JAL系、パイロット訓練生の応募資格「厳しすぎる」理由…一般ルートや私大ルート


JTAの公式Twitterアカウントより

 JALグループの日本トランスオーシャン航空(JTA)は6月9日から運航乗務員訓練生の募集を始め、30日で締め切った。その応募資格が「高校卒業以上で、事業用(多発)操縦士技能証明と計器飛行証明、航空無線通信士、応募時点で有効な第1種航空身体検査証明の資格を取得済みの人」となっており、これに対しSNSには「かなり厳しい」との声が相次いだ。例えば、次のようなものだ。

「第1種航空身体検査証明、この身体検査受けてる人は現役のパイロットだろ。他の資格は今パイロットをやめていても持っている人はいる」

「自衛官か金持ちのボンボンが趣味で事業用多発取ってみましたみたいな奴しかいないだろ」

パイロットになるための必須資格はさまざま

 応募資格は、パイロットを目指したことがある人以外には見慣れない言葉ばかりなので、簡単に説明する。まず、「操縦士技能証明」はその名の通り飛行機を操縦できる技能があることを証明するもので、パイロットのライセンスにあたる。操縦士技能証明には業務の範囲に応じて種類がいくつかあり、自家用操縦士はセスナやヘリコプターなどを自家用として操縦するための資格で、一方、エアラインを含め、商用目的で飛行するには事業用操縦士の資格が必要だ。

 さらに、パイロットが2人以上必要になる旅客機を、機長として操縦するには定期運送用操縦士という資格が必要になる。次に、「計器飛行証明」とは、目視ではなく計器をもとに飛行して安全に着陸させるための航空従事者国家資格の1 つだ。さらに、パイロットが実際に操縦するには航空身体検査を定期的に受けて発行される「航空身体検査証明」が合わせて必要になる。「航空無線通信士」は、航空機に関する無線設備の操作を行うために必要な知識と技能を持つ通信士資格だ。

応募資格が厳しいのは自社養成ではないため

 パイロットになるにはどのようなルートがあるのか。航空経営研究所主席研究員で桜美林大学航空・マネジメント学群客員教授の橋本安男氏はいう。

「まず、エアラインのパイロットで多いのは、ANA(全日本空輸)やJAL(日本航空)などの大手が行っている自社養成。大手はこれが基本だ。大卒で入社すれば、給料をもらいながら訓練を受けパイロットになれる。次に多いのは、航空大学校。国家が養成するという形なので、学生が負担する費用もかなり安い。その次にくるのが最近は私立大学だ。首都圏だと桜美林大学、東海大学、法政大学、工学院大学などに養成コースがある。ただ、どこも卒業までに2000万円程度の学費がかかる」

 これら以外に、一般ルートや自衛隊ルートもあるという。

「『一般』とは一般の航空事業会社のことで、本田航空や朝日航空のことだ。そうした会社ではチャーター事業や航空機使用事業以外に、パイロット養成事業を行っている。ただし、個人負担も大きい。JTAにはこのルートから入社する人もいる。そして、最後に、自衛隊の戦闘機や輸送機に乗っていた人が40~50代で民間に行くケース。数は少ないものの、昔からあるルートだ」(橋本氏)

 橋本氏はJTAの応募資格についてこう話す。

「一般学生を採用してパイロットに育てる自社養成の仕組みがないので、JTAは他のルートでパイロットを採用している。他のルートというのは公表されていないが、ほとんどは航空大学校からだ。航空大学校からだけでは十分に採用できないので、一般の航空事業会社や私大からも採っている。それでも足りない分を補充するために、訓練生という形での一般公募を行うわけなので、ハードルが高くなるのは当然だ」

 今回の採用を担当するJTA運航部運航企画グループに「訓練生ではなく即戦力ではないのか」と聞いたところ、次のような回答があった。

「ライセンス等はパイロットになるための入口の資格にすぎない。入社してから訓練が必要であり、当社の場合はその期間が1年間」

 入社が決まっても多数の乗客を乗せるエアラインのパイロットになるのは、かなり厳しいということだ。セスナ機を飛ばすのとはだいぶ勝手が違うようだ。JTAはJALグループの航空会社だが、例年はグループで同時に募集していた。

「今回のようなかたちで当社単独での公募は数年ぶり。昨年まではグループで合同募集していた。ただ、一括採用で後から配属を決めるのではなく、応募の段階で入社先が決まっている形式」(JTA運航部運航企画グループ)

パイロットが大量に不足する「2030年問題」

 自家用と事業用を問わず、パイロットと呼べる人は日本にどのくらいいるのか。

「欧米に比べてかなり少ない。今は増えたが、それでも7000~8000人くらいだろうか。アメリカは27万人と桁違いに多い。フランスが1万5000人くらい、イギリスも1万8000人くらい。そのうち、エアラインのパイロットは、日本は約6000人で、アメリカは約2万8000人。フランスやイギリスは約4000人」(橋本氏)

 要するに、日本では飛行機を操縦できる人の多くはエアラインパイロットということになる。

「ライセンス取得が難しいというだけでなく、日本では個人で飛行機を持つこと自体が大変であり、富裕層でも空を楽しむような文化があまりなかった」(橋本氏)

 パイロット志望者が増えているのかといえば、「必ずしもそうではない」と橋本氏は言う。

「もちろん、空に憧れる若い人もいるが、みんな大変だというのがわかっている。もっと楽な仕事もあるだろう。国はパイロットには夢があるということを『空の日』にイベントでPRしているが、『2030年問題』を乗り切れるかどうか」

 LCCの急成長もあって、世界的にパイロット不足の状況になっている。日本では1980年代後半のバブル経済期が崩壊するまでに採用したパイロットが、2030年頃に大量に定年退職していく見込みだが、これが航空業界における「2030年問題」だ。とくにアジアではパイロットの取り合いが航空会社間で繰り広げられている。

「日本も昔から人材不足は外国人パイロットで補ってきたが、最近は中国がJALなどのパイロットを高額でスカウトしている。日本人パイロットは責任感が強く優秀なので人気がある」(橋本氏)

 空の世界にも少子高齢化が影を落としている。

(文=横山渉/ジャーナリスト、協力=橋本安男/航空経営研究所主席研究員)

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