先日、たまたま和食器を取り扱う商社さんとお知り合いになり、築145年の倉庫を見せていただく機会があった。
そこには、割烹、小料理屋などで使われる「和食器」がずらり。わたしの普段の食卓シーンではなかなか登場しない食器たちだ。
あらためて見ると、とにかく造形美がすごい。中には小さくて、蓋があり、重ねにくく、レンジや食洗器に対応していなかったりするものもあるけれど、そんな使いにくさも魅力に変えてしまうだけのパワーがある。
これ、もし、日常でさらっと使えたら、どんなに気分が上がるだろうか。どうにかして和食器を、日常に引きずり込みたい。
和食器ってよく分かっていなかった
和食器って、例えばこういうの。
旅館とかじゃなくても、和食のお店ではお目にかかれるところもある。御膳もので小鉢とか出てくるよね。
小指をピンと立てて親指と中指だけでお皿を持ったり、ぎこちない手つきで蓋を開けたり、とにかく触るときには指に神経を集中させるものだ。
お話を伺ったのは、佐世保市三川内町木原にある明治10年創業の「尾崎陶器株式會社」。
焼き物の産地である九州は三川内・波佐見・有田・伊万里・唐津・肥前吉田焼といった陶磁器を取り扱い、全国販売をしている。
「和食器は、その名の通り、日本料理のためのうつわ。前菜から水菓子までの流れの中で使用するその種類は、細かく分けると約30ほどあります」
――30!そんなに!
「もちろん、お店さまによって、うつわと食材との組み合せといった料理の構成はさまざまなので使い方は自由です」
のちほど文献をあたってみると、最も一般的な大皿(八寸、約24cm)・中皿(六寸、約18cm)・小皿(三寸、約10cm)をはじめ、お椀や鉢、皿(丸、角、縁つき、縁高、楕円、豆など)、徳利や盃の酒器、急須や湯呑みといった茶器、蓋物や蕎麦猪口、土鍋など実に多くの種類があるようだ。(参考文献:「美しいうつわ」深見公子著・成美堂出版発行)
“京都の老舗和割烹で長年の経験を積んだ職人が、旬の食材を活かし創りあげた究極の逸品”が載るイメージの和食器だが、今回は、わたしの日常レベルにあわせてみたい。果たして彼らは歩み寄ってくれるのだろうか。
30も種類があるなら、きっと、ピッタリはまるのがあるはず!
スーパー、コンビニで手に入るお菓子や食べものを載せたい
とはいえ何を載せようか。家庭料理? いや、もっとハードルを下げて、近くのスーパーやコンビニで買えるおやつにしよう。
いつも袋から胃袋へ直行させているところを、「袋➔皿➔胃袋」とすることで、ちょっとつまむという行為をもっと丁寧にしてみたい。
載せるもののアイディアはDPZライターさんたちにもアンケートを取り、以下の食品を準備した。
おつまみ系、小腹見たし系、朝ごはんからコラーゲンまで、日常に溶け込む9品が揃った。これらを和食器で美味しくいただこうと思う(今回は盛り付け撮影のみで、目で見てじっくり味わいました)。
膨大な量の在庫のなかからピッタリなものを選ぶ
「ちょっと待って。えぇ~……」
開始早々、尾崎さんから声が漏れた。本当に申し訳ないことをしているとは思っている。ご自身、SNSの会社アカウントで料理を載せる写真はよく撮っているそうだが、この超日常系ラインナップは初めてとのことだ。
膨大な数の陶磁器がひしめく倉庫へ足を踏み入れる。
ざっくりとした数を伺ったが、もはや数えきれないとのことだ。おそらく数千にはのぼるだろうとのこと。
整頓はされているものの、天井の梁や、棚に書かれた文字(商品名や棚卸で計算した際のもの)など、随所に見られる時代の跡は残されたままだ。
取り扱っている皿は、そのほとんどが旅館やホテルといった業務用。いわばプロ御用達のものだ。それゆえロットも50、100、多くて300など。
しかし、ここ数年のコロナ不況のあおりで、飲食店と並び商社も窮地に。取引も縮小傾向となった。
どうにか生き残る術を考え、オンラインショップを開設。徐々にではあるが家庭用の需要も増えてきた。そして次なる手をと考えた末、倉庫をショップとして開放することにしたらしい。
