コロナ医療を考える:スウェーデンの経験と日本への教訓 — 宮川 絢子

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Oleksii Liskonih/iStock

スウェーデンはこのコロナ禍における政策の特殊性から、世界中から注目されてきた。しかし、スウェーデンの状況は必ずしも正しく報道されているとはいえず、間違った報道により言われなき批判も多く受けてきた。日本とスウェーデンには、ロックダウンを選択せず、国民の自粛に任せた数少ない民主主義国家であるという共通点があり、政策的には非常に似ている。しかしながら、日本における生命至上主義やゼロリスクの考え方はスウェーデンのそれとは一線を画しているため、多くの日本人がスウェーデンの政策に対してアレルギー反応を示した。

コロナ禍は各国の持つ脆弱性や問題点を表面化させたが、スウェーデンや日本においてもその例外ではない。平常時においては国民に優しい(言葉を変えれば過剰な)日本の医療システムが、危機に際しては非常に弱かったことは大きな問題であり、感染被害が非常に大きかったスウェーデンの医療システムがパンデミックにおいて柔軟な対応で凌いできたことに学ぶことはあると思う。日本とスウェーデンの医療システムや国民の死生観には大きな違いがあるとしても、スウェーデンの問題を他山の石とするとともに、長所に学ぶ機会でもあると考えられる。日本のコロナ禍における感染拡大は、スウェーデンのそれに比べれば非常に小さいものであったのにもかかわらず、日本の医療が逼迫をきたしたことは、日本の医療システムが以前から抱える問題点に原因があると考えられる。

経過

スウェーデンではこれまで3つの大きな感染の波を確認している(図1)。

図1 Aftonbladet
第1波は検査数が少なかったためグラフ上では大きな波となっていない

第1波は、イタリアを始めとしたヨーロッパ諸国の第1波より少し遅れて始まった。当初、水際対策で食い止める予定であったが、2020年3月の「スポーツ休暇」で、およそ100万人のスウェーデン人が休暇で国外へ出た際に感染を持ち帰ったことにより爆発的に感染者が増えてしまった。当時はPCR検査のキャパシテイーが不足していたこともあり、感染追跡を早々に諦めた。入院は酸素が必要となる中等症以上とした。介護施設における医療リソースが不足していることが以前から知られていたが、コロナ禍ではそれが沢山の犠牲者を出す原因となった。犠牲者のほとんどは介護施設に住む高齢者であった。介護施設のスタッフにはパートタイム雇用の移民が多くおり、休業補償が出ないため、症状があっても欠勤せず、スタッフから高齢者への感染が主な感染経路だと推測された。さらに、これら移民の中には、多世代家族で狭い住居に住んでいる人が少なからずおり、スウェーデン語の情報も届きにくく、そういった移民の間で感染が広がっていたが、これはスウェーデンの移民政策の失敗が原因とされている。

第1波が収束したのは2020年の夏。その後に発生した第2波では、第1波で得た教訓を生かし、介護施設での対応を向上させるとともに、PCR検査を拡大した。第1波より軽症の状態で入院させるようになり、治療方法もある程度確立してきたため、通常病棟に入院する感染者数は第1波より多かったが、ICUの入院者は減少した。しかしながら、第2波でも多くの犠牲者を出した。犠牲者の多くは第2波でも高齢者であった。

スウェーデンでワクチン接種が始まったのは2020年年末であるが、第3波はその直前に始まった。ワクチン接種は介護施設に住む高齢者や施設のスタッフを最優先し、続いて、コロナ診療最前線で働く医療従事者そして高齢者が接種対象となった。介護施設での接種が進むに伴い、施設での感染者や死亡者は劇的に減少し(図2)、その結果、第3波では感染者の波に対応する死亡者の波は発生しなかった。

図2 公衆衛生庁HP

第3波収束後、2021年夏は、感染者も死亡者も非常に低いレベルで推移し、各種規制緩和も行われ、国民はほぼ通常通りの夏季休暇を楽しんだ。7月1日からはEU内の海外渡航用ワクチンパスポートも導入されたため、スウェーデン国外で休暇を過ごす人も多かった(国内でのワクチンパスポート導入はされていない)。夏が終わり、感染者数は増加傾向であるが、重症者や死亡者は低いレベルにとどまっている。

