イランが10週間以内に核兵器取得へ

アゴラ 言論プラットフォーム

イスラエルのベニー・ガンツ国防相は4日、「イランは2015年7月に核合意した包括的共同行動計画(JCPOA)の内容に全て違反している。同国は10週間以内に核兵器用の核物質を生産できる」と警告した。同国防相は国連安保理事国大使たちとの会談で語った。

「わが国は如何なるシナリオにも応じる用意がある」と語るイスラム革命防衛隊(IRGC)のホセイン・サラミ司令官(2021年8月4日、IRNA通信)

イスラエルは、イランと国連安保常任理事国5カ国(米英仏ロ中)にドイツを含む6カ国との間で締結したJCPOAを「イスラエルの安全を脅かすもの」と受け取ってきた。トランプ前米政権が2018年5月、イラン核合意から離脱を表明したのはイスラエルの意向を汲んだ結果だ。トランプ前米大統領は、「核合意はイランの核兵器製造を阻止できないばかりか、イランはイエメン、イラク、シリア、レバノンで武力テロ勢力を支援し、中東の安全を揺るがしている」と主張してきた。

実際、イランはシリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐し、奪われた領土の奪還に成功。イエメンではシーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、スンニ派、シーア派にキリスト教マロン派の3宗派が共存してきたレバノンでは、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラが躍進してきた。イラクではシーア派主導政府に大きな影響力を行使してきた。

米国の核合意離脱を受けて、イランはJCPOAの核合意を一つ一つ違反してきた。同国は19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR-1」に代わって、新型遠心分離機「IR-2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。そして、今年1月1日、同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている、といった具合だ。なお、イラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した

核専門家によれば、核兵器用のウラン235のウラン濃縮度は90%以上という。イランは核兵器用の濃縮ウランを製造するのはもはや時間の問題とみて間違いないだろう。ガンツ国防相の「10週間で製造可能」という判断はかなり正確な予測といえるわけだ。

イランの核兵器製造を目前にして、イランとイスラエル両国の争いは次第にエスカレートしてきている。中東オマーン湾を航行中のタンカー「マーサー・ストリート」号(日本企業所有、イスラエル系企業運航のタンカー)が7月29日、襲撃された事件(船員2人死亡)について、イスラエル側は「イラン武装勢力の仕業」と受け取っている。ブリンケン米国務長官は1日、「イランが爆発物を積んだ無人航空機(UAV)を使って攻撃した」とテヘランの関与を批判したばかりだ(英国の海事機関UKMTOは4日、中東オマーン湾を航行中に何者かに乗っ取られた可能性があるとされたタンカーが解放されたと明らかにしている)。なお、イラン外務省のハティブザデ報道官は2日、攻撃への関与を否定したうえで、「イランの国家安全保障に対するいかなる脅威にも迅速に対応する」と述べている。

それに先立ち、イラン南部のブシェール原子力発電所で6月20日、「技術的な故障」が発生した。そして首都テヘラン郊外カラジにあるイラン原子力庁の核関連施設で同月23日、小型のドローン(無人機)による攻撃を受け、ウラン濃縮に必要な遠心分離機の製造施設に大きな被害が出たという。昨年11月27日にはイラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が何者かに襲撃され、搬送された病院で死去する事件が起きている。いずれもその背後にはイスラエルのモサド(イスラエル諜報特務庁)の工作説が聞かれる。

イランとイスラエルの軍事的なさや当ては既に始まっている。大規模な軍事衝突に発展するか否かは、今後の両国の出方次第だ。

イランでは3日、穏健派のロウハニ大統領に代わって保守強硬派のライシ師が新大統領に就任した。同師はイラン最高指導者ハメネイ師の意向を忠実に実施する聖職者だ。ハメネイ師の後継者ともいわれる。ライシ新大統領は同日の演説で、「国民経済の立て直しに全力を投入していく、そのためにわが国への制裁を解除させなければならないが、そのために外国勢力の要求に屈する考えはない」と述べている。

イランは、米国の支援を受けるイスラエルと軍事衝突することは避けたいところだ。問題はイスラエルの出方だ。イスラエルが単独でも軍事攻撃に乗り出す可能性が排除できないからだ。バイデン米政権はイスラエルのベネット政権を宥める一方、イラン側に核開発計画の断念を求めるといった非常に困難な課題をクリアしなければならないわけだ。明らかな点は、イランとイスラエルが軍事衝突した場合、中東全域で大きな犠牲が出る事は必至だ。イスラエルは2007年9月、シリアの完成間近だった原子炉を空爆して完全に破壊している。ベネット首相は、「必要ならば、単独でも行動する」と語っている。イスラエルは有言実行の国だ。ガンツ国防相の今回の発言を聞き流すわけにはいかない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。