ラピダス、税金から補助金5兆円投入に疑問…半導体量産もTSMCとの競合も困難


ラピダスのHPより

日に日に増えるラピダス応援団

 筆者は、ラピダスが「2027年までに2nmのロジック半導体を量産する」なんてできっこないと思っている。その詳細は、4月20日に出版した『半導体有事』(文春新書)に記載した(図1)。加えて、ファウンドリのラピダスには、誰も生産委託などをしないことを本コラムに『誰がラピダスに半導体を生産委託するのか?狂気的な速度で微細化するTSMCの事情』に寄稿した。さらに、ラピダスが量産すると言っている2nmがどれだけ難しいかも、本コラム『ラピダスが2nm半導体を量産できない根本的理由…サッカー日本代表との致命的な違い』に寄稿した。

 ところが、筆者がいくら上記のような主張をしようとも、日に日にラピダス応援団が増えている。その応援団から、「何で日本が頑張ろうとしているのに、お前はそんなに否定的なのか?」と言われたり、匿名メールなどで「非国民」とか「国賊」と批判されたりもしている。ある人に言わせると、筆者は日本一(ということはもしかしたら世界一)ラピダスに否定的な人間なのだそうだ。しかしどのように批判されようとも、できないものはできないのだから、筆者は自分の主張を変える気は毛頭ない。

 特に筆者が気に入らないのは、ラピダスがほぼすべての資金について税金を当てにしていることである。すでに3300億円の補助金を受け取ることになっている。さらに、5年で5兆円(10兆円という説もある)の支援を補助金として受けるらしい。もし、ラピダスがこれらのすべての資金を自前で搔き集めてくるのなら、筆者の態度も変わるかもしれない。自己責任で市場から5兆円の資金を集め、それで2nmの量産に挑戦するのなら、「果てしなく難しいが、ガンバレ!」と応援したかもしれない。

 しかし、ほとんど税金におんぶに抱っこで、自分の懐を一切傷めず、そして無謀極まりない計画を実行しようとするラピダスに対しては、いち納税者として断固反対せざるを得ない。そんな無駄なところに貴重な税金を使わないでいただきたい。どうしても「2nmを量産」したいのなら、出資している8社から、それぞれ1兆円ずつ投資してもらって、その資金でやればいいのである。ラピダスが巨額な税金を当てにする限り、筆者は批判を続けるだろう。

ラピダスが言っていることがおかしい

 このように、ラピダスが税金を使うことも気に入らないが、ラピダス関係者が言っていることが、どうもおかしいように感じる。以下に具体例を挙げて、何がおかしいかを論じてみたい。

1)「ラピダスはTSMCと真っ向勝負しない」、東大黒田教授

日経クロステック、2023年1月10日

 ラピダスの先端半導体の設計や先端装置・材料の研究開発を行うのがLSTC(Leading-edge Semiconductor Technology Center)という研究開発基盤である。そのLSTCで回路設計技術を確立する責任者が、東京大学大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター教授の黒田忠広氏である。黒田氏は前掲記事のなかで次のように発言している。

<ラピダスに対して「コストで勝てるのか?」「十分な利益が出せるのか?」という議論を聞きますが、そのど真ん中のところは、TSMCやSamsungがものすごく強いところで、ここで真っ向から勝負をすることは考えていないのだろうということを、理解しておく必要があります>

 ラピダスとTSMCとでは、まったく勝負にならないのは誰の目にも明白だから、ラピダス側が「TSMCと真っ向勝負しない」と言っても唇が寒しいだけである(負け犬の遠吠えにしか聞こえない)。それよりも、「コストで勝てるのか?」「十分な利益が出せるのか?」について、ここで勝負することは考えていないということに大きな問題がある。ラピダスが何用の半導体をどれだけつくる気なのかは分からないが、ラピダスがファウンドリとして成立する最低条件は、「TSMCとチップ価格が同じこと」である。TSMCと同じ価格を提示できて、初めてファウンドリとして同じ土俵に立つことができる。もし、ラピダスのチップ価格がTSMCの5倍も10倍もするなら(何となくそうなりそうだが)、その時点でラピダスの存在意義はない。加えて、「十分な利益が出せるのか?」に疑問があるとしたら、ラピダスが営利企業として存続できないことを意味する。資本主義の世の中で、利益が出せない企業は淘汰されることになる。これは、子供でもわかることである。