対策

スウェーデンの感染症対策を指揮した公衆衛生庁のテグネル氏は、ロックダウンにはエビデンスがないこと、長期間持続可能な対策ではないこと、副作用が大きい対策であることを理由に、各国が雪崩式にロックダウンを選択したにもかかわらず、これまで一貫してロックダウンを選択していない。第1波では、空気感染よりも飛沫感染が感染経路として考えられていたため、ソシアルデイスタンス、手指の衛生が感染対策の主軸であり、リスクグループの隔離が強調された。マスクには感染予防のエビデンスが乏しいとのことで推奨されなかった。リモートワークは推奨されたが、学校や保育園は閉鎖されなかった。変異前のウイルスでは子供は重症化せず感染を牽引することがないとされていたこと、また、子供達が学校へ行く権利や重要性が重視され、閉鎖することにより働くことができなくなる医療従事者が多いという試算も出ていたことなどが閉鎖されなかった理由であった。

感染のピークを抑制する目的は医療資源の需要を供給量以下にコントロールすることである。同時に、医療資源の拡大は積極的に行われた。私の勤務する大学病院でも、感染が拡大する前からICUベッドの大幅な拡張が行われた。平常時40床のICUが5倍の200床程度までに増やされた。ストックホルムでは中等症の患者を収容する600床の野戦病院が建設されたが、これは結局使われることなく閉鎖された。ICU増床に伴い、麻酔科看護師などを急遽教育しICUで働けるよう準備し、配置換えに当たっては220%の給与のインセンテイブをつけた。コロナ禍で休職中のSASの客室乗務員を再教育してICUの補助要員として勤務させるなど、大胆なリクルートが行われた。そもそも、スウェーデンでは日本より格段にタスクシフトが進んでいる。看護師外来や看護師の電話診療などが日常的に行われて、医師の仕事負荷を軽減している。専門看護師も各分野に存在している。日本では手術室一つに麻酔科医1人がいることが多いが、スウェーデンでは麻酔の維持は専門看護師が行う。

スウェーデンの大病院は基本的に公立病院である。ICUを持つ病院がコロナ治療病院となり、コロナ治療病院で予定されていた通常診療の一部をコロナ非治療病院に委託する。地方自治体により感染状況が異なるため、人員の足りないところへ足りているところから人員を派遣する。ICUベッド数は通常は500床程度であるが、コロナ禍においては、感染状況により適宜増減させている(図3)。

図3 社会庁内部資料
実線はベッド数、茶色は感染者以外の入院、赤は感染者の入院

コロナ禍では、空床率20%を目標にしてコントロールしており、地方自治体を超えて患者の移動を空路陸路で行っている。このように国全体で医療資源を効率よく使うためには、患者数やベッド数などの情報が中央で集中管理されているからである。また、患者の移動はコロナ禍に限ったことではない。希少疾患に対する治療や、特殊な検査、治療を必要とする場合には、少数の病院をセンター化して患者を集めるのがスウェーデンの常である。患者は通常、居住している地方自体の大病院を受診するが、該当自治体に検査や治療を担当できる病院がない場合には、他の自治体の病院に紹介される。私が担当する膀胱全摘の手術もセンター化されており、スウェーデンの他の自治体からも患者がやってくるが、術後数日したところで、元の自治体にある病院へ搬送して継続して治療を行ったりしている。ヘリコプターで搬送することも珍しくない。このように平常時より自治体間の患者のやり取りに関してソフト、ハードともに存在していたため、コロナ禍における自治体を超えた患者の搬送も難しいことではなかった。

スウェーデンでは少ないベッド数(図4)で多くの患者の治療を行わなければならないため、ベッドの回転を上げるために入院日数を短縮する努力が常になされている。

図4 OECD

コロナ禍においても、症状が軽快すれば感染性があっても退院させる。長期入院が必要な高齢者は老人病院へ転院させる。日本では元々入院日数も世界で最長であることが知られており、スウェーデンと比較すると約3倍になる(図5)。

