富士フイルム、「脱フイルム」で過去最高益達成の卓越経営…医薬・半導体企業に脱皮


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富士フイルムのHPより

 これまでも富士フイルムは収益分野を拡大してきた。多くの取り組みが進められているなか、ヘルスケア分野ではバイオ医薬品の受託製造体制が強化されている。マテリアルズの事業セグメントでは国内外で設備投資の積み増しや買収が行われている。特に、半導体部材の製造体制の強化が急がれている。それに伴って業績も拡大している。

 富士フイルム経営陣は、自社の強みが微細な素材の創出に力にあることを理解し、その製造技術が発揮でき、なおかつ成長期待も高い分野に応用してきた。現在、そうした事業運営戦略は一段と強化されている。一方、2012年、かつてフイルムをはじめ世界最大の写真用品企業だった米イーストマン・コダックは経営破たんした。写真フイルムの製造などに必要な技術を、化粧品やサプリメント、複合コピー機、医療機器や製薬、電子機器向けの部材などに応用して新しい需要を創出したところに、富士フイルム事業戦略策定の妙がある。中長期的に世界全体でバイオ医薬品や次世代の半導体の需要は増加する。環境変化を成長の加速につなげるべく、富士フイルムはこれまで以上に事業ポートフォリオの見直しを実行し、自社の強みが発揮でき成長の期待も高い先端分野に経営資源を再配分するものと予想される。

過去最高を更新した2023年3月期の業績

 ここにきて、富士フイルムの事業ポートフォリオ全体で収益力は上昇している。2023年3月期、富士フイルムの連結売上高は前年比13.2%増の2兆8,590億円だった。営業利益は同18.9%増の2,731億円、当期純利益は3.9%増加の2,194億円だった。いずれも、過去最高を更新した。売上高は、リーマンショック発生直前の年度決算であった2008年3月期以来の最高益更新だ。第4四半期の業績に関しても、2023年2月8日に公表した自社業績予想を上回った。事業セグメントごとに確認すると、医療機器などを扱うヘルスケア、半導体部材などを供給するマテリアルズ、複合機などを製造販売するビジネスイノベーション、およびインスタントカメラ「チェキ」などを手掛けるイメージングの全事業分野で売り上げは増えた。年度末時点の自己資本利益率(ROE)は8.3%、投下資本利益率(ROIC)は6.1%だった。

 同社がROICを決算説明会資料に記載し始めたことは注目に値する。ROICとは、企業が事業活動のために投じた資金を使って、どれだけの利益を生み出したかを示す指標だ。企業は自己資本(株式)と銀行などから借り入れた資金(負債、他人資本)を投下して事業を運営する。投下資本からどれだけ効率的に利益が生み出されたかを評価するのがROICだ。一般的な計算式は、ROIC=(営業利益×(1-実効税率))÷(株主資本+有利子負債)だ。2020年5月の決算説明会資料に富士フイルムは、ROICを導入してキャッシュ創出力を引き上げ、財務の健全性を維持、向上に取り組むと明記した。背景のひとつとして、コストプッシュ圧力の高まりは大きかった。新型コロナウイルスの発生、感染再拡大、ウクライナ紛争の発生などをきっかけに、世界全体で物流、資源、資材、人件費などの企業のコストは上昇した。ROICの導入後、2021年3月期は4.3%、2022年3月期は5.6%、そして2023年3月期は6.1%と着実に投下資本に対する収益獲得の効率性は高まっている。収益力向上は主要な投資家の予想を上回っている。3月末から5月18日の間、富士フイルムの株価は20%上昇した。同期間の東証株価指数(TOPIX)の上昇率は7%だった。

