前回の記事では、消防団員個人に振り込まれるべき報酬が、組織の宴会予算等に流用されている不正について紹介しました。
(前回:防災と消防団⑨)
今回は、私が調べた情報を元に、不正の「スタンダードな手法」を紹介します。
最初にお話ししておくと、本件を知らない人であれば「こんな事例は、一部の特殊な市町村のことでしょ」と思われるはずですが、残念ながらそうではありません。これから紹介するケースは「報酬を正しく個人口座に支払っていない」日本の約半数(場合によってはそれ以上)の市町村において、普通に行われている不正行為の一類型です。
「スタンダード」な不正事例
事例として、架空の「甲市」を設定します。甲市の消防団に所属するX分団のZ部には、定員通り15名が所属しているとします。
甲市の消防団において、「年間報酬」や「出動手当」が通常通り正しく個人口座に振り込まれていれば、不正が入り込む余地はありません(一部、悪質なケースでは個人の通帳を消防団が管理・運用している事例がありますが、混乱するのでここでは置きます)
しかし甲市では、上記報酬について、「各部の部長」の口座にまとめて支払われています。甲市では、あくまで部長に団員への報酬支払い事務を委託している建前がありますが、甲市の場合すべての部において、その報酬は団員には支払わず、部で主催する宴会などの予算に使っており、当然Z部でもそのように運用しています。
長年このような行為が続いたあるとき「引っ越しで活動できなくなるので退団したい」と申し出た団員が発生しました。Z部は、団員が減ればその分「部の宴会等の予算」が減ってしまうため、「参加しなくていいから名義だけ貸しておいてくれ」となだめすかし、了解を取り付けました。こうして、活動実態のないいわゆる「幽霊団員」が発生しました。
Z部がこのような方法で団員の水増しを続けた結果、市への登録ではこれまでどおり15名の団員が所属することになっていますが、実際にはまったく活動実態のない5名の「幽霊団員」が誕生していました。
さらにZ部は、火災や台風による出動についても、予算確保のためこれら幽霊団員が「出動した」と「水増し出動報告」することすら習慣化していきました。
私の理解では、報酬の宴会利用は公金横領であり、水増し請求は行政に対する詐欺行為ですが、長年続いている「慣習」であり、「市の消防団すべてが横並びで実施している」が故に、罪を犯しているという感覚が麻痺してしまっているのです。
また、名義を貸してしまった「幽霊団員」も、通常5年が経過すると20万円前後、勤続30年で70万円弱の「退職金」がもらえるために、その退職金が「口封じ」の役割となっているという話も聞きました。さらに、消防団によっては、退職金の半金を分団や部に還流させる手法が横行しているという、もう何が何だかわからない状態にあるようです。もちろん、一度自分のものとなった退職金の使い道は自由ですが、「部に還流させる」ことを団員に強制した場合、それは組織ぐるみの恐喝なのではないでしょうか。
なお、以上の不正で流れている金の原資は、すべて税金です。
確かに、一つ一つの不正の金額は少ないかもしれません。しかし、全国に81万人以上いるとされている消防団員の多くが「なんとなくやっている」長年にわたる不正の累計金額がどれほどのものになるのか、私には想像もできません。
調べた限り、不正の手法はこれより手の込んだものもありますが、核となるポイントは以上のとおりです。不正の手口やその広がりについてより詳しく知りたい方は、光文社新書の「幽霊消防団員」という書籍をご一読ください。
書籍のタイトルや各章の見出しがセンセーショナルに傾いていたので、初めは「そういう類の本かな」と思って読んだのですが、実際に調査してみると内容は「実態に則したもの」であることがわかりました。
次回の原稿では、このような状況を解消する方策について考えます。
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