2)『「日の丸半導体」復活を懸け「2ナノ」量産に挑む――東哲郎(ラピダス株式会社取締役会長)【佐藤優の頂上対決】」

デイリー新潮、2023年4月4日)。

 佐藤優氏のインタビューに対して、ラピダスの会長の東哲郎氏は次のように回答している。

<佐藤 ラピダスが作る最先端半導体はどんな用途に使われるのですか。

東 例えば車の自動運転ですね。いまは高速道路で部分的な自動運転をするレベル3くらいですが、これが限られた地域での完全自動運転を行うレベル4、どこでも完全自動運転できるレベル5になっていくと、2ナノ級の半導体が入ったAIが必要になってきます。また、工場の自動化やロボットにも使えますし、医療分野での遺伝子治療、ワクチン開発・創薬でも不可欠です。それから量子コンピューターには必須です。

佐藤 非常に多くの分野で必要とされていく。

東 私どもは何にでも使える汎用型半導体ではなく、それぞれの用途に応じたカスタムメイドの半導体を作っていきます>

 この対談だけではなくそれ以外の記事でも、ラピダスは、(TSMCがつくるような)汎用型半導体ではなく、「それぞれの用途に応じたカスタムメイドの半導体」をつくると言っている。しかし、これは大きな間違いである。東氏の発言からは、例えばTSMCなどのファウンドリが生産する半導体が汎用品のような印象を受けるが、TSMCは500社を超える設計を専門とする半導体メーカー(ファブレス)から生産委託を受けており、それぞれがカスタムメイドの半導体である。

 基本的に、TSMCは特定用途向け半導体(Application Specific Integrated Circuit、ASIC)を製造しており、その中の集積度が大きいものをSystem on a chip(SOC)と呼んでいる。さらに、TSMCが最もたくさん製造するSOCが、米アップルのiPhone用プロセッサで、1年間に2.3億個以上つくる。2.3億個もつくるから汎用品かというと、これもれっきとしたASIC、つまりカスタムメイドの半導体である。

 ファウンドリのビジネスでは、カスタムメイドの半導体(ASIC)をいかにたくさん集めて工場のキャパシテイを埋められるかが勝負のポイントである。TSMCは、12インチのシリコンウエハ換算で月産約130万枚の製造能力があるが、500社以上のファブレスからの生産委託で、工場の稼働率は常に100%近い。ラピダスの工場キャパシテイが月産2万枚程度と仮定すると(このキャパシテイは筆者の予測)、ラピダスは2万枚の工場すら埋まらないのではないか。というのは、ラピダスに生産委託するファブレスがいないと思うからだ。

 特に、東氏が挙げていた自動車用の半導体は、ラピダスが製造するのは無理だ。というのは、車載半導体には極めて厳しい信頼性が要求されるからだ(図2)。車載半導体の信頼性は、温度帯域、振動、静電気、湿度、不良率、寿命などについて、民生用とは桁違いに厳しい。その上、車載半導体は信頼性を担保するために、例えば1000工程のプロセスフローが構築されたら、1年間程度、安定稼働するかどうか様子を見る。そして安定稼働が確認できたら、「ライン認定」され、今後、装置もプロセスも一切変更できなくなる。果たして、月産2万枚程度のラピダスに、信頼性の厳しい車載半導体を製造することができるだろうか。また、ライン認定などされたら(ライン認定まで漕ぎつけられないだろうが)、月産2万枚のラインでは他の半導体をつくることができなくなるだろう。

3)『枚葉式で2度目のチャンスをつかむ、Rapidus小池氏』

EE Times Japan、2023年6月27日

 米国EE Timesは、imec(ベルギーの半導体研究機関)の年次イベントにてラピダス社長の小池淳義氏に単独インタビューを行った。そのインタビューで、小池氏は次のように回答している。

<小池氏と、100人を超える同氏のチームは、“一生に一度の挑戦”に挑んでいる。

小池氏は、20年前には軌道に乗せることができなかった日本のファウンドリー、トレセンティテクノロジーズを設立した人物だ。トレセンティテクノロジーズが失敗したのは、日立製作所(の半導体事業)とあまりにも密接に結びついていたからだと小池氏は語った。

同氏は、2回目のチャンスであるRapidusによって、「超短TATで顧客に製品を提供できるファウンドリーの立ち上げ」の実現を目指している。

小池氏は、「私のアイデアは、枚葉式の処理だ。つまり、ファブは在庫を一切持たないため、非常に緻密な製造を行うことでサイクルタイムを制御することができる」と述べる>

 小池氏は、2000年頃に自身が立ち上げた日本のファウンドリのトレセンティテクノロジーズが失敗したのは、日立製作所(の半導体事業)とあまりにも密接に結びついていたからだと語っている。しかし、筆者の見解は異なる。このあたりは拙著『半導体有事』(文春新書)に詳細を記述したが、一言でいえば、トレセンティテクノロジーズが失敗したのは、「つくるものがなかった」からである。確かに、トレセンティテクノロジーズは、すべての装置を枚葉化し、1ロット13枚(通常は25枚)のウエハを30日で処理できるようにした(通常は2~3カ月)。また、超特急ロットを1週間で処理できるようにした。この超短TAT(Turn Around Time)が評判となり、2004年6月17日に、当時の皇太子殿下(現在の天皇陛下)が同社に視察に訪れたりした。ところが、同社は超短TATの半導体工場を構築したものの、つくるものがなく、ラインには閑古鳥が鳴くことになった。それが、同社が失敗に終わった最大の原因である。

