アメリカは世界最大の半導体ファウンドリ・TSMCを台湾から奪っているのか?

GIGAZINE
2022年12月29日 18時00分
メモ


by 李 季霖

台湾の半導体製造企業(ファウンドリ)で業界1位のシェアを持つTSMCは、近年アメリカのアリゾナ州や日本の熊本県など台湾以外にファブを構える動きを見せています。中国とアメリカの対立に板挟みになる形でアメリカ進出を進めるTSMCは、台湾内で「アメリカに盗まれている」と言われることもあるとのこと。この問題について、アジアのビジネスや経済を扱うYouTubeチャンネル・Asianometryのチャンネル主は台湾人の友人から「TSMCについてどう思う?」と聞かれることが何度かあったそうで、この問題について以下のムービーで解説しています。

Is America Stealing TSMC? – YouTube
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2020年1月、アメリカ政府がアメリカ国内でチップを製造するようにTSMCに対して圧力をかけていることが報じられました。

世界最大の半導体製造ファウンドリにアメリカ政府が国内生産を要求、中国との対立が原因か – GIGAZINE


そして2020年5月、TSMCがアメリカ国内に半導体工場(ファブ)を建設することが報じられました。TSMCがアリゾナ州に建設するファブは、5nm製造プロセスであるN5の設備が備えられるとされていました。

Appleのチップ製造を担当する世界最大の半導体製造ファウンドリ「TSMC」がアメリカ国内に工場を建設か – GIGAZINE


当時、このニュースは台湾ではそこまで重く捉えられていなかったとのこと。台湾にある4つの巨大なファブでは1カ月に10万枚以上のウェハーを製造できたそうですが、対するアリゾナのファブは小規模で、1カ月に300ミリのウェハーを約2万枚しか生産できないとされていたためです。また、ファブが完成して稼働する2024年には、N5自体が最先端のプロセスではないだろうという予測もありました。

しかし、TSMCは2022年12月に、アリゾナ州で建設を進めているファブでN5の強化版であるN4、そして3nmプロセスのN3を導入する計画を発表しました。加えてアリゾナ州に2カ所目の工場建設計画を進めていることも明らかにしています。

Appleなどの要請を受けTSMCのアリゾナ新工場は5nmではなく4nmプロセスに切り替える方針 – GIGAZINE


また、TSMCは日本政府から約4000億円の補助金を受けて、熊本県に新しくファブを建設することを表明しており、ドイツにもファブを建設する方向で最終調整に入ったことを2022年12月に発表しました。

TSMCの創業者兼会長であるモリス・チャンCEOは、「事業の成功の秘訣は台湾ですべてを行うこと」だと繰り返し述べてきました。アリゾナ州や熊本県にファブを抱えるという動きは、TSMCが長年守ってきた規範からの脱却であり、台湾の人々が緊張するのも理解できるとAsianometryは述べています。

この海外進出の動きの中心にあるのは「需要と資金調達」だとAsianometry。TSMCは顧客と密接にコミュニケーションを取る企業であり、その顧客の筆頭が総収益の約4分の1を占めるAppleです。Appleは単なる顧客ではなく、TSMCが最先端のチップを生産するために資金を提供するスポンサーでもあり、Appleとの提携がなければTSMCは世界1位のファウンドリであり続けることはできなかったという声もあります。

Appleとの提携がなければTSMCは世界トップのファウンドリになれなかった – GIGAZINE


アメリカ経済紙のBloombergは、AppleがTSMCに対してアリゾナの工場でAppleの半導体を生産するように要請していると報じました。AppleがTSMCの収益の4分の1を握っていることから、TSMCはAppleの要請を聞き入れるだろうと見られています。

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また、アメリカ上院議会は2022年8月に、アメリカ国内でのファブ建設に5年間で500億ドル(約6兆700億円)以上の資金提供を行う「CHIPS法(半導体補助金法案)」を可決しました。これにより、TSMCがアメリカに新しいファブを建設する流れが加速したといえます。すでに半導体の製造は、テクノロジーや経済ではなく政治的な問題となりつつあります。

半導体製造はもはやテクノロジーや経済を超えて「政治的な問題」になっているとの指摘 – GIGAZINE


そして、アメリカがTSMCから技術を盗んでいるかという意見について、Asianometryは否定しています。技術移転を行う場合、半導体の生産を国産で行う必要性、技術や知識の習得、ファブ設備の確保などは現地企業だけではどうにもならない部分が多く、共同出資による合弁事業で行われることがよくあります。しかし、TSMCはシンガポールにあるファブを除き、中国にある施設を含めてほぼすべてのファブを自社で完全に所有してきました。

TSMCはアリゾナ州に建設中のファブによる投資で、3年間で約280億ドル(約3兆7500億円)が費やす予定なので、1年で約90億ドル(約1兆2000億円)の支出があると考えられます。TSMCは2022年に約360億ドル(約4兆8000億円)の設備投資を行う予定だと発表しているので、1年分の設備投資のうち、およそ25~30%をアリゾナ州のファブにつぎ込むことになります。

そして、TSMCは2021年に300ミリ相当のウェハーを約1420万枚出荷しました。2022年に約1500万枚~1600万枚、つまり1カ月に約130万枚を生産していることになります。Asianometryはそのうち75~85%が台湾で生産されているだろうと推測しています。もしアリゾナ州のファブが完成しても、ウェハーの生産量は1カ月におよそ2万枚。仮に生産が1カ月5万枚まで拡大されても生産量は全体の0.3%ほどで、投資に見合うだけの生産量を確保できていません。

一方で台湾内にはN2やN1といった開発中の最先端プロセスを導入したファブの建設が発表されています。また、N28プロセスのファブも新たに台湾内に建設する計画もあるとのことで、Asianometryは「アメリカが台湾からTSMCを盗んでいるという意見は少しばかげています」と述べています。

by 李 季霖

また、ファブのマネージメント、研究開発、運用、サプライチェーンの管理などはすべて台湾で行われているため、アメリカにすべてを奪われる可能性は限りなく低いとのこと。加えて、生産したウェハーを半導体に組み立ててパッケージングする工程についてはASEやSPILといった台湾企業がシェアを握っており、たとえ半導体製造の技術をアメリカが奪ったとしても、チップ製造全体をアメリカが掌握するのは難しいだろうとAsianometryはみています。

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