1998年に家電量販店「ヨドバシカメラ」が開設したECサイト「ヨドバシ.com」。カメラ、パソコン、AV機器といった家電製品をはじめ、日用品や生活雑貨、文房具や食品、飲料など800万以上のアイテムを取り扱っている。基本的に送料無料となっていることや、クレジットカード、コンビニ払い、銀行振込、ペイジーで支払えばポイント還元率が最大10%にもなるというサービスのよさから、ネットショッピングならヨドバシ.comと決めている人も少なくないようだ。また2016年から正式にスタートした自社配送の「ヨドバシエクストリーム便」は、対象エリアであれば送料無料、かつ最短2時間30分で自宅に荷物が届くという画期的なサービスとなっており、開始直後から話題を呼んでいた。
ヨドバシカメラの2代目社長・藤沢和則氏は、「打倒アマゾン」を掲げ、ヨドバシ.comの展開を進めている。しかし、依然としてECサイトの売上1位を走り続けるのはAmazon.co.jp(アマゾン)である。ネット通販月刊誌「月刊ネット販売」が昨年9月に発表した2021年のECサイト売上ランキングによれば、ヨドバシカメラは2136億円5900万円と健闘していたが、トップとなったアマゾンはなんと2兆5355億円で文字どおり桁違い。実に10倍以上も差を付けられる結果となっている。なぜヨドバシ.comはアマゾンに勝てないのか。EC市場の動向に詳しいジャーナリストの寺尾淳氏に聞いた。
顧客満足度は高いが、業績でアマゾンに負けている理由
ヨドバシカメラは業績こそアマゾンに遠く及ばないものの、顧客満足度自体はトップクラスだ。サービス産業生産性協議会の調査では、同社は家電量販店部門で13年連続1位、ヨドバシ.comも通信販売部門で9年連続1位を更新しているのである。
「前提として、アマゾンのほうがはるかに広いマーケットを持っています。アマゾンはヨドバシをしのぐ取扱商品数と商品ラインナップを兼ね備えており、BtoCのみならずBtoB向けの『Amazonビジネス』も展開していることから規模が段違いに大きい。また、アマゾンの特徴的なシステムとして、FBA(Fulfillment by Amazon)の存在も大きいでしょう。これは商品さえ出品してしまえば、梱包から発送、決済までをすべてアマゾンにお任せできるシステムとなっており、小規模な事業者や個人でも参加可能です。事業者側からすれば、面倒な出品を全部お任せできるので楽ですし、消費者からしてみても全国にある商品をすぐに手に入れられるのは嬉しいですよね。
ヨドバシはというと、ヨドバシ以外の事業者が商品を出品することはありません。したがって、家電量販店らしい質が高い商品が掲載されているものの、逆にその分、商品ラインナップが少なくなってしまうので、マーケットの大きさではどうしてもアマゾンには勝てないんです」(寺尾氏)
ヨドバシ.comは有料会員などではなくても、離島などではない限りたとえ注文数が1点だけでも送料無料となるサービスが人気を博している。アマゾンのほうはいわゆる有料会員制度である「アマゾンプライム」に入会すれば基本的に送料はタダになるものの、そうでない場合は送料がかかる。
「送料に関してはヨドバシ.comのほうが優れているかと思いますが、アマゾンプライムの場合、シンプルに送料がタダになるだけでなく、さまざまな特典が付くようになっています。たとえば流行りの映画、ドラマ、アニメ、さらにはプライム会員限定の作品が視聴できる『Amazon Prime Video』や、楽曲をシャッフル再生できる『Amazon Music Prime』など、ヨドバシ.comにはない特典がいくつも楽しめるんです。これらはアマゾンがユーザーを獲得し続けられている大きな要素になっているわけです」(同)
「Amazon Prime Video」や「Amazon Music Prime」といった特典を付けることは、グローバル展開していてスケールメリットが圧倒的に大きいアマゾンならではの戦略。ヨドバシが模倣できるサービスではない。
今は何でもネットで買う時代、フリマアプリもライバル
ヨドバシ.comがなかなかアマゾンに追い付けない理由は、実は消費者のマインドの変化にもあるという。
「2010年代には、家電量販店で実際の商品を見てECサイトで購入するショールーミングという購買方法がよく行われていました。しかしコロナ禍以降、在宅勤務が広がり、家電量販店へ足を運ぶ人が激減。近年はどこのECサイトも商品の画像をさまざまな角度から何枚も撮影しており、細部までわかるように配慮がされているので、わざわざ店舗に赴いてまで実物を見なくてもよくなりました。そのため、消費者は直接ECサイトから家電製品を購入するようになり、すべて自宅で消費を完結する流れに変化していきました」(同)
さらに近年になって台頭し始めたフリマアプリなどの存在も、ヨドバシ.com躍進を阻む存在になっている。
「フリマアプリ最大手のメルカリは、もともとCtoCから出発したアプリでしたが、最近は小規模事業者も参入しており、ジャンルを問わず新品から中古品まで多種多様な商品が掲載されるようになりました。しかも、価格自体も市場に流通しているものよりも安い傾向にあるので、消費者マインド的にも嬉しい。気にいらない商品であれば、すぐに売ってしまえばよいですしね。
またスマホ決済サービス『メルペイ』で支払うことができ、後払いにすることも可能。クレジットカードを持てない学生やお年寄りも参入しやすいシステムにもなっているのです。メルカリはアマゾンよりも気軽に商品を出品できる、かつアマゾンでは拾いきれないユーザー層を獲得しているので、ヨドバシ.comからユーザーが流動している可能性も考えられます。もはやライバルはアマゾンだけではなく、『ヨドバシ 対 アマゾン 対 メルカリ』という構図に変化しているといえるでしょう」(同)
ヨドバシ.comならではのサービスでしっかり固定客を掴む
もっとも、ヨドバシ.comの方向性は間違っていないという。
「今のヨドバシカメラは、ユーザーのみならず、ECサイトの専門家、コンサルタントからも高評価をもらっており、きちんとファンのつくサービスづくりを徹底しているんです。ヨドバシカメラは、三大方針として『少量・多品種・高回転』を掲げています。店舗を持っているからこそ倉庫以外に店舗からも商品を発送でき、また自社で配送まで行い無駄なコストを削減しているので、高い品質のサービスを提供できているのです。
さらにいえば、未上場なので株主にとやかく言われることなく、事業を続けられるのも強みのひとつ。一般的にヨドバシカメラ規模の企業で上場していると、株主たちから『アマゾンと同じようにFBAをやれ!』といった意見が飛んでくるでしょうが、ヨドバシカメラは未上場なので株主の意見に振り回されることはありません。
世界中に浸透しておりスケールが圧倒的なアマゾンには量でこそ太刀打ちできていないものの、質の高さで勝負できているので、今の方向性を貫くのではないでしょうか。消費者も賢く、各社のサービスを比較しながら利用しているので、ヨドバシ.comの強みを押し出していけば生き残ることはできるかと思います」(同)
たとえ売上でアマゾンに大きく離されていても、客の心をガッツリと掴んでいるヨドバシ.com。アマゾンやメルカリのサービスや使い勝手が少しでも悪いと感じたら、ヨドバシ.comを候補に入れるのもアリだろう。
(取材・文=A4studio、協力=寺尾淳/フリーライター)