図5 OECD

医学的に入院が必要でなくとも社会的必要性から入院が長期になることは日本では珍しくない。もし、スウェーデン程度に入院日数を短縮するとすれば、単純計算でベッド数が3倍になるということになる。コロナ禍においても、医学的に入院が必要なくなった軽症者が少なからず入院している事実があるようだし、他国に比べて圧倒的に高い療養感染者における入院患者の割合を考えると、軽症者を過剰入院させている懸念がある。そうであるとすれば、軽症者の過剰入院により入院させるべき中等症や重症者が入院できるベッドが不足し、入院が必要な人が自宅待機を強いられる原因の一つとなっている可能性は否定できない。スウェーデンでは野戦病院が建設されたが使用されなかった。感染性の高く急変する可能性のある感染初期の患者を収容する施設を作るよりも、病院で治療を受け、経過観察された後の感染性の少ない患者を送る後方施設を用意する方が妥当だと考えられるし、第2波ではスウェーデンも早めに入院させ、急性期病院から退院させるように舵を切った。

スウェーデンでもワクチン接種は精力的に行われている。多くの国民は、専門家によるワクチン推奨を受け入れている。ほとんどの高齢者は2回接種を終了しており(図6)、若年者においては現在16歳と17歳の接種が進行している。

図6 公衆衛生庁
濃いオレンジは1回接種、薄いオレンジは2回接種

第33週までに16歳と17歳の約半数が1回目接種を終えている。EUでは、12歳以上に対するmRNAベースのワクチン接種を承認しており、隣国フィンランドやノルウェーでもそれに従っているが、スウェーデンでは16歳以上である。子供たちは感染に関するリスクが低く、長期的な副反応がまだ明らかになっていない現状でベネフィットがリスクを上回るという判断がなされていない。他の国と足並みを揃えることをせずに慎重に接種年齢を下げようとする姿勢が窺え、これもスウェーデンならではのスタイルではないだろうか。

スウェーデンはIT先進国として知られている。国民は生年月日と4桁の番号からなる合計12桁のパーソナルナンバーを持ち、あらゆる情報はパーソナルナンバーに紐付けされている。医療現場もパーソナルナンバーで診療情報はパーソナルナンバーに紐付けされており、患者自身も個人の携帯端末から自分のカルテを閲覧できる。1980年代から電子カルテの導入が始まり、現在では5種類程度の電子カルテが全国の病院や診療所で使われており、異なる電子カルテ同士の互換性も存在する。このように医療現場で既にIT化されたシステムがあったことで、コロナ禍でもPCR検査やワクチン接種業務の遂行を簡単に行えたことはスウェーデンの強みとなった。

考察

スウェーデンの政策の特殊性は、ロックダウンをせずに国民の自主性に任せたこと、保育園や学校を閉鎖しないなど子供の権利を大切にしたことなどである。また、政策以上に注目すべきは、対策を行う省庁の専門家や政治家の姿勢である。情報の透明性を極めて重要視し、省庁の専門家や政治家が定期的に記者会見を行い、説明すると同時に徹底的な質疑応答がなされる。省庁の専門家は政治家から独立して感染症対策を行うものの、政治家とのコミュニケーションは取れており、政治家と専門家からの国民へのメッセージが同一であることや、政策が一貫してぶれていないことは国民へ安心感を与えるものである。パンデミック対策は疫学者が指揮を取っているにもかかわらず、感染症対策に偏れば感染症対策による副作用の影響が大きくなることを警戒するという、広い視野を持っていることに感銘を受ける。また、いかに批判を浴びようとも、他の国に追従することなく、強権発動を避ける意思表示が明確であったことは特筆すべきことであるように思う。政治家や専門家自ら自分の言葉で国民に伝えていることもあり、メデイアが情報を取捨選択して報道し煽るようなこともほとんどない。従って、メデイアに対する信頼、特に国営放送(SVT)に対しては非常に高いと言える(図7)。

