安全性を重視しても逆にリスクが高くなるという「リスク補償行動」とは?

GIGAZINE
2021年11月27日 12時00分
メモ



「安全性を重視してリスクを低下させても、低下したリスクを埋め合わせるようにユーザーがリスクの高い行動を取ってしまい、全体的なリスク水準は変わらない」という考え方を「リスク補償行動」といいます。このリスク補償行動について、ニュースサイトのSlateが解説しています。

Risk compensation: The dangerous theory that got everything from bike helmets to vaccines wrong.
https://slate.com/technology/2021/11/risk-compensation-debunked-masks-rapid-tests-vaccines-safety.html

アメリカでリスク補償行動が注目されたのは、1970年代における交通安全対策の議論においてでした。リスク補償行動の概念自体が提唱されたのは1940年代で、急増する交通事故を減らすための安全対策が議論される中、「道路や車をより安全に設計すると、かえって危険な運転をしてしまうのではないか」という懸念の声が挙がりましたが、厳密には検証されませんでした。

そして1975年に、シカゴ大学の経済学者だったサム・ぺルツマン氏が、「1960年代にアメリカで義務づけられたシートベルトの着用義務が不注意な運転を助長し、かえって交通の安全性を低下させている」というリスク補償行動仮説を発表しました。


ぺルツマン氏は「新しい規制によって安全面でのメリットは相殺されており、規制前後の交通事故データを分析すると、規制によって死亡事故が減らないばかりか、規制後の交通事故による死亡者数は増加していた」と報告し、「交通安全対策は、交通事故による死亡者を増加させる可能性がある」と主張しました。このぺルツマン氏氏の調査結果は、1970年代に存在した安全規制反対派を大きく後押しするものでした。

かし、その後の分析で、ぺルツマン氏の研究には誤りが多いことが判明しました。ぺルツマン氏の理論は交通事故死亡率を予測できないことが示されたばかりでなく、ぺルツマン氏が自分の理論に関する初歩的なチェックすら行っていなかったこともわかりました。また、長期的に交通データを見ても、安全規制によって交通事故死が減少したことは間違いありませんでした。しかし、「安全規制は安全性を低下させる」というアイデアは、交通安全対策を否定する派閥で提唱されるようになりました。

その一例が、バイクのヘルメット規制です。ぺルツマン氏の論文が発表された1975年当時、「ヘルメットの着用義務化は個人の自由を侵害する」として、アメリカのバイク団体が規制反対のロビー活動を展開していましたが、ぺルツマン氏の論文が有名になったことで、ヘルメットの着用義務の廃止が主流の考え方となりました。「ヘルメットを着用すると、首を負傷する可能性が高くなる」と主張する声も挙がり、29の州でヘルメットの着用義務が廃止されました。


しかし廃止の結果、当然のことながらバイクによる死亡者数が急増しました。また、スキーや自転車でも同様に事故による死亡者数が増加したそうです。結局のところ、すべての研究データや文献を調べてみると、「ヘルメットは命を救う」ことが明らかになりました。

では、なぜ「リスク補償行動」という概念が現代にも残っているのかについて、Slateは「非常に効果的な政治的レトリックとなっているから」と述べています。例えば、政治経済学者のアルバート・O・ハーシュマン氏は、自著「反動のレトリック: 逆転・無益・危険性」の中でリスク補償行動を「perversity thesis(逆境定説)」と呼び、「問題を解決するために善意で作られた規則や規制が、問題を最終的に悪化させる」と説きました。「貧しい人々にお金を与えれば、彼らは単に無駄なものにお金を使い、苦境を悪化させるだけである」「経口避妊薬を承認すると、現代の性道徳が脅かされる可能性がある」というように、リスク補償行動は「現状維持を効果的にアピールする政治的なレトリック」としてしばしば使われました。

新型コロナウイルスの世界的流行においても、リスク補償行動が大きく影響したとSlateは主張しています。例えば、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)と世界保健機関(WHO)がパンデミックの発生時にマスクの使用を強くアピールしなかった理由の1つに、CDCやWHOが国民を信用しておらず、「マスクをつけることで、人は逆に外出したり社会的距離を守らなかったり手洗いを怠ったりするだろう」と考えていたからだとSlateは指摘しています。


Slateは「交通安全、性行為、公衆衛生の問題で重要なのは、個人が認識するリスクに応じて行動を変えるかどうではありません。集団レベルで、世界をより安全でより良い場所にするかどうかなのです。マスクの場合は明らかに新型コロナウイルスの拡散を抑えます。政策決定においては、個々の人間の微妙な心理状態を理解する必要はないのです」と主張しました。

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