安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・菅内閣の支持率が振るわない。
・背景にはオリンピック期間中の感染拡大やワクチン接種の遅れがある。
・記者会見で官僚の用意したペーパーを読むのではなく、自分の言葉で国民と危機感を共有することが必要だ。
菅内閣の支持率が振るわない。というか、3割の危険水域を割り込んでいる世論調査もある。Japan In-depthのインターネットアンケート(7月6日から18日までの12日間実施)では、「支持する」は25%、「支持しない」は64%だった。
菅首相と官邸は、ワクチン接種は着実に進んでいるし、オリンピックも開催にこぎ着け、連日メダルラッシュが報じられ、いずれ支持率は下げ止まると考えているはずだ。
6月上旬、与党の幹部は「オリンピックが始まれば、(政権に厳しい)世論も変わる」と私に断言した。オリンピック開催延期や中止が視野に入ってなかったのは言うまでもない。
ただしその幹部は、その時点で無観客開催になることや、4回目の緊急事態宣言が発出されることは想定していなかった。加えて、ここまで感染拡大が進むとも思っていなかったろう。
与党が楽観的だとしても、さすがに官邸はもう少し危機感があっても良さそうなものだが、オリンピック開催にこだわっている菅首相は、誰の進言も聞く耳を持たないのだろう。
菅首相は、「五輪が感染拡大につながっているとの考え方はしていない」と言うが、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は「オリンピックをやるということが人々の意識に与えた影響はある」とはっきり述べている。
ここに菅首相の言葉が国民に響かない原因がある。言っていることに説得力がないのだ。一国の宰相と専門家の意見が食い違っているのはいかにもまずい。
「国民の命と安全を守る」と言いながら、感染拡大を招いていることと、ワクチン接種が遅れていることについて、明確な説明がないのも国民に不信を植え付けている。
そもそも、「7月末までに(ワクチンの)高齢者接種を終える」と宣言していたのに、実際は76.9%だった。(65才以上、2回接種)この政権は約束したことを守らない、という印象を国民に与えている。
今月6日には感染者が100万人を突破した。第5波になってから「デルタ株」の影響もあり、急激に感染者が増加している。高齢者のワクチン接種が進んだことで死亡者数は増えていないが、重症者数は増えている。それが医療逼迫を招くことになるから、医療関係者が憂慮の声を上げているのだ。当然、国民は不安になる。
さらに厚生労働省が2日、感染者の多い地域では原則、入院対象は重症患者や重症化リスクの高い人に絞り込み、入院しない人を原則自宅療養とする方針を発表したことで、自治体だけでなく、与党の公明党からも一斉に反発の声が高まった。これは悪手だった。
政府の言わんとすることは分かる。重症患者を優先するのは当然のことだ。ただ、「中等症患者切り捨て」と取られかねない発信は政府としてまずいに決まっている。これまた、国民の不安を煽ることになってしまった。
こうしたミスコミュニケーションはなぜ生まれるのか?
ひとえに菅首相の発信力のなさから来ている。菅首相の会見の問題点は2つに分けられる。日本のマスコミの構造的な問題と、菅首相自身の問題だ。
まず、前者は
①官邸の記者クラブ(内閣記者会)に事前に質問を提出させている。
②質問する社の数を限定している。
事が挙げられる。
会見は主催が内閣記者会なのにもかかわらず、司会は内閣広報官だ。その広報官が幹事社の質問からスタートさせ、後は幹事社以外の日本メディアにフリーランスや外国メディアら、数社を指名して終わるのが通例だ。その際、質問は1つとか、更問い(さらとい:続けて質問すること)は禁止、などの謎のルールがある。なぜ記者会がその条件を飲んでいるのか不思議である。
首相は事前に記者会が提出した質問に対して、官邸スタッフが用意した答えを読み上げるだけだ。紙に書いてあること以外はまず答えない。だから、予定調和感が拭えない。
フリーランスや外国メディアが厳し目の質問をすることがあるが、それも真正面から答えず、幹事社とのやりとりと同じ内容をオウム返しするのが菅首相の常だ。聞いている者にはフラストレーションが溜まる一方だ。
後者は
①プロンプターに映っている回答を淡々と読み上げているだけで、感情がこもっていない。
②記者の質問に真正面から答えない。
事が挙げられる。
菅首相の会見を聞いていて危機感を覚える国民はそう多くはないだろう。メッセージ性が乏しいせいだ。隣にいる尾身会長の言葉の方がよほど力があり、危機感が伝わってくる。
具体的に菅首相はどう発信したら良いのか。
まず
①紙を読むのを止めることだ。今は国家の一大事だ。国民の命と安全が第一なら、官僚の用意した回答などを読むのは止めるべきだ。
②質問には真正面から向き合い、真摯に自分の言葉で答えることだ。それでこそ国民にメッセージが届く。
③会見は質問する社を制限したりせず、できる限り、答えることだ。厳しい質問から逃げたり、はぐらかしてはならない。
長いコロナ禍での自粛で経済的にも精神的にも追い詰められている国民は多い。トンネルの出口が見えない中、我慢我慢と連呼しても効果は無い。緊急事態宣言の延長をこれ以上繰り返すなら、国民は更に言うことを聞かなくなるだろう。
このままいけば医療の逼迫は更に深刻化し、ますます国民を追い詰めることになる。
本当に国民に伝えたいことがあるなら、まず会見の慣習を変え、国民と向き合うことから始めるべきだ。そうしてこそ首相は、国民と危機感を共有できるだろう。