図7 Kantarsifo
Covid-19に関する報道の信頼度

スウェーデンにおいて国民の政治家や省庁に対する信頼は通常厚い(図8)。政治に対する関心は高く、選挙における投票率は常に80%を超えている。投票することは国民としての責任であるという認識が根付いている。国民が中央を信頼しているからこそ、公共サービスの対価として高い税金を負担することを許容している。

図8 Dagens Opinion
国民の信頼度(コロナ禍前)

スウェーデンでは貴賎貧富の別なく安価で平等な先進医療を受けることができるが、限られた財源でそれを実現するために普段から医療へのアクセスが制限されており、過剰医療を発生させない努力がなされている。国民も「人間はいずれ死ぬものだ。」という死生観を持っており、医療資源が無限ではないことも認識している。「救える命に医療資源を使う」ことが通常から徹底されており、それが国民のコンセンサスを得られている。終末期における延命治療や、エビデンスのない検査や治療は、患者や家族の希望があっても元より行われることはない。つまり、平時から医療現場ではトリアージは常になされており、コロナ禍で、例えば、ICU入室に際してのトリアージが行われても国民の理解は得られやすかったと言える。一方、通常、高齢者であっても治療に耐える体力があり、ある程度の生存を期待できるのであれば、大きな手術や、抗癌剤などの先進治療を日本以上に積極的に行っていることも事実である。つまり、多くの国で、「高齢者を切り捨てるのがスウェーデンの医療である」と報道されたことは誤解であり、言われのない批判にはスウェーデンの高齢者医療に情熱を捧げている身としては複雑な気持ちである。

新型コロナウイルスは世界中の国を巻き込んだ文字通りのパンデミックをきたした。国それぞれの異なる事情もあり、国同士の比較は簡単なものではないが、今後も起こり得る更なるパンデミックに備えるためにも、他国がどのように対応したのかを知り、学ぶことも大切だと思われる。スウェーデンは第1波では高齢者を守ることができず、多くの犠牲者を出してしまった。しかし、その大きな原因は、感染症対策の失敗というよりは、以前から存在した問題が顕在化したことにある。人口あたり世界一のベッド数を誇る日本の医療現場が、他国に比べて感染拡大の程度が低いにもかかわらず逼迫を来したことも、同様に、元々存在した問題が表面化したと言って過言ではないのだろうか。

多くの犠牲者を出したスウェーデンだが、そのスウェーデンにも日本が学べる点があると考えられる。

為政者サイドについては、1)徹底した情報の透明化、2)情報は、定例、臨時記者会見により、政治家や専門家から直接国民に伝えられ、メデイアなどによる修飾がない。3)感染症対策のみに拘らないバランスの取れた政策であること。

医療システムについては、1)医療資源の中央一括管理で、適切な患者配分、柔軟な増床や地方自治体間の協力体制が可能であること、2)少ない病床を効率良く回すためのシステムがあること、3)タスクシフトが進んでいること、4)IT化により、患者情報の管理や、検査やワクチン接種などをスムーズに行う上で有利であること。

今回のパンデミックが収束しても、新たな危機は必ずやってくる。日本は平常時に手厚すぎる医療体制を見直し、危機に強いシステムを構築すべきだ。医療資源を中央管理とし、乱立する中小病院を統合し効率や柔軟性を上げる。アクセスを減らし、受診回数や入院日数を減らすことにより需要を抑制することで、相対的に医療資源の供給を増やす。無駄で過剰な医療は行わない。ゼロリスク信仰を止める。国民にとっては今より不自由となるかもしれないが、国のリーダーは丁寧に説明し大鉈を振るってほしいと思う。ひいては、膨張の一途をたどる医療費を抑制し、別の意味での医療崩壊を食い止める効果もあるに違いない。

宮川 絢子
平成元年慶應義塾大学医学部卒業。医学博士。外科医(泌尿器外科)。2007年スウェーデン移住。ストックホルム、カロリンスカ大学病院勤務。ロボット支援による膀胱全摘や前立腺全摘、各種尿路再建術が専門。2児(双子)の母。