」

女性用スキンケアブランド「BITOKA」

 また、SKIN Xが美容誌「VOCE」さんのメンズコスメアワードに選ばれましたし、CRAFTXも日本ビアジャーナリスト協会さんから優秀賞をいただきました。こうして外部の方にブランドや製品を評価していただけたのも僕らにとってはありがたく、勇気づけられることでした。

 2021年の振り返りで一番大きいのは、Amazonや楽天を中心としたECモールへの注力です。失敗もありましたが、SKIN XやBITOKAがAmazon’s Choiceに選ばれたりもしました。僕らが扱っている3ブランドとも上位にランクインしましたし、試行錯誤の中でお客様だけでなく、プラットフォームサイドにも選んでいただける製品になってきたのは、2021年のすごく大きな手応えでもあります。

——共創という部分では、2年の間に何か変わってきているところはありますか。

 作り手、パートナーの方との共創は、引き続き僕らにとっては大きなポイントでもあります。たとえば、既存製品をただ作りっぱなしにするのではなく、ずっと進化させています。名前は同じですが、CRAFTXはすでに4代目で、味も変えてきているし、パッケージデザインも変えています。食品卸の老舗である信濃屋さんとコラボして、CRAFTXとナッツを詰め合わせた「父の日 特選飲み比べギフト」というセットも作りました。

 ギフトという意味では、1本3500円するギフト特化型のビール「CELEBRATE ONE」もそうです。お祝いでプレゼントするとき、1本モノのワインだといろいろ難しいじゃないですか。3500円のワインだといいワインなのか、そうでもないワインなのか、なんとも言えない微妙な感じがありますよね。でも、同じ値段でもビールだとちょっと違うと思いませんか。


「CELEBRATE ONE」

 1本モノで3500円のビールというのはこれまで意外になかった選択肢で、しかもこのコストで渾身の1本を作ると本当にいいものが作れるんですよね。ホップの扱い方や醸造方法など、めちゃくちゃこだわって作れてしまう。これは今までになかった価値提供の1つかなと個人的には思っています。

事業の柱を担う新たな枠組み「MOON-X BRAND STUDIO」

——2021年9月に「MOON-X BRAND STUDIO」という取り組みを発表されました。

 創業からちょうど丸2年、そういったこれまでの経験を踏まえて、大きく事業モデルを拡張するという判断をしました。それが「MOON-X BRAND STUDIO」という枠組みで、これを含めた3つの柱で今後事業を展開していこうと思っています。

 まず1つ目の柱は、今までもやってきた自社ブランドを立ち上げて育成していくところです。たとえば、普段飲み用のクラフトビールとしてスタートしたCRAFTXから始まって、その後レモンサワーを開発し、先ほどお話ししたギフト特化型のビールであるCELEBRATE ONEも始めました。ビールの枠からアルコール飲料にまで広げ、ギフトシーンにも対応する形で育ててきたわけです。

 SKIN Xも最初は洗顔料や化粧水としてスタートして、2021年にはスカルプシャンプーを発売し、クラウドファンディングで「SKIN X ザ・リムーバークリームキット」という除毛クリームもリリースしました。狭い意味でのスキンケアから、男性のビューティーケアにまでカテゴリを拡大したんですよね。

 というわけで、僕らの既存ブランドではただ単に製品を出しっぱなしにするのではなくて、それも進化させていくし、カテゴリも広げていく。販売チャネルにおいても、たとえばAmazon’s ChoiceのようにECプラットフォームに選ばれる存在になっていく。そうした自社ブランドの開発と育成は、引き続き1つの柱として展開していきます。

 そんな中で、ブランドを浸透させていくところのノウハウも溜まってきました。そこで思ったのが、このノウハウが他社さんのブランドに対しても、僕らから価値として提供できるものがあるのでは、ということでした。その仮説に基づいて、支援事業という形で他社ブランドの拡販やデジタルによるブランド作りをサポートさせていただく、というのが2つ目の柱で、これが「MOON-X BRAND STUDIO」に関連したものになります。

——ブランド作りのサポートでは、すでに動き始めているプロジェクトもあるのでしょうか。

 いくつか紹介できる事例があります。たとえば、ペットフードの「メゾン・ド・ジビエ」さんです。国産の鹿肉を使ったペットフードを作られていて、味と安全性の両立にこだわってらっしゃいます。すでにAmazonに出店はしていましたが、製品の良さを伝えきるクリエイティブや、広告でブランディングするところまでは手が回っていなかったそうで、僕らがそこに入らせていただいて、商品ページを全部作り変えました。今はAmazon’s Choiceに選ばれるほど支持されています。

 また、スキンケア製品のリアルネットさんとは、クリエイティブについて協力させていただきました。今やスマホの小さな画面でどれだけブランドのこと、製品のことを語り切れるかが勝負です。商品画像を左右フリックで切り替えていくAmazonのカルーセルを上手に使うなど、さまざまな工夫を盛り込みました。

 これについては、日々ダッシュボードでどんな要素を表示して、どの数字を追って、そこからどうやってアクションにつなげるのか、という運用ノウハウまで注入させていただいたので、リアルネットさんからは「今後の運営の自走にもつながりました」とおっしゃっていただけています。クリエイティブだけでなく、僕らの日々の運用ノウハウが他社ブランドでも使えるんだ、という手応えを感じたという点でも、意義の大きな支援だったと思っています。

