演説が好きで自信がある政治家は聞く者をなるほどと頷かせることに長けているが、失言も結構あって、発言後、物議を醸す。舞台が大きければ政治家も否応にも高揚し、自制が利かなくて、問題発言をすることもある。問題は、そのような状況に陥った場合、そのダメージを如何に必要最小限に抑え、マイナスの影響が広がらないようにするかだ。専門用語では“ダメージ・コントロール”と呼ばれる「事後処理」だ。
当方がこれから何を書こうとしているか賢明な読者ならば既にお分かりだろう。欧米諸国で今、フランスのマクロン大統領の訪中での発言問題が大きな波紋を呼んでいる。マクロン大統領は習近平国家主席から手厚い接待を受けたこともあって、ついつい本音が飛び出してしまった。ズバリ、「欧州は米国主導の外交に追従するのではなく、欧州独自の外交を推進すべきだ」と強調し、特に、台湾問題で対中強硬政策を進めるバイデン米政権に距離を置く発言をした。もちろん、マクロン大統領の発言は習近平主席を喜ばせたが、米国と欧州諸国から激しい批判の声が上がってきた。米共和党議員の中には、「それならば、米国はウクライナ戦争を欧州に委ねるべきだ」といった意見まで飛び出してきたのだ。マクロン大統領の訪中での発言から欧州と米国の関係に亀裂が入る危険性が出てきた。
ところで、マクロン大統領が訪中を終えた直後、ドイツのアナレーナ・ベアボック外相(「緑の党」)が中国を公式訪問した。ベアボック外相はマクロン大統領の問題発言を既に聞いていたから、欧州の対中政策、台湾危機、ウクライナ戦争などについて、ドイツの立場というより、欧州の立場を再度はっきりと説明した。以下、ベアボック外相のダメージ・コントロールだ。
ベアボック外相は13日、先ず湾岸都市の天津市を訪問し、独連邦外務省の提携校のドイツ語クラスを訪問し、そして天津市にある風力タービンメーカー向けのギアボックスを製造するドイツの企業フレンダ―社などを視察した。そして北京に飛び、14日は中国の秦剛外相と会談した(15日は中国の外交問題のトップの前外相の王毅・共産党政治局員や韓正副主席と会談予定)。
ベアボック外相は13日、天津市訪問の際、台湾海峡の軍事衝突の危機について言及し、「台湾海峡での紛争の緩和を求める。台湾海峡の緊張を無視することはできない。半導体出荷の70%がこの水路を通過しているのだ。台湾海峡の自由なアクセスは輸出国ドイツの利益と合致している。軍のエスカレーションは最悪のシナリオだ。世界の経済にも大きな影響を与える」と強調している。
そしてマクロン大統領の発言に間接的に言及しながら、「フランスの対中政策は欧州の対中政策を反映している。欧州連合(EU)内の全ての違いにもかかわらず、私たちの利益と価値観の中心的な問題に関しては、互いに近いだけでなく、共通の戦略的アプローチを追求している」と述べ、「ドイツにとって、EU内でフランスの友人ほど緊密に連携しているパートナーは他にない」と強調した。
そして14日、ベアボック外相は秦剛外相と会談、台湾との軍事衝突について具体的に話している。ベアボック外相は、「恐ろしいシナリオだ。中国による台湾強制再統一は欧州にとって絶対受け入れられない」と述べ、「欧州は台湾危機に無関心ではない」というシグナルを北京に送った。台湾問題に関心を示さなかったマクロン大統領の発言を軌道修正したわけだ。泰剛外相は、「諸外国が台湾の分離独立派を支持している。台湾は人民共和国の一部だ」と強く反発した。
ベアボック外相はまた、「中国ほどロシアに大きな影響を与えている国は他にない」と指摘、中国の大国意識を持ち上げながら、中国の世界平和実現への責任を求めた。「中国は平和のために努力を続ける用意がある」という答えを泰剛外相から引き出している。
もちろん、ベアボック外相は人権問題に言及し、「中国においては国民の人権が至る所で蹂躙されている」と懸念を表明。それに対し、泰剛外相は、「各国には独自の文化、歴史的背景がある。人権問題で世界統一の基準はない」と反論、「わが国は人権問題で西側の教師を必要としない」と述べている。北京からの外電によると、1時間余りの両外相会談は終始緊迫した雰囲気があったという。
いずれにしても、ベアボック外相の訪中時の発言は見事な“ダメージ・コントロール”だ。大げさに表現するならば、EUの結束と威信を守った発言だ。同時に、中国に対して、EUの結束を潰すような画策はするべきではない、といった警告ともなったはずだ。
(ベアボック外相の15日での発言内容はまだ伝わってこないが、ウクライナ戦争問題の他、ウイグル人の人権弾圧、投獄されている公民権活動家の徐志勇と丁家渓の両氏の釈放などがテーマとなるのではないか。)
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。