バイオ医薬品分野での受託製造体制強化

 セグメントごとに過去最高益を支えた要因を確認すると、医療・医薬やITに関する領域の収益増は顕著だ。一つのポイントとして同社は、バイオ医薬品分野での受託製造体制を一貫して強化している。世界のヘルスケアセクターでは、バイオ医薬品の受託製造への需要が急速に増大している。主要な受託製造企業として、スイスのロンザ、独ベーリンガーインゲルハイム、米サーモフィッシャーサイエンティフィックが有名だ。がんや遺伝子疾患などの治療を行うために、世界の製薬業界では化学合成物質を用いて医療用の医薬品を生産する方式から、患者から免疫細胞を取り出して培養し、再度体内に戻すことによって治療を行うバイオ医薬品の研究開発競争が激化している。ファイザーなどの大手製薬メーカーは、治療効果の高いバイオ医薬品の有効成分を発見すると、受託製造企業に薬剤の製造などを委託する。製薬メーカーは新薬の開発により集中できる。

 富士フイルムはその点に着目して、新規参入を果たした。2010年代に入って以降、メルクやバイオジェンから資産を取得し、細胞培養などの受託製造体制を急速に強化している。事業を行う地域も拡大し、米国、デンマーク、英国、および、国内でバイオ医薬品の製造能力は拡充されている。グローバルに受託製造ニーズに対応するための買収戦略や設備投資の成果が表れ、ヘルスケア事業の成長ペースは加速した。2023年3月期、当該領域の売上高は前年度比29.2%増の1,942億円だった。

 見方を変えれば、富士フイルムはカメラフイルムで蓄積した製造技術を医薬・医療分野の潜在的な需要と結合した。同社の資料によると、2000年以降、デジタル化の加速によって写真用のカラーフイルム需要は急速な減少に転じた。富士フイルムは技術の応用の可能性、成長期待の高さ、競争優位性の発揮を評価軸に、医療・医薬、電子材料などの新規分野に参入し収益分野を拡大している。抗インフルエンザウイルス剤であるファビピラビル(アビガン)の製造もそうした取り組みの体表的な事例だ。

電子材業分野などでの収益分野拡大

 現在、富士フイルムは半導体部材の供給体制も強化している。中長期的に世界経済のデジタル化は加速し、超高純度の半導体部材需要は増加するだろう。足許では台湾のTSMCや韓国サムスン電子、米マイクロン・テクノロジー、インテルなどはわが国への直接投資を発表した。地政学リスクの上昇などを背景に、台湾や韓国から、米国や日本、そして欧州へ半導体の製造拠点は急速に分散し始めている。

 富士フイルムは、事業環境の加速度的な変化への対応を急いでいる。2023年4月以降、半導体部材関連事業で富士フイルムは3つのプレスリリースを出した。4月28日には欧州の半導体材料工場の製造設備増強が発表された。5月10日には米インテグリスから半導体用プロセスケミカル事業を買収することが明らかになった。過酸化水素など半導体製造の前工程で異物の除去などに用いられる部材を半導体用プロセスケミカルと呼ぶ。微細化など半導体製造技術向上に伴い、中長期的な需要増加の可能性は高い。

 5月16日には台湾での工場建設も公表された。熊本県でもTSMC、ソニー、デンソーが建設する工場への供給を行うために最先端の半導体部材供給能力を引き上げる。国内、アジア、欧州、米国とグローバルに富士フイルムの半導体部材供給体制は強化され、収益分野は拡大するだろう。富士フイルムは2026年度に2,500億円としてきた電子材料事業の売上高計画を2年前倒しの2024年に達成可能と予想している。また、2030年度の電子材料事業の売上高は5,000億円に増加する見通しだ。

 先端分野での投資や買収などの資金を獲得するために、富士フイルムは資産の売却なども加速させるだろう。2022年10月には、中国の複合機工場の閉鎖が発表された。医薬品分野では放射性医薬品事業がペプチドリームに売却された。このように新規事業でのキャッシュ創出のスピードを引き上げつつ、富士フイルムは既存分野から先端分野へ経営資源の再配分を加速させている。同社の事業戦略はわが国の多くの企業が成長を目指す刺激となるだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

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