明治時代の倉庫がまるごとショップなのだ。こんなトレジャーハンティング感はなかなか味わえないだろう。
「ああでもない、こうでもない」と言いながらうつわを選ぶ楽しさよ。
しかし、会話の内容はグミとかコアラのマーチとかそんな素朴な単語が飛び交っている(にしても食べものの種類が多すぎましたすみません)。
――ここにある一番古いうつわって、何年代ぐらいのものでしょう。
「戦後30年代ぐらいのものだと思います。うちの会社の歴史から見ても、高度成長期と合わせて、うつわもバリエーション豊富に成長してきたんですね。それまでは素朴なものが多かったと思うんですけど」
――ということは、バブル期なんかはやはり……
「はい、めちゃくちゃゴージャスなうつわも多かったです」
「和食器のデザインがこれだけ多彩なのは、日本の食文化の豊かさからきているんでしょうね。小さいお惣菜から大きいメイン料理までの幅広さと、旬の食材を使った季節性、ハレの日などの特別な儀式。これはホント日本独自だなと。必要だからこそ、器たちが作られているんです」
うつわの1つ1つには、窯元さんの確かな技術とこだわりがいっぱい詰まっている! と話す尾崎さん。
その表情はマスク越しでも分かるほどイキイキしていてわたしの心も熱くなる。と同時に、この企画で選ばれるうつわに対して一抹の申し訳なさを感じてしまった。
数10分ウロウロし、ようやくチョイス完了。では、あの食べものたちを載せてみよう!
のせてみた
かくして、うつわは揃った。尾崎さんのチョイスに加え、わたしが個人的に気になったものも入れてある。
テーブルにお皿と食べものを並べ、盛り付けていく。まるでホームパーティーのような様相になった。
わたしだけ黙って立っているわけにもいかないので、とりあえずファミチキを載せる。尾崎さんが「えっ」と言ってこちらを見た。
「ちょっと、わたしに任せてみてください」
わたしは深く頷いた。
1.ファミチキ(チョイスした人(以下省略):江ノ島さん)
なんだかすごいことになった。包み紙を半分破ってそのままかぶりつくタイプのファミチキが、スーパーのお惣菜よりも美味しそうなチキンカツ然とした表情でゆったりと横たわっている。
「うちの息子たちのおやつに、ファミチキ切って出すんですよ」
まさかの尾崎家の日常だった。
2.ハンバーガー(ネッシーあやこさん)
「タウン誌の表紙!」と思わず声が出た。
ハンバーガーのジャンクなイメージと見事にマッチしたビタミンカラー。従来のバーガーによくある、ジャンクの先にある謎のヘルシーな空気感をも見事に再現したかのようなチョイスに脱帽してしまった。
「釉薬(陶磁器の表面に塗っておく薬品)の塗り分けの技術が光る器です。一色だけで塗るのもなかなか難しいのに、こうして柄として違うテクスチャ―を残して着彩するっていうのはすごいんですよ」
うつわのパワーがすごいので、カロリーも半減できそうな器だ。
3.うまい棒(伊藤さん)、イカフライ(江ノ島さん)、ピスタチオ(ほりべさん)
なんだか王朝の人がお酒と一緒によろしくやってそうなおつまみテーブルが完成した。
うまい棒を輪切りにする発想はなかった。うまい棒の輪っかをこんなに美しいと思ったことはないかもしれない。もろこし輪太郎も眉をしかめることだろう。
たまたまだが、めんたい味とコンポタ味でおめでたい紅白に見えなくもない。
あまりにしっくり来過ぎていたため、「いか天のお皿すごく縁起良さそうですよね。玄関に置く八角ミラー的な」とつい口走ってしまい、「いや、いか天のお皿って。そんなわけないですよねぇ」とセルフフォローしてしまった。
4.魚肉ソーセージ(地主さん)
魚肉ソーセージは、キルティング柄のプレートに優しく横たわる。ピンクがここまで映えるなんて。
陶器なのに、全体的に柔らかい印象を受けるのが不思議だ。
5.ピスタチオ(ほりべさん)、カリカリ梅(山本)
長い間、「これ何入れるんだろう」と思っていた小鉢系だが、あっさりとその解が出てきたように思われる。そうか、こんな気楽な感じでいいんだ!