 そして今またラピダスで「超短TAT」を謳っている。前節の2)で論じた通り、ファウンドリの成否は、どれだけたくさんのファブレスの生産委託を集められるかがカギとなる。仮に「超短TAT」が実現しても、「TSMCよりチップ価格が高い」なら顧客はつかない。また、「超短TAT」でも、車載用の信頼性基準を満たさなければ、自動運転車用の半導体を製造することもできない。何だか、ラピダスの「超短TAT」は、またしても空振りに終わりそうな気配である。

半導体は大量につくってナンボ

 3つほどラピダス関係者の発言を取り上げ、筆者の意見を述べた。これ以外にも、連日ラピダスに関するニュースが報道されている。それらを読むと、どうもラピダスは「特殊な半導体をちょっとだけつくる」ように思われる。しかし、これは半導体のビジネスの基本から大きく逸脱しているといわざるを得ない。というのは、半導体のビジネスとは、汎用品だろうと、特殊用途だろうと、そのビジネスの本質は「大量につくってナンボ」ということにあるからだ。ここで、本の出版と半導体の製造を比較してみよう。この両者は、驚くほど工程やビジネスの仕組みが似ているからだ(図3)。

(1)本において著者が執筆する原稿は、電子機器メーカー、例えばアップルが新型iPhoneを企画することに相当する。著者は原稿を出版社に送る。一方、アップルはiPhoneを企画すると同時に、それに搭載する最先端のプロセッサの仕様を決める。

(2)原稿を受け取った出版社は本の企画を行い、編集をし、デザイナーがレイアウトをする。一方、プロセッサの仕様が決まったら、アップルはシステム設計及びアーキテクチャ設計と呼ばれる基本設計を行い、これを元に論理設計及び回路設計を行ってすべての機能をトランジスタの集積で表現する。さらに、チップ上のどこにトランジスタを配置し、トランジスタ同士をどのように配線するかレイアウト設計を行う。このレイアウト設計されたものをマスクデータという。

(3)印刷会社は、入稿された本のデータを紙に印刷し、製本し、検査して本が出来上がる。一方、アップルから生産委託を受けたファウンドリのTSMCでは、マスクデータをもとに回路原板のマスクを作成し、これを元にシリコンウエハ上に半導体チップ(プロセッサ)を製造する。1枚のウエハ上には1000個ぐらいの同一チップが製造される。これを1個ずつ切り出し、パッケージに収め、各種テストを行って、プロセッサが出来上がる。

(4)できあがった本は、書店に発送され販売される。一方、完成したプロセッサは、台湾ホンハイが中国に展開している組立工場に送られて、iPhoneに搭載されてiPhoneが完成し、世界中に販売される。

 このように、本の出版と半導体製造はかなり似通っていることがわかるだろう。そして、本の出版も、半導体製造も、何よりも重要なのは「大量に売れてナンボ」だということである。今回、筆者は4月20日に文春新書から『半導体有事』を上梓したが、そこには1万冊以上売れるという想定がある。もし、数千冊程度しか売れないと思われたら、出版社は筆者に執筆などさせなかっただろう。

 半導体も同じである。iPhone用プロセッサが1年で2.3億個売れるというのは、確かに半導体としては突出した数である。しかしiPhone用プロセッサを特例として除いても、半導体は大量につくって売って、初めて利益が出るビジネスである。にもかかわらず、ラピダス関係者が、「コストで勝負しない」とか、「特殊なカスタムメイドの半導体を(少し)つくる」とか、「超短TATでつくる」ことだけを強調している。超短TATでつくってTSMCより安いのか。

 このように、ラピダス関係者は誰も安価につくることに言及していない。それは、大量につくることを想定できないからではないか。となると、ラピダスはファウンドリ、というより半導体のビジネスの本質を理解できていないのではないか。そんなラピダスに巨額の税金を投入するのはやめていただきたい。

(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)

お知らせ

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詳細はこちらをご参照ください→https://www.science-t.com/seminar/A230821.html

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