——自社ブランドとともに他社ブランドの育成も手がけていくわけですね。3つ目の柱はどういったものになるでしょうか。

 それが、「共創型M&A」と僕らが呼んでいるものになります。ブランドや企業に対して当社から資本参加させていただいて、僕らのポートフォリオに入っていただく、というような形です。ECは巨大な市場ですし、まだまだ伸びしろがあります。一方でM&Aが日本においても浸透してきている。日本のビジネスの大半は中小企業で成り立っていますし、ECとM&Aという手段を組み合わせることで、地方の活性化に必要な課題解決をスケールのある形で実現できるのではないか、と考えました。

 たとえば、すでにAmazon、楽天、Yahoo!などのECモールで販売していてそこそこ売れているけれど、これ以上の数はさばけないとか、副業的にやっていて手が回らなくなってきたとか、そういうブランドが対象になります。あるいは地方で事業承継者がいないとか、海外にも通用する製品・ブランドだけれど、海外展開のイメージがつきにくい、と悩んでいる企業に対する出資も考えられますね。

 そこに僕らが入って、ブランドだけ譲渡してもらって運用するケースもあれば、そのブランドオーナーさんごと僕らに加わっていただいて一緒に成長していく、という方法も考えられます。今のブランドそのものの良さを伝えられるように、パートナーさんも巻き込んで、より大きく発射していく、そういった思いを込めて「共創型M&A」と呼んでいます。

——そのあたりのノウハウもMOON-Xにはすでにあると。

 僕らがなぜそこでバリューを出せると踏んでいるかというと、「メンバー」「ノウハウ」「パートナー」の3つが揃っているからです。ブランディング領域からデジタル、サプライチェーンなど、それらの専門スキルをもっているスタッフが揃っている。社員の4割はグローバルでの仕事経験がありますし、海外進出も問題なく進められると思っています。すでにお話しした自社ブランドの運営や他社のEC支援事業におけるノウハウも使えます。

 とはいえ僕らだけでやれることは限られています。ですので、すでに連携しているパートナーさん、お付き合いのある多様な企業や、CAMPFIREさんのようなクラウドファンディングのプラットフォームなどと手を組むことで価値提供をしていく。このあたりが可能なのが僕らにとっての大きな強みかなと思います。

 こういった形で進めることで、「共創を通じてJAPAN BRANDSの発射台となる」という意味では、僕らのブランドだけで目指していくよりもっと広く、大きなスケールでやれそうにも感じています。3年目からの新しいチャレンジとしては、非常にいいアプローチなのかなと思っているところです。

改めて感じたクラウドファンディングの魅力とは

——CAMPFIREと手を組んでいくというお話がありました。その取り組みについて具体的に教えていただけますか。

 2021年8月にCAMPFIREさんと資本業務提携を発表しました。それ以前に、レモンサワー「PULEMO(ピュレモ)」の販売にあたって、初めてのクラウドファンディングをCAMPFIREさんで実施したんですが、これがめちゃくちゃ面白いと思ったんです。

 PULEMOは、無添加でグルテンフリーのヘルシーなレモンサワーで、海外では「ハードセルツァー」と呼ばれるものです。ナチュラルで自然な美味しさの新しいレモンサワーを出そうということで始めたプロダクトなんですが、ビールとはまた違う新しいカテゴリなので、クラウドファンディングで先に出してみようと。それで533人の方に応援していただいて、無事に製品化を果たしました。


CAMPFIREでのクラウドファンディング

 ただ、こうやってクラウドファンディングを活用して次々と製品やブランドがどんどん世の中に生まれてきてはいるものの、一発だけの打ち上げ花火で終わってしまうケースが多いと思うんですよね。でも僕らは継続性のあるブランドを作ってきているので、クラウドファンディングで新しい製品やブランドを打ち出したときにも、それで終わりにするのではなく、そこからどんどん積み重ねていくようなものを作っていけそうだ、という手応えを感じました。

 CAMPFIREさんとしてもそういった継続性のあるものをいかにして作るか、というところに課題を感じていたようでしたので、一緒にやりましょうか、ということで業務提携に至ったわけです。

——クラウドファンディングの一番の魅力はどこにあると感じていますか。

 通常、製品を作るには資金を用意して、開発して、できあがったらマーケティングのために広告費を費やして、なんとか最初のお客様を見つけてくる、というフローになります。ところが、クラウドファンディングではモノができあがる前から応援していただいて、お金をいただける。ファンが最初からいる状態なんですよね。順番が完全に逆転しているのが、マーケティング的にもビジネス的にも面白いし、すごくイノベーティブなソリューションだなと感じました。

 このクラウドファンディングにおける支援も、先ほど2本目の柱としてお話しした事業に含まれます。お金を集めて製品を作って送って、それで終わってしまう一過性のプロジェクトではなく、作り手やCAMPFIREさんと一緒になって、クラウドファンディングを立ち上げるところから継続的なビジネスやブランドにするところまでを一気通貫でやっていく、今回の提携はそういった内容になっています。今は試験的に開始するべく、いろいろなプロジェクトオーナーさんと話しているところです。

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