「蓋を開けるときのワクワク感も、食事の楽しみとしてあって良いと思います」と尾崎さん。ほんとおっしゃる通りです。
しかし、自分のチョイスミスに気がついた。蓋つきの梅干しが入ってる陶器って、昔おばあちゃんちで見たことがあった。
6.セブンイレブンの個包装ドーナツ(山本)
ドーナツといえば、なんとなく丸型のお皿のイメージだったので度肝を抜かれた。和なんだけど洋を引き立てているのがなぁ。わたしもこんな人間になりたいよ。
7.シリアル系(伊藤さん)
シリアルは丼で食べる派のわたしなので、せっかくなら丸以外がいいなと思っていたところ、尾崎さんが八角形をチョイス。日本の伝統柄・市松模様でこれまたハッピーな気分に。
「柄といえば。若い(焼き物の柄を描く)描き手さんって、意外にも昔の先人が描いた柄をリスペクトしている方が多いんです。若い感性でも、伝統的な柄ってやっぱり魅力的なんですね」
いつの時代に見ても魅力的で一周回って新しい柄。それは焼き物の世界でも脈々と受け継がれている。
8.コアラのマーチ(高瀬さん)
一見、和風になりにくそうなコアラのマーチだが、見事に和菓子に変貌した。「シリアルで余った牛乳使いましょ」も尾崎さんのアイデア。指先で耳をつまんで牛乳にダンクして食べてみたい。
9.ハリボーグミ(伊藤さん)
どうしてもわたしが使ってみたかったのはこれ。尾崎さんにも「良いと思いますよ!」の一言をいただけたので採用させてもらうことに。
まずこの球体ってところから愛らしいではないか。
ぱかっと開けるとハリボーグミです。言わずもがな、うつわとの異素材感がたまりません。金平糖よりもクリアな感じで宝石みたい。
――ところで、尾崎さんって、テーブルコーディネートのお勉強とかされているんですか? これだけの盛り付けができるのってすごいのですが
「いろんな窯元さんの奥さまがね、それはもう頑張ってるの。展示やサイトに載せる写真用のディスプレイとか。どうすれば器が魅力的に見えるかしらって、常に試行錯誤されてて。わたしはそれを見てお勉強させてもらっているだけ」
うつわへの愛と、窯元さんへの厚いリスペクトみなぎる言葉だった。
和食器の力強さ、奥ゆかしさ
和食器ってこんなに自由なものだったのか。いや、その言葉を、うつわをつくった窯元さんの前で言えるかというとハラハラしてしまうけど、どんな食べものにも華を添えてグレードを底上げしてくれるうつわのポテンシャルの高さにはすっかり参ってしまった。
わたしのうつわ観は取材以降ちょっぴり変わってしまって、春野菜の料理に華やかな金縁の(レンジにかけられないやつ)を使ってみたり、スタッキングできないけど小さくて蓋つきのやつが欲しいなぁなんて思い始めている。
なんとも単純だが、やはりヒトの本能、食の楽しさに直結する部分が刺激されているということなんだろう。
尾崎さんの言葉「食べものだけでは表現できない繊細な部分を、器は表現してくれますから」が忘れられない。
残念ながら我が家の食器棚はもうパンパンだが、ほんの少し、彼らを迎え入れるスペースを作ってニヤニヤしてみようと思う。
それは服を選ぶ楽しさにも、コレクション趣味の楽しさにも似ていると感じた。
取材協力
参考文献
「美しいうつわ」深見公子著・成美堂出版発行